隣国のお姫さま (7)
「いい加減元の姿に戻ったらどうだ。」
王子はチラリともこちらを見ずに不快極まりないといった表情をしている。
ファルーナ姫がアレルギーで一切動物に触れられないなんて…そんな重要なことをどうしてフィリは伝え忘れて…。
ボワンッ。
「まぁっ」
「本当にファルーナ姫様々そのものだったわ。」
「髪の毛の光沢から瞳の色合いまで完璧ね。」
「お姫さまの高貴な雰囲気にはかなり欠けるけど…。」
「それにしてもこんな深夜に呼び出されて…明日子供の運動会なのに…。」
「ネハの湯浴後の衣装ってはじめてみたわ。浴衣って可愛くってちょっとセクシーね。」
「今度わたしもダーリンの前で着てみようかしらぁ。」
「黙りなさい!!」
ざわつくメイド一同にレリア様の雷が落ちる。今はヴァン王子よりもレリア様の方から怒りが漏れて周囲にビリビリと静電気を放っていた。
「静まれレリア…処分は後だ。ロド。」
王子は目を瞑ったまま腕を組んでいる。
各大臣と魔術の講師達…まもなくアイーラさんがポーリンから到着して集められたメイドは全員になった。
「ファルーナ姫様は王宮殿にはいません。…この国を出てはいないようだ…誘拐ではなく…侍女を一人連れています。」
ロド様は目を瞑って針水晶の付いた黒い杖を時々宙で回しながら答える。
「自ら逃げたということか…」
王子はため息を付いた。
ロデンフィラムの使用人たちは魔術で眠らされているらしい。
フィリはこの数日間ですっかり痩せて今も顔が真っ青になっている。
「ええ…姫は進んで王宮を出た…」
急にロド様の目が開き一人のメイドを捉えた。
「そこのメイド。前へ出なさい。」
黒い杖の先に道が開き全員の視線が一斉に集まる。
「ナズナ?」
ロド様の魔術に引き寄せられるかのようにナズナは2、3歩よろよろと歩を進めたかと思うとその場に膝から崩れ落ちた。
「ナズナ?! ロド様これはどういう?」
リースは思わず声を上げる。
「君だね。姫を宮殿の外へ逃がしたのは…」
「えっ?!」
辺りがザワめき出し…フィリは天を仰ぎ左手で両方のこめかみを押さえた。
「お前?!」
父親のドルレッド大臣が驚愕している。
「あの日…姫様は何かにひどく怯えていました。」
ナズナは床に座り込んだままいつもより低い声で喋り出す。
「私の前で涙をこぼされて…この計り知れない重圧から逃れたいと…なぜ一国の王女として産まれてしまったのかと…このまま流されてしまいそうな自分が恐ろしいともおっしゃっていました。」
「何という…」
ドルレッド大臣の声が怒りに震えている。
「かわいそうだわ! 望んでもいないのに王女に産まれたばかりに親の言いなりになって国の犠牲になって…!!」
「このっ…!!」
ドルレッド大臣が振り下ろした腕を隣のロゼット大臣が掴む。
「静まれ。その娘を連れて行け。」
王子の一声でナズナが衛兵に引き摺られていく。
「ナズナっ! …殿下!! ナズナは…?!」
思わず身を乗り出しても王子は冷たい視線でこちらを一瞥しただけだった。
「それで姫は今どこにいる?」
「…まだそう遠くへは行っていないようですが…姫もそれなりの魔力で気配を消していますので…場所を特定するには時間がかかりそうです…一ヶ月…いや3週間…。」
王子はうつむいて薄く目を開き肘をついた指で額を押さえた。
「3日後にはロデンフィラムから国王と王妃が到着するのに…婚約の儀は…」
「婚約の儀どころか姫が行方不明となれば国際問題だ…」
「やっと険悪だった両国の関係が改善する一歩だったのに…」
「エトーナ海での我が国の特権の話はどうなるんだ…」
「いっそ戦争で奪ってしまっては…」
「我が国の魔術ならロデンフィラムなど一捻りだ…」
「婚約の儀は予定通り執り行う。」
騒然とする大臣たちをヴァン王子が制した。
「何としてでも姫を婚約の儀までに探し出せ!」
