嵐のお茶会 (2)
「そろそろ招待客の皆さまがいらっしゃる時間ですね。」
お茶会用に正装したラルファモート先生が現れた。
「では皆さん、今まで培ってきた知識を存分に発揮して下さい。…特にナズナとリースは一旦進級試験ということを忘れなさい。全体をよく見て集まって下さった皆様をおもてなしするという心を持てば、今どんな呪文を唱えればいいのかが自ずと浮かんでくるでしょう。」
「はい…。」
ガチガチの緊張顔の二人は身を寄せてぎこちなく手を取り合った。
最初の招待客が現れ宮廷楽団の軽やかな演奏が流れ出す。ついにはじまってしまった…!!
◇◇◇
最初の席の案内は招待客と面識のある先輩メイド達がしてくれることになっている。特に遅れる者もなくみるみる内に席は埋まっていった。
1番手のリジェットと2番手のナズナは一人で全ての給仕を行う。ラルファモート先生の簡単な挨拶と新人4人の自己紹介が終わった後、リジェットを残し、3人は天幕に下がった。
ふと横を見るとナズナがいよいよ震えていた。
「…ナズナのお父様とハロックル様は中央のテーブルにいらしたわね。」
フィリが少し心配そうにナズナを見た。今回のお茶会は大臣クラスが最高位だからそういうことになるのか…。
「だ、大丈夫よナズナ! 大臣だって…大臣だって同じ人間だもの!」
リースが全然励ましにならない励ましをした側から大きな歓声が聞こえた。
ふと会場を覗くと金とブルーを基調とした5つのクロスは美しく宙を舞って寸分の狂いもなく同時にそれぞれのテーブルに着地した。花のアレンジも寒色系でテーブルごとにわずかに色味を変化させている。オーダーに至ってはリジェットは全くメモをとることなく速やかに注文の飲み物が用意されていった。しかも温度や濃さなど細かい要望を逆にリジェットからお客様に聞いて確認しているようだった。
会話を聞いていると、食器も招待客の好みを調べておきながらも、お茶会全体の上品な雰囲気との調和も忘れない素晴らしい誂えだった。
「うわぁ…さすがリジェット!」
見事に課題の内容は完璧で、しかもあまりに早く終わってしまったためにリジェットは招待客のテーブルにそれぞれに挨拶をしてから戻ってきた。
「ナズナさんどうぞ。」
勝ち誇ったようにチラリとフィリを見たあとにリジェットはナズナを促した。
「で、では…スイーツのオーダーを。」
ナズナの声は震えていた。
必死にメモをとる娘にドレルッド大臣は眉を潜め、ハロックル様は心配そうに見守っていた。多様なオーダーに一つ一つ丁寧に対応していくナズナ…。
「その調子よ…。」
ケーキを魔法で正確にカットしてお皿に乗せるナズナをフィリと一緒に天幕の中から応援する。手伝いたいけどれ2番手までは他のメイドが手出ししてはいけないのだ。
「飲み物のオーダーを」
その時先輩メイドの悪魔のような声が聞こえた。
カシャーン――ッ!!
魔法で同時に3種類のにスイーツを運んでいたナズナはその一つをテーブルの端にぶつけて落としてしまった。陽気な演奏の中、賑やかな会場の会話のざわめきが一瞬消えた。
「もっ、申し訳ありません!」
ドレルッド大臣のため息が聞こえた気がした…。リジェットのペースががあまりに早すぎたのと、ナズナのそれが少し遅すぎたのだ。その後、ナズナは半泣きになりながらもスイーツと飲み物のオーダーを一つ一つ地道にこなしていった。しばらくしてナズナは泣きながら戻ってきた。
「大丈夫よ、ミスはたった一つだけだったし、ちゃんと3つ同時に運べたんだから進級には充分よ。」
泣き付くナズナを次が出番だと言うのにやさしく励ますフィリの余裕が羨ましい。リースは一向に鼓動が収まらない心臓を押さえた。
「ではサポートに入るわね。」
3番手のフィリに続いて会場にリジェットとリースも足を踏み入れようとした時―――
「いえ、とりあえず私だけで大丈夫よ。」
フィリはにっこりと笑った。
「えっ?!」
「だって招待客も席を移動したり、庭園を散策したりしているから動きが分かりづらいでしょう。」
リジェットは訝しげにフィリを見る。
「平気よ。むしろ一人の方がやりやすいわ。」
三人を制してフィリは単身で颯爽と会場へと向かった。
フィリは混乱した動線のなか、一人で的確にお皿を下げ速やかにオーダーに応えた。
「すごい、スムーズでまるで空気のようね。」
リースが関心する。しかし魔法の巧みさは素晴らしいが良くも悪くも3番手では注目を浴びることはできない。ドルレッド大臣の他、数人の役人は既に席を後にしていたし、反応したのは何人かのメイドの先輩くらいだった。
