なまけものだけど、王宮生活 (6)
「1番の希望がフィリとリジェット。2番がナズナ、4番がリースですね。」
授業の最後にラルファモート先生が発表した。
よしっ、予想通り4番手は誰も希望してない…! と思ったけれど念のため聞いてみた。
「どうやって順番を決めるんですか。」
「なるべく希望通りで行いたいので、1人しかいない2番と4番は決まりです。」
やった~…!! と思わずバンザイするリースを他所に教室に微妙な空気が流れる。そうだ…ナズナが2番ということはフィリがリジェットが3番になるということだ。気まずい沈黙が流れる。
「話し合いでもくじ引きでも投票でも何でも良いですよ。」
ラルファモート先生は不穏な空気も介さず非常に無責任なことを言い出した。実力からするとフィリかな…でも講義によってはリジェットもフィリを凌ぐ魔法をみせることがなきにしもあらずだった。1番になれなかったら一気に地味パートの3番になってしまう…それは2人とも何としても避けたいはずだ。この様子だとどちらも譲る気はなさそうだし…かといって投票でこちらを巻き込まないでもらいたい。
「コインで決めませんか?」
口を開いたのはリジェットだった。
「ほぅ。どうですかフィリさん?」
「…わかりました。」
「じゃあ先生、このコインをチェックして下さい。」
「よいでしょう。」
ラルファモート先生は受け取ったコインを軽く手の平で遊ばせてからリジェットに返した。
「フィリさんからどうぞ。」
「では裏で」
一秒も考えずにフィリは即答した。何だか4番手が確定している自分までドキドキしてきた。
リジェットが弾いたコインは弧を描いて教室の天井近くまで昇り、そのままなんとフィリの手の甲に落ちて来た。リースが思わず覗き込んでみると…桐の紋章がキラッと光った。
「残念ながら表ね。」
フィリはため息を付く。
「それでは皆さんあと3週間ありますからしっかり練習しておいてくださいね。特にリース、最後だからといってごまかしは効きませんよ。」
「う…はい。」
全部先生はお見通しだった。
「フィリが3番だなんてごめんなさい。でも今日で勝負がついてしまったわね。」
リジェットはそういいながらにこやかに銀貨を受け取った。
「運に見放されては仕方ないわ。当日はお互い頑張りましょう。」
フィリもいつもより口角の上がった笑顔でリジェットと握手した。
◇◇◇
「あのぅ…フィリ。私順番変わりましょうか?」
明らかにいつもとは違う空気のフィリにナズナが思いきって話かけた。手元のサンドイッチにはまだ手を付けていない。
「まぁ、そんなに気を遣わないで。ナズナだって大変なのに。」
フィリはそう言うとまたいつものフィリに戻ったようで、小さなクロワッサンを一口に頬張ると紅茶を啜った。
そうなのだ…ナズナも招待客として進級試験お茶会に参加する大臣の父親と優秀な婚約者のプレッシャーと戦わなければならない。注目が集まる2番手で絶対失敗はできないのだ。
「晴れてみんなで合格したら進級祝いの会はナズナが奢ってね。」
フィリがイタズラっぽく笑う。
そう、どうやらこの進級試験の点数は来年のメイドの給与に大きく関わってくるらしい。何とシビアな実力世界だろう…しかし贅沢は言わない。こうしてノースアプリコットのパンを食べたり、たまにホリーのお店に行ってみんなと楽しい時間を過ごせればこんなに幸せなことはない。そしてもう一つ…ずっと心に秘めている願望はまたイーリス様にお会いしたい。魔法は落ちこぼれでイーリス様の言う「ステキなメイド」とはほど遠いかもしれないけれど、掃除の腕には大分自信もついてきた。
この日も張り切って掃除に精を出し、何とデディクイズを初めてクリアできたためいつもより30分早くメイド部屋に戻ることができた。そして…見たくもないものを見てしまった。
