再び王子様と…(2)
「お加減はいかがですか?」
深い眠りから覚めた王子様は次々と運ばれるフルコースのお皿を黙々とたいらげていった。驚くほどのスピードだが、さすがにその所作の一つ一つは美しい。
「あぁ…。大分回復した。すまないラスティート。」
粒状にカットされた宝石のような果物に薄く切り落とされた色鮮やかな肉の花びらが美しい皿にナイフを切り入れながら答える。
おいしそう…リースは思わずよだれが出そうになる。待機している部屋で3段のケーキスタンドで軽食はいただいたが、午前中の授業を途中で逃げ出してからお昼を食べていないのだ。ラスティート様は食事を進めてくれたがさすがに王子様と同じ席にはつけない…我ながら大分宮廷メイドらしくなったものだ。
「今日はお泊まりになりますか?」
「いや…まだ仕事が…」
ヴァン王子はフキンで口元を拭きながらしばらく考えていた。唇の左端の傷が痛むのか、時々こちらを恨めしそうに見つめてくる。怖いな…何故またラスティート邸に連れてこられたんだろう…一緒に帰りたくない…というか王宮殿自体に戻りたくない…というか途中で殺されたらどうしよう…。まだ王子が睨んでいるので思わず目を逸らす。
「あのぅ…私は寄るところがあるのでどうぞ先にお戻り下さい。」
いきなり寝室に潜り込んでおいて見逃してもらえるとは思えない…が、言ってみた。ここで王子を巻ければそのままどこかへ逃げられる。ヴァン王子は何を言っているんだコイツ…というようなお驚きのお顔をなさった。助けを求めてラスティート様を振り替える。
「でしたらうちの馬車をお使い下さい。すぐにでも出発できますよ。ヴァン殿下、アップルパイが焼き上がりましたから召し上がってからもう一眠りしていかれたらいかがですか?」
ナイスアシスト!ラスティート様!!…ルリアル様に会えたせいか機嫌もいいようだ。
「あ、ではお先に失礼いたします。」
そそくさと立ち去ろうとすると王子は唖然としたお顔で見送ってくれた…と思ったがやっぱり無理だった。
「どこに行くつもりだ。」
馬車に揺られながらヴァン王子は思ったより敵意のない声で質問してきた。まだ疲れが抜けきれていないのか、窓に肩肘をついて眠たそうな目でぼんやり外を眺めていた。
「…。」
特に寄るところなんてなかった。ただ王宮殿には戻りたくなかった。強いていえばお腹が空いた…王宮殿のようにメダイでお会計はできないし…まさか王子に奢って下さいとも言えない。ふとポケットが気になって手を入れるとすっかり忘れていた大変ありがたいものが出てきた。デディさんのお店のパイ1つ無料券…初めてデディクイズを10問正解してクリアした時に貰ったものだった。
「…ホロスウィアの入り口で降ろして下さい。どうぞ殿下は先にお戻り下さい。お忙しいようですし…あの…本当に以前も今日もたまたまで…決して殿下に害を及ぼそうなどと思ったことはございません。今日限りで王宮殿にも戻るつもりもないのでどうか見逃してはいただけませんでしょうか?」
深々と頭を下げてみた。
「宮殿に戻らない?」
王子は美しい眉を潜めて怪訝そうな顔をした。
「ええ…まぁそれなりの事情がありまして。」
進級試験のプレッシャーに耐えられなくなったからだ…とは情けなさ過ぎて言えない。思わず目を逸らす。王子はそれ以上何も聞かなかった…馬車の揺れが心地良くていつの間にか眠ってしまった。
カクンッ、と馬車が止まって目が覚めた。カーテンを覗くと丁度ホロスウィアの入り口だった。想像していたよりもずっと人が多い。目を閉じたまま動き出す気配のない王子に、軽くお辞儀をしてそうっと馬車を降りて歩き出そうとした時、細い手に腕を掴まれた。
「へ?」
振り替えるとルリアル様のような可憐な少女が立っている。だがよく見ると瞳に王家の証である金の虹彩が混ざっていた。
「ま、まさか…ヴァン殿下ですか?!」
「今日は私がお前に付き合おう。」
魔法で姿を変えたようだ…可愛らしい少女には不釣り合いなブスッとした表情で、いかにも不本意そうに呟いた。