「大したこと。でもいささか地味ね。」
リジェットは余裕の表情を浮かべる。宴もたけなわでそろそろ本格的に招待客も減り始めようかという頃だった…。
一斉にテーブルの花々や食器の全てが宙に浮いたかと思うと、宮廷楽団の軽妙な演奏に合わせてクルクルと回りだした。
「わぁ…!!」
方々を向いていた招待客の視線が一気に会場に集まる。焼きたてのジューンベリーのクッキーにパートドフリュイ、ハーブショコラにいつの間に用意したのか塩味のあるジェラートまで軽やかなリズムに乗って美しく金の螺旋状のスタンドにセットされていく…賑やかな空気に可愛らしいモクレンの妖精たちも続々と集まってきて甘やかな花の香りを振り撒きながら光のダンスを踊り出し…気を良くした演奏家達は曲調を一層華やかにボリュームを上げてお茶会の場を盛り上げる…歌うように次々に呪文を唱え、手で印を結んで複雑な魔法を発動させていくフィリの姿はまるで世界の偉大な指揮者が降臨したかのようだった。演奏が終わってみると、テーブルクロスからアレンジの花々、食器にいたるまでリジェットが用意した金とブルーを基調としたものから、白金とピンク色の親しみやすい華やかなデザインに変わっている。会場からは一斉に拍手が沸き起こった。
「フィ…フィリ…。」
3番手にして何という高度な魔法の連発…。ただただ空いた口が塞がらなかった。隣のリジェットは唇を噛みしめて天幕の布を破れんばかりに強く握り締めている。拍手が一旦鳴りやんだ時、場外からまだ拍手を続ける一人の男が入場してきた。
「素晴らしい。」
「ヴァンテリオス王太子殿下――!!」
会場の視線が一斉にフィリから王子へと移る。立ち上がって歩み寄ろうとする一同を制して王子は中央テーブルのレリア様の隣に座った。
どっ、どうして…リースは目の前の光景が信じられず、身を乗り出して何度も瞬きしてしまった。
「ヴァンテリオス王太子殿下、このようなところにお越しとは大変光栄に存じます。」
ラルファモート先生がすかさず挨拶に駆けつけた。
「突然すまない。通りがかりだったが、賑やかだったので来てしまったよ。進級試験のお茶会だったね。少し見学させてもらっても良いかな?」
にっこりと王子が笑う。
「もちろんでございます。今の者を含めてあと2名ですがもしよろしければ審査にもご参加下さい。」
「そうさせてもらおう。」
王子も審査に参加?! 隣のリジェットは噛んだ唇からうっすら血が滲んでいる。王子太子殿下ともなれば持ち点も最高だろう…フィリはなんて運のいい…。ラルファモート先生の隣にフィリが並び王子に挨拶している。その顔は珍しく緊張しているようだった。そしていつの間にかリジェットもその隣に並んでいる。
「あなた達早くサポートに回りなさい! 会場のお客様が待っておいでよ。あとこちらにもバスティラの紅茶を4つね。」
先輩メイド達が天幕に顔を出した。
「え…。」
会場にはフィリの派手なパフォーマンスのお陰で相当な人数がまだ残っていた。
「ナズナ…どうしよう…もうすぐ出番なのに全然人が減ってない…。」
「ええ…殿下が席を立たなければ皆さんも帰らないでしょうし。」
「げっ…そういうものなの?!」
「恐らく…招待客の方々にとってもまたとない機会でしょうから。」
―――――――――!!
どうしようどうしよう…練習で想定していたのはせいぜい多くても5、6人なのにまだ20名以上が会場に残っている。
「そろそろ時間ですね。」
恐れていたラルファモート先生の声が聞こえた。一旦天幕へ戻るフィリとすれ違い様にリースは恨みがましい視線を向けた。
「あら、会場にこんなに人が残っているのは殿下がいらしたからで私のせいではないわよ。」
フィリは涼しい顔をしている。
「でもあそこまでしなくても…。」
次の4番手の立場も考えて欲しい。
「基礎点が低いんだから、あのくらはやらないと…それに…。」
フィリは少し離れたところでハーブティーを注ぐリジェットに視線を移した。
「それに?」
「あの娘はこの場を勝負だと言ったわ。だから受けて立ったまでよ。」
フィリはまるでスポーツを楽しんだ後かのように実に爽やかに笑った。今後、絶対フィリだけは敵にまわしてはいけない…この時誓った。
「リース早く出なさい、殿下に自己紹介してから始めるように。」
ラルファモート先生から促される。
いまさら自己紹介なんて…どんな顔して出て行けばいいんだろう…。
リースはもう一度青いボールを胸に握り締め、大きく息を吐いた。
「昨日の調子よ。大丈夫!」
フィリに背中を叩かれて、リースは覚悟を決めて会場の中央テーブルへと向かった。