王子の力強い声が室内に響き魔術師達が全員動き出す。今回ばかりは研究生達も総動員となった。
「わっ、わたしも…」
ナズナのためにも私も全力で捜索を…動き出した瞬間に足を綱で引っ張られたようにその場に倒れ込む。
「ギャッ」
顔を上げると王子の黒檀の椅子と机だけはそのままに…一瞬で小さくなった室内にはロド様、レリア様、フィリにイーリス様とゼダ君がいた…。
「ロド。」
「かしこまりました。」
ロド様がリースの左手首に右手を翳すと魔力制御の蛇のリングがドロリと溶ける…そのまま身を起こされると目の前に現れた王子の鋭い視線に一歩後退りする。
「リース…お前には姫が見つかろうが見つかるまいがファルーナ姫に変身してロデンフィラムへ行ってもらう。」
「え?!」
王子の声は至って冷静だった。
「この婚姻の目的は一つ…ロデンフィラムにある『禁忌の書』を我が国に取り戻すことだ。」
「キ…キンキ…」
何だろうそのヤバそうな響きは…。
「…文字通り禁忌とされる魔法の書だ。人心を自在に操ったり…究極は一瞬で一国を滅ぼすことのできる魔術も記されている。この国の始祖が王族だけに残したものだ。」
背筋を冷たい汗が伝う。
「十数年前に何者かによってこの国からロデンフィラムへ持ち去られた…あちらの国王は認めてはいないが確実な情報だ。」
隣のロド様も頷いている。
「まっ、まさか…」
「そうだ…お前が行って取り返して来い。」
「えぇっ?!」
あまりにも危険すぎる任務じゃあ…まさか研究生二年目にしてこんなことになるなんて…。
「よろしいでしょうか…」
フィリが恐る恐る手を上げる…王子は無言で発言を許可した。
「ファルーナ姫様はその事はご存じで…?」
王子は短くため息をつく。
「ポーリンへ発つ前に平和条約の締結と同時にその書を我が国に返還していただくよう国王に進言を依頼したんだが…『禁忌の書』という単語を聞いただけで震え上がっていたな…」
あぁ…これが湯浴み後に王子が言っていた「あの件」か…。
「リース」
「は、はい…。」
「正直悔しいが私の目を欺くほど完璧な変身だった。ロド…短期間でよくここまで指導したな。」
「恐れ入ります…実践の魔術に関しては四年生のカリキュラムまで指導済です。」
「へ?!」
そ…そうだったの…。
「リース…これまで私の指導によく付いてきてくれましたね。君ならきっと大丈夫だ。」
親しみさえ感じるロド様の笑顔に王子は関心したように頷く。
…ちょ…ちょっといいように褒めて丸め込もうとしてないだろうか…きょ、拒否権は…
「イーリスとゼダは留学生はとして…フィリは侍女として共にロデンフィラムへ向かえ。」
「えぇっ?!」
畏まるイーリス様とゼダ君の横でフィリがすっとんきょうな声を上げた。
「あの…き、期間は…」
フィリが身を乗り出す。
「もちろん書を取り返すまでだ。」
王子はサラリと言い放った。
「そ、そんな…。ここにきて遠距離恋愛だなんて…」
フィリは何かモゴモゴと言ってうつむいている。
「無事に書を取り返してくれさえすれば今回のことは一切罪に問わない。もちろん君達の友人のナズナというメイドの事もだ。」
王子はいかにも自分が寛大であるかのような素敵な笑顔でリースとフィリを交互にみた…何だろうこの圧…こっ、怖っ…。
「ロド、リースにロデンフィラム語を入れられるか?」
「ええ…辞書ならすぐ脳内に入れられます。会話は実際口に出しながら会得してもらいましょう…。」
「げ…。」
「レリア、リースにあと二日間でロデンフィラムの仕来たりと…三日後の婚約の儀の作法を叩き込め。」
「かしこまりました。」
「ひぇぇぇぇ~。」
レリア様に首根っこを捕まれて連れて行かれたのは姫が滞在していた優しく淡い色調のプラベートルーム『ふんわり七色マシュマロの間』…という名の集中スパルタ指導室だった…。




