なまけものだけど、王宮生活 (7)
「フィリ…先生に言うの?」
フィリの部屋はイメージ通り物がなく整然としていた。
「いいえ。証拠もないしね。」
よかった…黙っていてくれればきっとリジェットはお茶会で私に嫌がらせしないだろう…それどころかばっちりフォローなんかもしてくれるかもしれない。心の中でガッツポーズする。
「いいんですか? フィリさんに3番手は相応しくないかと…。」
ナズナは2番になった手前心苦しさがあるようだが…できればあんまり煽らないで欲しい。
「まぁ、そこからがあの娘の準備だった訳ね。仕方ないわ。」
なんて心が広いんだろう…ありがとうフィリ。
◇◇◇
「リジェットは角のテーブルクロスが少し左に寄っています。僅かなズレであっても柄の見え方が変わって美しさが損なわれるので注意して下さい。あとテーブルごとの花の種類を2つ減らして下さい。今のアレンジだと花が目立ち過ぎます。食器やこの後のスイーツ…そして招待客の装い、引いては庭園全体との調和を考えなさい。」
進級試験まで2週間を切ったので実際にお茶会が開かれる白い水仙の庭園で実践練習が始まった。ここにきてラルファモート先生は自らの美的コーディネートセンスを遺憾なく発揮し始めた。もちろん当日の空間をプロデュースするのはリジェット本人だが…。
「ナズナ…スイーツは最低3種類を魔法で同時に用意できるようにしなさい。特に白いスフレは時間が勝負だ。それに今のスピードだと最初の紅茶が冷めてしまいますよ。あと何度も言うようにヴィンゾリー大臣の席には専用のフォークがあります。」
「うぅっ…先生っ…オーダーできるスイーツの種類を減らして下さい。」
ナズナは小さな声で…しかし必死に訴えた。
「これはね、来てくれるお客様のためのお茶会なのですよ。あなたのためのお茶会ではありません。まだ時間はあるから練習しましょう。」
ナズナは半泣きだ。
「フィリは問題ありません。…が、3番目は最も人の動きが激しいパートです。よく状況を判断して今まで学んだ魔法を存分に活かしてください。あぁ、一つだけ…このジューンベリーのクッキーはモクレンの妖精が好むので大きさを変えて多めに出すといいかもれませんね。」
「はい。」
フィリはやっぱり余裕のようだ。同じ魔法の言葉を唱えているつもりなのにどうしてこうも違うのか…。
「リース…お皿を何枚割る気ですか? いくら招待客の人数が少なくなる時間帯だからといって失敗は許されません。最後は重要です。時間の制約はあまりないので、まず一枚ずつでいいから確実にお皿を下げて下さい。」
「…はい。」
実際一枚ずつ下げるなら魔法なんていらないですよね…。という誰もが思った突っ込みが言葉になることはなかった。これは「進級試験」という名の新人メイドの魔力のお披露目会なのだ。何とか少しでも魔法を発動させなければ…このままだと本当に進級が危うい…。
◇◇◇
ガチャーンッ!!
「リース…。」
お茶会の3日前、本番さながらの予行練習でもリースだけ絶不調だった。ラルファモート先生はついに無言となった。
「リース、ちょっとこちらへ。他の3人はまた始めからやってみて下さい。」
ラルファモート先生と水仙の沼のベンチに腰かける。白い花は当然のよいに凛として咲き誇っており、後はその日を待つばかりとなっていた。
「このお茶会に関して私にできる技術的な指導は全てしました。」
「…はい。」
いつまで経ってもどうして自分だけがこんなにできないんだろう…情けなくて涙が出た。
「リース、あなたはお茶会を成功させて進級したいですか?」
先生は何を言っているんだろう…当たり前じゃないか。
「も…もちろんです。」
涙でグシャグシャの顔を上げる。
「では今決めなさい。自分はお茶会を成功させて進級すると。」
ラルファモート先生は涼やかな目を少し細めてリースを真っ直ぐ見た。
「でもこのままでは…このままでは到底無理です…。」
手で涙を拭いながらリースは再びうつむく。
「自分には無理だと思うと現実もその通りになってしまう…そういうものです。これは魔法に限りません。あなたの魔法は確かに不安定だが、4人の中で一番強く光を放っている時すらある。」
嘘でしょ…。そんなこと…そんなこと信じられない。
「いいですか? リース、どうなりたいかもう一度自らの深いところに聞いてみなさい。そして自分を完全に信頼しなさい。後はあなたの覚悟次第ですよ。」
先生はゆっくり立ち上がると、水仙と同じ色のハンカチをリースに渡して皆のところへ戻っていった。
「どうなりたいか…。」
それは…もちろんみんなと一緒に進級したいわ。
「信じる…。」
自分を? どうやって? もともとが偽物メイドなのに…。4人の中で一番魔力が強い時がある? そんなの嘘でしょ…。だったらとっくに上手くいっているはずだわ。
「ダメだわ…。」
自分を信じるなんて…そもそもここにいること自体が間違いなのに。どうしよう…このままでは絶対お茶会は失敗する。怖い、逃げたい、逃げてしまおうか…もう一年もがんばったもの。魔法は苦手だけれどお掃除には大分自信が着いたし…玉の輿は無理でもどこかのお屋敷で雇ってくれるかもしれない。
胸のメダイをそっと外す…。
「先生ごめんなさい。やっぱり私には無理そうです…。」
思いっきり沼めがけて投げた時―
ゴォォォォォォォ―――!!!
「うっ、嘘?!」
抗う暇を与えないその風に一気に呑み込まれていった。
ボスンッ。
柔らかい…。全身フカフカの心地よい感覚にどうやら前回のヘリオルス城の最上階ではないことが分かって安堵する。そうっと目を開けると―
「これは…!!」
子供の頃によく見た王宮殿の城門とそっくりの天井絵が現れる。そう、何万種類もの動植物…今にも動き出しそうなそれは絶妙な配色と形状を変化させながら互いに溶け合って美しいハーモニーを奏でていた。
「すごい…。」
思いがけず念願の装飾に出逢えたのに感動の涙で滲んですぐ見えなくなってしまった。
しばらくすると穏やかな水面のように天涯の布を揺らめかせ、芳しいキフリテの実の香りが漂ってきた…何だかよく眠れそう…ここは天国かしら…最後に神様が望みを叶えて…目を閉じかけた瞬間――
「…っ」
金縛りにあったように身体が動かない。
次の瞬間、生暖かい水滴がリースの頬をつたい、ここが天国でないことがはっきりした。
濡れた白銀の髪に肌も露なバスローブ姿…碧と黄金色の瞳を細めて凍るような冷たい視線でこちら覗き込む男は確かにヴァンテリオス王太子殿下だった。




