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里帰り (4)

里帰りのラストは、フィリ&リース編です。

「『大人の階段』…これは?」


「ほろ苦くて好みよ。」


「この『初恋の思ひ出』は?」


「甘酸っぱくておいしいけど…ちょっと酸味が強すぎるかしら。」


「じゃあこれ…『盲目(もうもく)の恋』」


「それは甘過ぎて最悪…舌が元に戻るのに時間がかかるわ。」


「そう? わたしは嫌いじゃないけど…。」


よほどお見合い話がくる事を諦められなかったのか、フィリは実家に帰るのを一日遅らせた。ホロスウィアで一番人気のショコラのお店は予想以上に広くて種類も多かった。


「やっぱり『新たな旅立ち』これにするわ。ハーブと果実が絶妙…爽やかで食べやすいわ。」


二人でさんざん試食をしてそろそろ鼻血の一つも出ようかという頃にフィリはやっと大量のショコラを購入した。


「そんなに買うの?」


「うちは人数が多いから。ええと、あとは皆から頼まれてたラルファモート先生の分と、度々ご馳走になってるハロックル様の分も買っておきましょうか。『感謝の嵐』…先生はこれでいいかしら?」


「『嵐』って言うのがちょっと…。」


「洒落が効いてていいと思うけど。」


「笑えないわ…。」


わたしのせいでラルファモート先生も一旦は牢に捕らえられたが疑いは晴れて大きな罰はなかったようだ。それでも来年度はメイドの講師から外れて宮廷魔術の講師の助手になるらしい。


「新作『純情チェリー』ハロックル様にはこれでいいかな?」


「…それは念のため止めておきましょう。」


◇◇◇


大きな包みを両手に抱えて店の外に出ると既にフィリの家の馬車と従者が待っていた。黒に近い焦げ茶色の車体に流れるように描かれた一筋の(きじ)の羽が美しい。


「今日はありがとうリース! また来年度ね!」


結局フィリにお見合いの話は一件も来なかったようだが買い物で多少気が晴れたのか笑顔で帰って行った。


◇◇◇


「さて…」


ここからが本番だ。去年の宴の夜に私に魔法を掛けたおばあちゃんを探し出して話を聞かなければいけない。当初はすぐに宮殿を抜け出そうと思っていたが、かろうじて進級試験も通ることができた今、もう少しメイドとして王宮殿に留まりたいという欲が出てしまった。きっとおばあちゃんの魔法のせいで魔力が高すぎるのだから今後はあんなことがないようにぜひ調整して欲しいと思った。図々しいのは承知でお給料から当時泊まった宿のお金もしっかり持ってきた。


「確かここの角の…あった!」


大きさはそれ程でもないが凝ったクラッシックな造りがホロスウィアの中でも老舗という雰囲気を(かも)し出している。敷居が高くて入りづらいところだが、宮廷メイドの証のメダイが光る左胸をわざと前に出してフロントの男性に声を掛けた。


「あの…白髪で丸い眼鏡を掛けたおばあ様を探しているのですが…一年前ここでお会いして助けていただいたのでお礼を言いたくて…」


男は左胸にちらっと目線を向けたがすぐ真っ直ぐに視線を戻す。


「…申し訳ありません。こちらでは分かりかねます。」


当然の返事だった…。せめておばあちゃんの名前だけでも聞いておけば良かった。あてもなく人で賑わう街並みを歩きながら周りを見渡してもそれらしい人はいない。

歩き疲れたので一番可能性のあるさっきのホテルのテラスでお茶を飲みながらぼんやり人通りを眺めていると急に今自分がしていることの途方のなさに気付く。おばあちゃんもみつからないし…フィリもナズナもリジェットもみんな実家に帰ってしまったし…


「つまんないなぁ…」


ふと呟いた瞬間、雑踏に紛れて見覚えのある二人の姿が見えた。ラスティート様と…エミュレーお嬢様だった。


「…。」


デートだろうか…相変わらずラスティート様は微妙な表情をしているがエミュレーは…個人的には決して…決して認めたくはないが…残念ながら見違えるほど美しくなっていた。ほっそりと痩せた色白の肌に中央にピンクのラインが入った濃紺のドレス…薔薇色に頬を染めて幸せそうに微笑む姿は知り合いでなくても目に留まる程輝いて魅力的だった。