◇◇◇
「ぎやぁぁぁぁぁぁ~~~!!」
備え付けのクローゼットを開けたら500ペオ銀貨の波が襲ってきた。
息ができない!! 次の瞬間、メイド部屋の扉が開いて銀貨の波が引いていった。
「た、助かった…ありがとう!!」
ふと扉をみるとうつむいたリジェットがゆっくりと部屋に入ってくる。まだ床に残る大量の桐の紋章のコインを拾いながらとてつもなく嫌な予感がしてきた。
「ご、ごめんなさい今日は魔法で部屋が反転していたみたいで…リジェットのスペースと間違えてしまったみたい…。」
そう、王宮殿のレイアウトや部屋の配置は日々刻々と変わる…メイド部屋周辺の変化はそれほどでもないのだが、今日に限って運悪く廊下の反対側に移動していたのだ。
「…。」
「そ、それにしてもすごいわね~! クッ、クローゼットごと貯金箱にしてしまうなんて! さすがリジェットは斬新ね~。これ一体いくらあるのかしら? や、やっぱり1番手はスケールが違うわ~。」
しまった!!… 1番手は余計だった。超嫌みじゃないか…あわわと口を抑えてそれ以上はしゃべらずに銀貨を拾う手を動かす。
「先生やフィリに話す?」
リジェットは無表情のまま小さな声で呟く。赤い瞳だけうっすら光っているように見えた。
「ま、まさか! そんな友達の秘密…い、いえ…ヘ、ヘソクリのことなんて話さないわよ! 大丈夫! 誰にも言わないから安心して貯金して! そう、500ペオ貯金て流行ってるのよね~!」
ふと言い終えてから何故こんなに自分が動揺しなけばならないのだろうと思った。慌てなくてはいけなのはリジェットの方なのに…。リジェットは気が強くて苦手だ。あのグリーミュを思い出してしまう…。
「750ピオよ。」
「え?」
そういうとリジェットは近づき胸の辺りでリースの両手を強く握った。
「今貯金は750ピオなの。うちは実家が貧乏だから1000ピオ貯まったら送金するつもりなの。恥ずかしいから皆には黙っておいてくれると嬉しいわ。リースの4番手は招待客の動き読みづらくてが大変でしょうから私がしっかりフォローさせてもらうわね。」
リジェットの瞳は赤銅色に光ってその張り付いた笑顔にリースは大きな恐怖と少しの胸の痛みを覚えた。これは敵にまわしたらお茶会で何をされるか分かったもんじゃない…。今日ほど個室が羨ましかった夜はなかった。
◇◇◇
人は…例え自分とは直接関係がなくても他人の大きな隠し事を知ってしまった場合一人では抱えきれなくなることがある。そして…当事者と関係がなく口が固そうな人物をチョイスしてその秘密を共有して心の衝撃を分散させようと試みるのだが…語る場所や人選を誤ると、話は巡り巡って最悪当事者にまで伝わり大きな信頼を失う結果となることがあるので細心の注意が必要だ。
「ナズナ…実はね…」
リースはあまりに身近な場所であまりに近しい人物を選んでしまった。
「えぇっ!!」
ナズナはしばらく固まっていた。
「でも、聞いたことがあります…10万枚に一つくらい鋳造の関係で何回投げても同じ向きにしか落ちないコインがあるらしいって…」
「10万枚?! でも確かリジェットはフィリに表か裏か選ばせていたわよね。」
「…なのでもし本当にそのコインをリジェットさんが用意したなら表と裏の2パターンを倍の20万枚から探し当てたのかもしれません…。」
「に、20万枚?! 嘘でしょそんなに500ペオコインをリジェットは…と、とにかくフィリには絶対内緒にし…」
「何がわたしに内緒なの?」
いつも聞きなれたその声に、思わず小さく屈んだ2人が青くなって振り替えるといつもより30分早く掃除を終えたフィリがニッコリと笑って立っていた。




