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青春の落とし穴 (2)

「…わたしやっぱり早まったんでしょうか…。」


一年間王宮殿にいたのに初めて足を踏み入れた見知らぬレストランの窓からは天高く(そび)えるヘリオスル城がよく見えた。夢にまで見たイーリス様とのランチだったが午前中のショックが大きくてまだ立ち直れない…。


「まだ一日目ですから大丈夫…ところでどこが難しかったですか?」


イーリス様はナイフで切った白海老と黄色い果実を優雅な所作で口へと運んだ。


「…ぜ…全部です。ほぼ全部。」


イーリス様は信じられないというようなキョトンとした表情をした…どうしよう…呆れられたかな…でももう誓約書にもサインしてしまったし…後戻りはできない。


「…リースさん、よかったら午後の授業の後一緒に復習をしましょうか?」


「え?! いいんですか?」


「もちろんです。」


思いがけない言葉と優しい笑顔に落ち込んで塞いでいた心が一気に晴れて胸は最高潮に甘い高鳴りを奏でる。…毎日これでは情緒不安定になりそうだ…でも幸せ…思いきって魔術の道に編入して良かった。

自然と緩む頬とだらしなく上がる口角に心なしか遠くで誰かの大きなため息が聞こえたのは気のせいだっただろうか…。


◇◇◇


「ゼダ君…これは?」


「150パンスです。」


「よろしい。ではラッフル君?」


「3000トーラ…。」


「2880です。もう一度計算して下

さい。次はイーリス君?」


「3560メリダです。」


「うん正解だ。リース嬢?」


「わ…わかりません。」


「お話になりません。」


午後の授業の教室は午前中よりもさらに広かった。というか途中からいつのまにか青空の下、草原の中に立っているのは…。


「視覚魔法ではなく実際に外にいるようですね…たぶんここも王宮の敷地内です。」


目をパチクリさせていたらイーリス様が解説してくれた。


「いいですか? あなた達の兼ね備えた魔力の力は強い。だからこそ魔法を発動させる時は、空間の体積や物体であれば重さ、密度、そこまでの距離、角度、時間の長さ、風の速度、光の強さ、これらを正確に指定する必要がある。始めは頭で計算するのは仕方ないがいずれは体感で覚えて瞬時に導き出せるようにならなければならない。というかそれができなければ時に危険を伴う高度な魔術をあなた達に使う資格はない。」


そう言うと紫のローブに金のステッキを持つ色黒の紳士は厳しい目付きでリースを一瞥(いちべつ)した後、また次々に自ら魔法を発動させてそれを分析した数字を生徒に答えさせた。その勢いと迫力に押されて思わず一歩下がる…。


「ど、どうしてイーリス様はそんなにすぐ分かるんですか?」


「うーん…どうしてと言われても…そうですね…まず単位ごとに自分の基準になる数字を覚えてしまってそこから足したり引いたりしてもいいかもしれませんね。」


「は…はへ…。」


まだ何がどの単位かすら覚えていないのにとても無理だ…結局先生の問いには全て答えられず打ちのされた気分でその日は終わった…。


◇◇◇


「ひっ」


すっかりうなだれて教室を出てから少し歩くとロド様が横の壁から笑顔で現れた…魔法が使える人達はどうして普通に登場してくれないのか…。


「授業はどうでしたか、リース?」


分厚い本と書類を手にしたロド様は仕事中だったようにも見える。


「はい…わたしにはレベルが高すぎて…。」


思わず苦い顔をするとロド様は何故か嬉しそうに笑った。


「ふっ、まぁ…特にアンは本気で学ぶ気がない者はバッサリ切り捨てる講師ですからね…。大丈夫、この後私がばっちりと補修をしましょう!」


「あ…ありがとうございます。あのでも…この後同級生と一緒に復習する予定なのでとりあえず大丈夫です。」


いくらロド様が凄いお方でもやっぱりイーリス様と一緒に勉強したい。


放課後・イケメン・図書館デート・青春万歳…。


その方が絶対がんばれる…。


「ほぅ…。」


ふとロド様の視線が隣のイーリス様に流れた。


「これは魔術師筆頭ロドクルーン様…同級生のイーリスと申します。お逢いできて大変光栄です。」


イーリス様は胸に手を当て頭を下げて尊敬の念をあらわした。


「ふむ…。」


ロド様は目を細めてイーリス様の頭から爪先までを舐めるように眺めた後小さくため息を付いた。


「そうですか。リースも君も…分からないところがあればすぐに聞きにきなさい。いつでも教えよう。」


そう言うとイーリス様にもプラチナの文字が光る黒い名刺を渡して再び壁の中へ消えた。


◇◇◇


「甘くて上手いな。」


「殿下…。」


まだ夜も明けきれない霧雨の早朝、宮殿内の人工の森の片隅のベンチで幾重にもレースが折り重なるハート型の包みを開いたイーリスの背後からヴァン王子が現れる。


「そうですか…私には少し甘過ぎるようで…。」


ちょうど昨日、日頃のお礼といってリースさんからもらったものだ。ピンクの羽が生えたハート型の小さな焼き菓子は見た目は可愛らしいが…スパイスの強烈な味の後に鼻と喉をおかしくなりそうな程甘く焼いて溶けてゆく。


「…上手く手懐(てなず)けたものだ。」


王子は少しつまらなそうな顔をしてもう一つ摘まむ。


「…いえ。」


まだ何も言っていないのに王子は送り主が誰だかすぐ分かったらしい。


「まぁよい…様子はどうだ?」


「えぇ…相変わらず算術は苦手なようですが…感覚は悪くありません。何より制御されているはずなのにあの魔力の強さ…昨日は生徒の中でも一番長い時間宙に浮いていましたよ…最も途中でウトウトして最後は寝ぼけて底無し沼に落ちてしまいましたけど…。」


夜までみっちり補修をしているせいもあるが…たまに所構わず寝そうになるリースさんに緊張感を持たせようと先生なりに工夫して底無し沼まで(こしら)えたようだが、様々な欲に弱い彼女には全く通用しなかった。


「ブッ…相変わらずしょうもないな。」


殿下が吹き出したのなんて初めてみた…それでもすぐ口に手を当てると咳払いをした。


「…はい。しかし今では魔力そのものは他の生徒からも一目置かれているようです。」


当初はあまりの知識のなさにどうなることかと思ったが、午後の授業の後に毎日図書館で補修を続けると妙に熱っぽ…いや…熱心に説明に聞き入ってくれて一応理解は進んでいるようだった。


「外で何者かに接触した形跡は?」


「…いいえ。休日もほとんど王宮内で過ごしていますし、たまの手紙のやりとりもラスティート様とウィンティートのルリアル嬢だけです。」


王子はまだリースさんの背後に何者かがいる可能性を捨て切ってはいないが…あのお茶会依頼その可能性は極めて低くなった。あのような大規模な召喚を他人の魔力で行うという例などを聞いたことがない。


「…よいか。今のままリースをロドにはなるべく近づけるな。」


「かしこまりました。」


立ち上がって下される王太子殿下の命を(つつし)んで受ける…と…いつの間にか手元の包みはすっかりと空になっていた。

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