ラスティート様のお気持ちを知る前であれば悔しさて一杯になるところだったが…今ではその方がよかったとさえ思えてくる。


「はぁ…。」


人のことを考えるのは止めて自分の心配をしよう…ふと視線を戻すと目の前に夕焼けを背にした見覚えのある黒服の魔術師が座っていた。


「…どなたでしたっけ?」


男は目を見開いた後、声を出して笑った。


「宮廷魔術師筆頭ロドクルーンです。」


「はぁ…。」


わざとらしく胸に手を当てて自己紹介した後、男は指を鳴らして紅茶を注文した。長い指に整えられた爪には薄紫色のグラデーションが掛かっている。


「ふっ、待てど暮らせどあなたからの連絡がないのでわたしの方から来てしまいました。」


「はぁ…あの…レリア様にも申し上げたのですが…メイドとして進級させていただこうかと…」


男は笑顔を崩さないまま左眉だけピクリと動かした。目も鼻も口も全てが少し長く鋭い…整った顔立ちは近くで見た方が幾分若くみえた…これも魔法だろうか。


「実に勿体ない…あなた程の魔力を持つ者が魔術を使いこなせれるようになれば何でも想いのままですよ。」


「何でも想いの…」


いやいや…騙されてはいけない。ラルファモート先生の授業ですら付いていけてなかったのに、本格的な魔術なんて無理に決まっているではないか。


「授業が不安だったら毎日わたしが補習をしよう。もちろん丁寧に…あなたのペースに合わせますよ。」


「丁寧な補習…」


いやいや…そういう問題じゃない…レリア様が言ってたじゃないか…有事の時は命を掛けて戦うとか無理だし…。


「我が国の魔術は世界最高峰だ…この国に戦争を仕掛けてくるような愚かな国はいない。」


でも過去に行方不明になったメイドがいたと聞いたし…やっぱり怖い。


「リース、ここ10年で魔術師の死傷者はゼロだ。もちろん行方不明者もいない。」


「…。」


その時少し遠くで王宮殿の城門が光り出した。


「あれもロド様が?」


ちょうど冬から春に移る季節なので、デザインも雪の結晶から淡雪とその一部が春の花々に変化するものに変わっていた。


「えぇまぁ…昔から続く伝統ですからね。」


そう言って紅茶を啜る男は自分が創り出したにも関わらずあまり興味がないようだった。


「あのぅ…だいぶ前の城門…何万種類もの動植物の…ああいったものはどのくらいで創れるようになりますか?」


男は目を見開いてこちらを凝視した。何か変なことを言っただろうか。


「ふっ…10年…いや…あなたなら5年も学べばできるでしょう…努力次第ではもっと早くすることも可能だ。」


白い光の筋を走らせる赤いガラス玉のような瞳に吸い込まれそうになる。


「ほ、本当でしょうか?」


思わず身を乗り出す。


「ふっ…そんなにあそこの装飾がしたいのですか?」


「子どもの頃からずっと憧れていて…。」


「そうですか…以前から思っていたんですが、もうあそこの装飾は宮廷魔術師の筆頭が行う必要はないのではないかと…。」


「え?」


「わざわざあそで膨大な魔力を使わなくても我が国の魔術が世界一ということは今や世界中の国々においても周知の事実だ…。」


「そうなんですか…。」


「ふっ、君がこちらに来てくれるのなら能力が備わり次第、城門と城壁の装飾をあなたが行えるように取り計ろう。」


「えっ? そ、そんなことができるんですか?!」


「明日の議会にかけてみよう。反対はないだろうが…決定したらまた君の元へ現れよう…では。」


空気が波のように歪んで男が消える。テーブルには紅茶代にしては高すぎる銀貨が残されていた。


◇◇◇


「お帰りなさいませ。フィリお嬢様」


幼い頃から人の顔色を読むのは得意だ。張り詰めた表情のなかでもわずかに安堵の色が出迎える大勢の男達のゆるんだ頬から伺えた。


「よく帰ったね。フィリ。」


お父様と呼ぶには少し年を重ねすぎた男は身に(まと)った静電気のような殺気を一瞬で消して穏やかに微笑む。


「ただいま戻りました。お父様。」


一通り王宮での生活を報告してから、一年前と変わらないただ広いばかりの自室に戻るとホリーが持たせてくれたお弁当を馬車で食べそびれたことに気付いた。レースのような薄黄緑色の包みにはスズランの生花があしらわれていてその妖精達もフワフワと宙を泳いでいる。殺風景な部屋にそれが在るだけで優しい空気が流れた。


「お帰りフィリ。」


「お兄様…ただいま戻りました。」


「どうだい王宮は?」


「ええ…色々な人がいて興味深いところですわ。」


「良い人は見つかったかい?」


「…いえ…その…」


急に歯切れが悪くなったので兄はきょとんした顔をした。お見合いの話が一件も来なかったことは誤魔化さなくてはいけない。


「驚いたなぁ…フィリならすぐ見つかると思ってたんだけど。」


「…。」


またショックが込み上げてきたせいで、この瞬間だけ兄の表情の変化を読み忘れた。


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