なまけものだけど、王宮生活 (5)
「みんなは進級試験の順番の希望はもう決めた?」
サボテンのビールに口を付けながらリースがため息を付く。
「私は1番で出してみるつもり。」
「フィリはそうでしょうね。」
「私は最低でも2番以上で出ないと父に叱られますけど…でも絶対無理です。」
ナズナは半分涙目になりながら球体が2つ付いたフラスコのようなグラスに手を伸ばした。確かにフィリとリジェトは不動のツートップだからそこに食い込むのは難しいだろう。それにしてもナズナにしては珍しくお酒を口にしている。
早いもので王宮殿に来てからもうすぐ1年になる。イーリス様の言葉があったとはいえ、我ながらここまでよく耐えたものだと思う。
しかし、最も恐れていたイベントがもうすぐやってくる。
進級試験だ。
テストは実践のみで魔法の基礎を学んだ証として1~4番までの課題を一人一つ担当して自身の魔法を披露する。
難易度は1番から順に高い。
1番手は「お茶会用に点在する丸テーブルにクロス掛けから基本の食器・グラス・飾り花のセットまでを行い、さらに招待客30人程度の最初のオーダーに合わせた飲み物をグラスやカップに一斉にを注ぐ。」というもの。食器や花に規定のものはなくほぼこの1番手のコーディネートでお茶会全体の雰囲気が決まる。また、一斉にお茶会が始められるようにスピードはもちろん空間のデザインセンスも問われる難しい課題だ。
2番手は「既にセットされた食器に招待客の希望のスイーツをサービスする。ケーキやタルトは厨房から焼き立てが出てくるのでカットするところから始める。もちろん飲み物のオーダーがあればそれも同時に受けなければならない。」
3番手は時間的に招待客が立食したり軽く庭を散策し始めるので「立食用のテーブルやお菓子のセットと、ここからは本格的に食器やグラスの片付けが入ってくる。」もちろん魔法でいかにお茶会の場を乱すことなくさりげなく行えるかが鍵となる。しかしこの時点では他のメイド3人もフォローに入って良い(但し魔法は使わない)ことになっているのでかなり心強い。
通常ならここで終わりなのだが今年の新人メイドは過去最多人数の4人だ。
4番手の役割は「主に片付けだ。この頃は招待客もほどんど帰っているので、無駄なテーブル、食器や時間が経ったお菓子を適度に下げていく。また、テーブルに食べカスなどの汚れがあった場合は例によってさりげなくキレイにしておくとなお良い。」
間に合わせで設けられたような4番手の仕事はなんて地味なんだろう…。
デディさんに聞いたら、この「進級試験お茶会」は新人メイドのお披露目の意味合いが強いらしい。はっきり言ってみんなが注目するのは1・2番手までで、3番手辺りから招待客も減り出し、おそらく4番手はほぼ目立たないに等しいと思うとのことだ。
1番から順に基礎点が高く、あとは招待客の加点や減点で合否が決まる。招待客はそれぞれの人物のランクによって持ち点も違うらしいのだが詳細は不明だ。ただ4番手でも基礎点さえきちんと獲得できればギリギリ進級できるらしい。
「招待客としてお父様もいらっしゃるの?」
フィリが小籠包が入った蒸し器を開ける。
「はい、恐らく…あぁ嫌だ。」
立ち込める大量の湯気はナズナとリースのため息も呑み込む。
「失礼、私も当日はお義父様とご一緒に招待客として特別に参加させていただくことになりました。」
現れたのはやや下がり気味の大きなロイヤルブルーの瞳と、瞳と同じ髪色を持ったなかなか男前の青年だった。ナズナの顔色がみるみるうちに青くなっていく。
「ナズナ様の婚約者のハロックルと申します。あなたがなかなか会って下さらないから少し魔法を使わせていただきました。悪く思わないで下さい。」
男は躊躇いがちにナズナに頭を下げた。
「まぁ、私は同級生のフィリです。こちらは同じくリース。」
フィリの顔が輝く。
「初めまして。ステキなお友達ですね、突然失礼しました。ではごゆっくり。当日は楽しみにしています。」
爽やかな笑顔でハロックル様は去っていった。佇まいがとても誠実そうで、もし彼が商人だったら品物が何であれ即買いしてしまいそうだ。
「爽やかでカッコイイ婚約者ね~。」
リースはハロックル様の後ろ姿をしばらく目で追ったあと、ようやくナズナに視線を戻した。
「しかも宮廷魔術集団のエリート! 羨ましいわ。それにしても研修生なのに招待客としていらっしゃるなんて異例ね。」
ナズナがうつむく。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。」
リースは米粉の皮で目の前の鳥肉とキュウリを包んだ。
「…あの人は嫌いです。」
ナズナが力なく呟いた。
「まぁ、そんな…さっきは魔法で居所まで探して来たようだし、ナズナを大切に想っての…」
「私が勝手な行動をしないよう監視しているだけなんです! 父もあの人も!」
フィリを遮ってナズナには今まで聞いたなかで1番大きな声を出した…。酔っていたとはいえこんなに感情的なナズナは初めてだった。少々の沈黙が3人を包む。
「まぁまぁ…。私はイーリス様だったらずっと監視されていても構わないし! むしろ大歓迎だわ!」
ナズナに負けない大きな声で叫んでみた。そう、王妃様のサロン以来、イーリス様の姿を見ることはできなかった。あんなに思わせぶりな色気を振り撒いておいて…最近ではやけになってバスティラの庭園で半日くらい粘ることもしばしばあった。
「あはは!」
突然リースが大声を出したことが可笑しかったのか…はたまたフィリもけっこう酔っているのか珍しく声を出して笑っていた。遠くでグラスが割れた音がしたようなのは…気のせいだろうか。
その晩は見事にナズナが酔っぱらって潰れてしまった。お店の支払いはハロックル様が済ませてくれていたらしい。大臣のお嬢様の気持ちはよく分からないけど、ナズナもとにかく進級試験のことで相当ナイーブになっているようだ…。
フィリと一緒に潰れたナズナを部屋に運びながら進級試験ことを思い出してまた暗い気持ちになってしまった…リースは首を大きく横に振る。
正直、人の心配をしている場合ではない。毎回、魔法の授業では4回中3回はリースの魔法は発動していなかった。これは4番手でも失敗する可能性の方が高いといえる…。それでもとりあえず何とか4番手の役割は自分が獲得しなければ…スヤスヤと天使のように眠るナズナを見守りながら密かに意気込んだ。