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嵐のあと (2)

「リースさん、一緒に来てください。」


先程のローブ姿の青年が再び牢へ現れる。


「あ…。」


眠ってしまったみたいだ。しかし一旦目が覚めてみると冷えきった身体に激しい頭痛で視界がグラグラして立ち上がれない。


「…。」


青年の手が横に動いたかと思うと、自然と身体が起き上がり湯浴みした時のように全身が暖かい。頭痛は相変わらずだったが手錠を掛けられたままゆっくりと歩き出す。

廊下を渡る途中で見えた黒鳥の掛け時計は既に深夜を廻っていた。歪んだ空間をいくつか通って案内された部屋は階段状に机が配置されている法廷のような部屋だった。最上段にはヴァンテリオス王太子殿下、その一段下には地位の高そうな光沢のある黒いローブを(まと)う魔術師がいる。数人の大臣や魔術師達に続いてレリア様や下段には手錠をしたままのラルファモート先生もいた。ふと王子の一番近くの魔術師と目が合う。姿形こそ若いが(かも)し出す雰囲気は随分と年配のような気もする。鋭い漆黒(しっこく)の瞳に見つめられれば一瞬で呼吸が止まる。


―――――――!!


「どうだロド?」


王子が魔術師の方を見た。


「これは驚いた。わたくしにも視えません。」


その場にいた全員がざわめき出す。


「…ぐっ」


もうダメ…意識が…目の前が真っ白になりかけた時、男が手を振り上げ、リースはその場に崩れ落ちる。


「ゲホッ…ガッ…ヴゥッ…」


やはり偽物メイドということがバレてしまったんだろうか…この状況では逃げられそうにない…殺されてしまうだろうか…


「非常に面白い!! わたくしのところで預からせてはいただけないでしょうか?」


その男は両手を広げ、嬉々としてヴァン王子はじめ全員に投げ掛けた。


「確かにそんなに強い魔力ならロド様くらしか…」


「でもロド様にさえ娘の過去は見えなかったんだろう?…生かしておいて大丈夫なのか…」


「でも赤の龍を呼んだんだぞ…逆に手を出せば何が起こるか…」


「味方となればこれほど心強いことはない。」


「始末してしまうには勿体ないかもしれないな…」


「国としても利用しない手はないだろう…」


男達の声が次第に熱を帯びてくる。


この人達は一体何を言っているんだろう…。王子はずっと腕を組んで目を瞑っていた。


「わたくしは反対です。」


その時、女性の清く澄んだ…しかし力強い声が高い天井に響いた。

一斉に場内は静まり返り、王子も目を開いた。


「これはレリア様。理由をお聞かせ願えますか。」


魔術師は笑顔を崩さずレリア様をまっすぐに見つめた。


「もともとメイドとして採用した者です。メイドと宮廷魔術師が担う責務は全く次元が違います。宮廷魔術の研修生に必要なのは強い魔力を持つが故の第一線の表舞台に立つ(おのれ)(りっ)してコントロールできる成熟した人格。どんなに強い魔力を持っていてもそれが欠けていれば本人にとってもこの国にとっても害になるだけです。」


場内が一瞬静まり返る。


「…少なくとも王宮殿に上がる者はメイドであれそれなりの人物を採用するはずですが…失礼ですがレリア様はそれが不十分な人物を採用したのですか?」


「申し訳ありません。それはわたくしの責任です。だからこそ安易にそちらにお任せする訳には参りませんと申しております。」


レリア様はわずかに顎を上げたまま頭は下げなかった。


「ふっ、人格などこれから私がいくらでも磨ける。さぁ、どうでしょうリース! あなたは高次元の赤の龍まで呼べる素晴らしい魔力を持っている。その才能を活かすのは君の今生の使命だ! このロドクルーンの元で最高峰の魔術を学んでみませんか?」


「へ?」


何を…。あの赤い龍はわたしが呼んだ? まさか…何かの間違いだわ。でも何だろうこの展開は…。私が偽物メイドだとは誰も気づいてなさそうだ…とりあえず罪に問われることはないのかな…訳が分からずぼーっと目の前の壇上を眺める。


「そなたはどうしたい?」


壇上のヴァン王子が静がに口を開いた。


「え? わたし…?」


どうしたいかなんて別に…ただメイドのカリキュラムすらやっとのことで一年過ごしてきたのに国中からエリートが集まった宮廷魔術の研修生達の中でやっていける訳がない。間違って強い魔力が発動してしまったのならそれは自分の能力ではなくわたしに魔法を掛けたおばあちゃんのものであるはずだ…。


「あ、あの…」


「一週間ほど時間を設けたらいかがでしょう?」


レリア様が(さえぎ)った。こんなに余裕のない表情は見たことがない。王子も少し驚いたように目を見開いた。


「…よいだろう。」


王子は頷いて隣の魔術師に指示をする。近づいてきたロドクルーンと名乗った男は長い黒髪に長身でリースは思わずその迫力に圧倒されて2、3歩後退る。男がリースの腕に触れると一瞬で手錠が溶けてメタリックな銀と緑が交差した蛇の腕輪が左手首にピタリとはめられていた。


「キレイ…。」


まじまじと腕輪を見つめる。


「ふっ、すまないがそれは君の魔力を封じるものです。」


「え?」


「自分でコントロールできるまではめていてもらいます。わたしに相談があればいつでもここに書いてある呪文を唱えなさい。すぐ君の元に現れよう。」


そう言うと無地の真っ黒な名刺が煙を上げ、プラチナのような文字が浮かび上がり怪しく光った。


「はぁ…。」


そもそもなんて書いてあるか読めないし…。再びローブの青年が現れて退出を促される。扉の前で一瞬振り返った自分に向けられた視線には様々な感情が読み取れたが、それさえもまるで他人事のようだった。

ヴァン王子と一瞬目が合ったような気がしたが気のせいだったかもしれない。

案内された場所は牢屋ではなく元のメイド部屋だったので心底ほっとした。リースはあと数時間で朝の日差しが降り注ぐだろう丸い小窓をカーテンで塞いでそのままベットに倒れ込むのと同時に眠りに落ちていた。

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