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青春の落とし穴 (4)

パツパツパツパツ…。


ん?…雨だろうか。メイド部屋の小さな丸窓の外はうっすらと暗くそれが夜明け前だからなのか天気が悪いからなのか布団の中ではよく分からない。


パツパツパツパツ…。


雨の音にしてはやけに近くに響くような…意を決して起き上がると時計の針は朝の4時半を回ったところだった…最後の薬草のプリンが効いたのか意外に身体は重たくない。


「あ…ごめん起こしちゃったかしら?」


仕切りのカーテンの僅かな隙間から、休日だというのに既にメイド服に着替えたリジェットが青緑の葉っぱをたくさん持って立っていた。


「そ、それは…?」


「最高級のワーキュ―の葉よ。ミバーレのご飯なの。」


「ぎやぁぁぁっ!」


リジェットが笑顔で見せた木箱の中には無数のイモ虫が(うごめ)いていた。


「なっ、何で…?!」


さっきのはイモ虫が草を食む音だったのか…まさかここで飼う気じゃあ…。


「青みがかった黄金色の綺麗な(まゆ)をつくってくれるからドレスの刺繍用の糸に使いたいと思って…。」


あからさまに嫌な顔をしてしまったのでリジェットは少し躊躇いがちにそう言った。


「リースがどうしても嫌なら別の場所を探すけど…」


リジェットは珍しくシュンとなってうなだれた。何故か木箱のイモ虫まで悲しそうに元気がなくなって見えるのは幻覚だろうか…。


「…いっ、いいわよ別に! カーテンを閉めれば音は一切聞こえないつくりだし…ド、ドレスの制作がんばってね。」



昨日フィリから聞いた話によると、次のメイドの進級試験はドレスの制作らしい。それも何とセレーネ王妃様の宴用のドレス…正確には三人がそれぞれ作ったドレスが王妃様のお眼鏡に叶えば着ていただけるようだ。なのでもし三着とも気に入ったら気に入った順にお色直しして召していただけるし、気に入らなければ一着もお召しにならない年もあるらしい。

もちろん一人で全て行う訳ではなく、服飾専門のメイドの先輩と王妃様御用達のいくつかの仕立て屋とチームを組んで進めるらしいが、中心となるデザインや要の作業は全て当人達がやらなければいけない…というような内容だったと思う…。


「ほんと? リースありがとう!!」


リジェットの態度の急変にさっきの落ち込みようは演技だったと悟る…。嬉しそうに青白く光るイモ虫まで何だかリジェットとグルのようにみえてきて末恐ろしい…。


「じゃあわたし今日は一日中ホロスウィアのお店で最新のファッションを勉強してきたいから、お昼にまたこの子達のご飯をあげてくれる?リースが応援してくれて嬉しいわ!」


「え…。」


つい荷物の片付けが面倒臭くて先延ばしにしていたが個室への引っ越しをそろそろ考えた方がいいかもしれないなと思った…。


◇◇◇


「隠れんぼ大会…先生…これは何かの冗談ですか?」


配られたプリントには紺色の頭巾に衣服、頬に何故か赤い渦巻きを持つ少年が大きい布を持って空を飛んでいるイラストが描かれていた。


「もちろん冗談ではありません。今年の一年生の進級試験はこれに決定しました。鬼は二年生の生徒7人です。みなさんがんばって隠れて下さい。」


「は…。」


不本意とばかりにザワザワと騒ぎだす生徒一同に、アン先生のドレスの青いカミナリが生徒の頭上に落ちて一瞬で静寂が走った。


「過去にも開催されたことのある大会です。はっきり言って皆さんには全くと言っていいほど緊張感がありません。今でこそなかなか機会はありませんがいざという時に自分の身は自分で守らなければなりません。この進級試験を通して、ぜひ主人のために命を賭してひたむきに暗躍(あんやく)した隠密としての精神を学んで下さい。」


「お、隠密…。」


何だか自分が学びたいことと全然方向性が違う気がする…。それにしても「緊張感がない」と先生が言った時にほぼ全員の視線がこちらに向けられたような…。


「ちなみに通常の筆記試験の点数と鬼に見つかるまでの時間の合計で来年度の給金が決まります。もちろん基準点に満たないものは不合格です。過去の大会での最長記録は3ヶ月でしたね。」


「さ、三ヶ月…。」


別に悪いこともしていないのにそんなに長い間身を隠して過ごさなければいけないなんて…。

隣のイーリス様は微動だにせず目を瞑って先生の説明を聞いていた。


◇◇◇


パツパツパ…


「あっ。」


当初の2倍に成長したミバーレ達がが一斉にクルクルと踊り出したかと思ったら、いつもの青白い色とは違う透明な黄金色の光を放って次々に繭を作ってゆく。


「リジェット! 起きて起きて!!」


「え?…まだ朝の4時よ。」


それはあっという間でリジェットが木箱を覗いた時にはミバレー達は完全に動かなくなっていた…が…綺麗な真ん丸の青みがかった黄金色の繭は全体で『ありがとう』という文字を描いている。


「憎い演出ね…ってリース…泣いてるの?」


「…ええ…感動しちゃって…。」


リジェットが引いているのであえて口には出さないけれど…こちらこそありがとうみんな…。ご飯を与えているうちに慣ついてくるミバーレ達が可愛くて…そしてこの瞬間がみたくてつい個室へ引っ越し損ねていたのだ。


「わたし…今回はフィリでもナズナでもなく…リジェットのドレスを心から応援するわ…! ぜひステキなドレスに仕上げてね!!」


夜も開けきらない早朝から熱い想いをぶつけられて目が覚めたらしいリジェットは微妙な笑顔を浮かべて頷くと早速裁縫室へと消えていった。


◇◇◇


「45点…。」


来年度までちょうど1ヶ月を切った(みぞれ)混じりの雪が降る午後だった。進級試験の結果はイーリス先生の集中講義の努力も虚しく8人の生徒の中でも最下位だった。


「6日間…。」


イーリス様は顔色を変えずに呟いた。


「へ?」


「最低6日間、隠れられれば進級できます。」


「そ、そんなに隠れていられるものなのでしょうか? いくら王宮殿が広いからと言っても…」


「…大丈夫。大切なのはどこに隠れるかではなく、いかに気配を消すかです。たとえ完璧にこの机と同じ形状に変身したとしてもリースさん自身の空気を消さなければすぐ見つかってしまいます。」


「その通り!」


「ギャッ」


目の前の机が急に崩れてロド様が現れる。


「リース…筆記試験は残念な結果でしたねぇ。ふっ…イーリス君自身は随分と優秀なようだが、教えるまでは無理だったかな?」


ロド様はイーリス様に視線を移して嬉しそうに微笑む。


「…。」


イーリス様は何も言わずに頭だけ下げた。


「ちっ、違います! 決してイーリス様のせいでは…」


あんなに時間を割いて勉強に付き合っていただいたのに胸が痛い…。


「ふっ…来年度は毎週末にわたしも補修を行ってあげよう。」


そういってロド様はリースの左手首の銀と緑のリングに手を翳した。


「あっ」


銀のメタリックな蛇だけが白色に変わる。


「少し魔力の制御を弱めました…。それで気配を消すには十分でしょう。健闘を祈ります…ふっ。」


言い終えるのと同時に一瞬で机は元に戻りロド様も消えていた。

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