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なまけものだけど、王宮生活 (4)


「どうしたの? キョロキョロして。」


朝礼に向かう途中、妙に落ち着きのないリースにフィリが尋ねる。


「え? あ、あぁ…今日は美味しいお店が現れてないかなぁ、なんて。」


「ノースアプリコットは明日よ。」 


「あ、そうね。そうだったわ…。」


王妃様のサロンの日以来イーリス様が気になって仕方がなかった。実は仕事が終わった夜や、休日の午後に何度もバスティラの庭園に行ったのだが、イーリス様に会うことはできなかった。

まだ肌寒さは残るものの、季節は冬から春に移ろうとしていた。


◇◇◇


「フィリとリジェットはよろしい。ナズナは温度がまだ低い。リースはそもそも文法が間違っているので魔法が全く発動してません。」


「ぐっ…」


魔法の講義も聞いているだけのものから少しずつ実践(じっせん)に入ってきた。今日は液体の温度を自在に操る内容の講義で、授業の最後に冷めた紅茶を一瞬で適温に戻す魔法を唱えた。


「ほほ、フィリは時間と共に増した渋味(しぶみ)まで減らしましたね。素晴らしい!」


ラルファモート先生はフィリの紅茶を満足そうに(すす)った。フィリったら勝手に応用まで効かせて…信じられない。全然できないこっちの身にもなって欲しい。ていうか紅茶くらい入れ直せばいいじゃない…おっと、私の悪い(くせ)だわ…できないからって授業そのものを無駄だと決めつけてる…。


「あの、もう一度この場合の文法を教えて下さい。」


「それよりも私にも渋味(しぶみ)をとる方法を教えて下さい。」


リジェットは度々授業の足を引っ張るリースへのイラ立ちを隠さなかった。一方ナズナはリースがかまわず授業を中断させることにホッとしていたようで、自分も分からないところがあれば先生に質問できるようになっていた。


「ほほ、いいでしょう。フィリはリジェットに、ナズナはリースに教えてあげて下さい。人に教えることは大変勉強になります。ナズナはもう少し自信を持って温度を表す部分をはっきり発音すれば完璧ですよ。」


正直リジェットほどの情熱はないが「ステキなメイドになって下さい。」というイーリス様の言葉がずっと心の励みになっていた。何とか振り落とされずにできる限りあのお方のいる王宮殿に留まりたい。


そんな気持ちとは裏腹(うらはら)にイーリス様に会えない日々は続き、いつからかヴァン王子の妃選びの噂もめっきり聞かなくなっていた。


◇◇◇


「リース! この椅子を磨くのに最適な薬剤は?」


「トープスです。」


「では2問目! この窓の色ガラスは?」


「デベリアーニウムです。」


「3問目! この桃の飾り時計は?」


「…ファイサンです。」


「ブーッ!これは薬剤は使わず木綿(もめん)で優しく叩くだけです。」


「そんな…引っかけじゃないですかデディさん…。」


「問答無用よ。という訳でとなりの部屋も掃除してね。あと間違えたところは明日も掃除して下さい。」


「くっ…」


デディさんは掃除中のみんなに突然問題を出してくることが度々あった。いつも間違えるまで出題されていたので意地悪されているのかと思ったらフィリ(いわ)く、このデディクイズは10個正解すればクリアになるらしい。


「お先に。」


フィリは皆よりいつも1時間ほど早く仕事を終えて、クイズに毎回挫折(ざせつ)するナズナとリースは時間ギリギリ、リジェットはクイズにクリアしたにも関わらず時間いっぱいまで部屋を磨き上げていくことが多かった。


「あ~疲れた。」


メイド部屋に戻る途中、リースは口元も隠さず大あくびをする。


「今日は天井までやったから首が痛いです。」


ナズナはそっと自分の首を()でる。


「でもあと1日頑張れば明後日は休みね。」


「はい。あ…」


ひらけた回廊(かいろう)を渡る途中、夕闇からアーモンドの花びらがヒラヒラと二人に舞い落ちて来た。


「春ね…」


「そうですね。」


うふふと二人は笑い合った。そういえばいつかヴァン王子と馬車を降りたのがあの辺りの森だった。こうしているとあの日の出来事は夢だったんじゃないかと思えてくる。


◇◇◇


「9問目!このプラークは?」


鏡水(かがみみず)に10分(ひた)した後、パラムラステッチで強めに()き取ります!」


「やるわね…それじゃあ10問目! 私の愛するダーリンの名は?」


「は? デディさん何ですかそれ…冗談ですか?」


「答えられないの?」


「…ス、スティーブンソン。」


「ブー!! 正解はランセリコでした。ホロスウィアで一番人気のパイのお店の店主なのよ。という訳でリースはあと廊下300メートルね。」


「なっ…。」


何という…こんな事が許されていいのか。


「知ってた?」


隣で精緻(せいち)な細工の食器を磨くフィリに尋ねた。


「私も後から覚えたわ。旦那様が青緑(ろくしょう)の瞳が美しいランセリコ様、長女が少しお転婆(てんば)のレティージアちゃん、次男がおとなしくてヴァイオリンの演奏が得意なピータ君よ。毎朝祈りの後ご家族みんなで歌を奏でて頬にキスし合うんだそうよ。ステキなご家族で羨ましいわ、ふふ。」


何それ…こんなの「幸せな家庭アピールハラスメント」だわ。別にデディさんの家族構成なんて興味ないし! 毎朝キスとか知りたくもないし!…といいながらに咄嗟(とっさ)メモしてしまう立場の哀しさよ…。季節は巡りようやく猛暑(もうしょ)の暑さが(やわ)らいだ秋の入り口だった。

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