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里帰り (1)

里帰りのリジェット編です。

他のメイドも順に書いていきたいと思います。

「お帰りなさい!!」


丸一日かけて辿り着いた故郷はこんなにもくすんだ色の町だっただろうか…家並みやわずかな商店、空さえもグレーがかってリジェットの目には映った。出迎えてくれた兄弟達の笑顔だけがキラキラとしている。


「母さんは?」


「まだお仕事。ねぇこれ空けていい?」


まだ幼い一番下の弟がおみやげのお菓子の缶詰に手を伸ばす。おみやげと言っても進級試験のお茶会で余ったお菓子をみんなにバレないようにもらってきたものだ。


「いいわよ。まだたくさんあるからみんなで仲良く分けて食べてね。」


3人の弟に2人の妹…実の父は物心ついたときにはいなかった。母からは病で亡くなったと聞かされている。母はちょうど6年前に隣町の男と連子同士で再婚したが結局2年と続かず、義理の父は賭場(とば)(こしら)えた借金と子供たちを残して去っていった。

絵に描いたような貧しい母子家庭のなかで血の繋がりの関係もなく仲の良い兄弟たちが唯一の救いだった。

一年前、捨て身で(いど)んだ王宮殿のメイドの採用試験に合格した時は本当に嬉しかった。さすがは国の最高峰の狭き門で給金は一年目からそこそこ高く、働き始めてからは毎月かなりの額の仕送りもしている。借金の返済を差し引いても生活費の半分は(まかな)えているはずだったが…。


「リジェット!戻ったのか…!!」


よく知った男が顔を見せた。


「ショーン…今休暇中なの。」


彼は町長の息子でこのど田舎の同年代の中ではまだ話が通じる人物だった。


「ますますキレイになったなぁ…リジェット…実はさ…俺明日結婚するんだ。都にいるから無理かと思って招待状は出さなかったんだが、よかったら式に出席してもらえないか?」


「え…。」


急すぎるが王宮殿に戻るのは明後日にする予定だったので断る理由が見当たらなかった。


「おめでとう。分かったわ、ぜひ行かせてもらうわね。」


ご祝儀代は正直痛い…毎月の仕送りとメイドの採用試験前に通った美容サロンの分割払いもまだあと24回分も残っている。


「やった!! 初恋のリジェットに来てもらえるなんて光栄だ!」


「え…。」


今それを言う必要があったんだろうか…何となく気付いてはいたが一度も告白されたこともない。ショーンは無邪気に自分の近況を一通り話して『リジェットへ』と大きな文字で書かれた招待状を強引に両手で握らせて去っていった。


◇◇◇


「あら…この招待状…ショーンちゃんが来たの?」


母が帰ってきたのは陽が沈んでからしばらく経った頃だった。一年ぶりに娘が帰ったというのに招待状の方が気になるようだ。


「まぁね…それよりこんなに遅くまで働かなくても。毎月仕送りはしてるでしょう?」


母は目を合わせなかった。


「別に当てにはしていないわ。それよりリジェットにも王宮で誰か良い人はいないの?」


「…まだ働き始めて一年よ。バカなこと言わないで。」


話をはぐらかされた…まさかどこかの男に貢いでるんじゃあ…。認めたくはないが母は今でも年齢に不釣り合いな美しい容姿で、改めて振り替えると独身の時も誰かしらの男の影があったように思う。


「せっかく高いお金で美容サロンにも通って王宮殿にまで上ったのにねぇ…リジェットにもママの男運のなさが移っちゃったのかしら…みんな君は僕が一生守るなんて言ってたのにねぇ…(だま)されちゃったわ…」


また始まった…この手の愚痴(ぐち)を何百回聞かされただろう…自分にとって反面教師とは正に母のことだった。とはいえこれを聞く度に不幸になる呪いを掛けられているようでいつも耳を塞ぎたくなる。


「きょうは豪勢だねぇ~。」


可愛い兄弟達と久しぶりに母の温かい手料理を食べながら、五感のどれかを一つ選んで一定時間完全にOFFにできる魔法はないか王宮殿に戻ったらラルファモート先生に聞いてみようと思う。


◇◇◇


次の日、唯一質に入れなかった母の婚礼時のドレスを着て町で唯一の式場へ向かう。ターコイズブルーのドレスは子供の頃にショーンが連れて行ってくれた海の色を思い起こさせた。

幼い頃に宮廷メイドを目指そうと決めてからショーンには随分助けてもらった。屋敷の豊富な蔵書をいつでも好きな時に読ませてもらったり、内緒で家庭教師の授業に同席させてもらったこともある。親類で実際に王宮メイドの経験がある男爵婦人に会わせてもらった時は感動して泣いてしまった。

ショーンに下心があるのは分かっていたけれどずっと気付かない振りをした。ショーンもいつまで経っても想いを打ち開けてくることもなかった。

ともかく彼がいなければ今の私はない…人生の一番の恩人と言ってよかった。


会場に入ると周りの皆が息を飲むのが分かった。


「あの美しいお方は誰だ?!」


「何て艶やかな紅色の髪…。」


「まるで王女様みたいだ…。」


「リジェト? あの優秀な?」


「確か王宮に上がったんじゃあ…。」


自分をみて浮き足立つ男性陣に軽く微笑めば一同は真っ赤になって固まった。


「確かにスゴい綺麗だけど…あんなに顎のラインはシャープだったかしら?」


「大金かけて都の美容サロンに通ってたそうよ…。」


「さすが王宮殿に上がる方は違うわね…。」


羨望(せんぼう)と嫉妬…選ばれた者だけが味わうことのできる懐かしい感覚だった。

席に着く前に新郎新婦にあいさつに行こうと近づくとあろうことかショーンまで顔を真っ赤にしてこちらを凝視している。隣の新婦の笑顔が歪んだのと同時に大勢の男に囲まれてしまった。


「リジェット! すっかり綺麗になって…僕のこと覚えてる?」


「紅の瞳に吸い込まれそうだ…」


「今度俺都に行くんだ。よかったら…」


「抜け駆けはズルいぞ!」


「式が終わったら町の酒場で2次会をやるんだ。よかったらリジェットも…」


人が集まり過ぎてこれでは誰が主役なんだか分からない…あいさつに行くのは後にして仕方なく席に着いた。これでも気を遣って化粧や装いは地味にしたつもりだったのだが…。

そういえばお茶会の後もらったお見合いの相手はそうそうたる面々だった…母に名刺を見せたら驚いて気絶してしまうかもしれない。


「シャンパンを2つ」


既に職業病なのか給仕の手際の悪さと…恐らく自分のせいで仏頂面になっている花嫁が気になって仕方がない。必死に機嫌を取ろうとするショーンが哀れに見えた。

フィリならどうするか…悔しいが涼しい顔をして自分の予想を(ゆう)超えてくるあの同期のメイドが常に頭から離れない。


招待客全員が席に着いても自分に向けられた称賛や妬みの声はなかなか止まなかった。式もいよいよ始まろうかと言う時、一人立ち上がりあいさつをしに新郎新婦の元に歩み寄る。ペリソナの花に囲まれたテーブルに少し距離を置いて座る2人は呆然とこちらを見上げている。


「おめでとう!!」



バッシャ――――ッ



二人に頭からシャンパンを掛けた。

会場は静まり返り2人は驚いて声も出ないようだった。




「…フッ、ハッハハハハー!!」




しばらくして後列から豪快なおじ様の笑い声が響いた。ショーンの父…現町長だ。


「…クッ、アッハハハ!!」


それからびしょ濡れになったショーンも笑い出した…花嫁は以前として魂が抜けたようになっている。そのまま(きびす)を返して出口へ向かう途中、ガタッと椅子から立ち上がる音がした。


「リジェット! ありがとう!! 応援してるぞ!!」


振り替えって飛びきりの笑顔を見せるとショーンは太陽にでも照らされたかのような眩しい表情をした。


「お幸せにね…ショーン。」


自然と口から(こぼ)れた言葉で何かが一つ終わった気がした。


◇◇◇


「あれ? 早かったわねリジェット…ってもう帰るの?!」


「うん…今の時間ならギリギリ馬車も頼めるから。」


「もっとゆっくりしていっても…夕飯の材料も買ってきたのに…。」


台所にはカラフルな野菜や果物がたくさん並んでいる。


「ごめんね母さん…休みといっても一年分の復習と来年度の予習もしたいの…王宮の自室の方が集中できるから。」


目指すメイド長への道のりは始まったばかりだ。

支度をして玄関の外へ出たらすっかりと晴れた空の上の雲が波のように()いでわずかに吹いた風は妙に優しかった。

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