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なまけものだけど、王宮生活 (2)

「あのぅ…先生。」


「おや、リース何ですか?」


おそらく週末の旅行でこんがり日焼けしたラルファモート先生の板書の手が止まる。


「その文字の書き順と内容の説明をもう一回お願いします。」


講義室の空気が止まる。


「…わかりました。これは(さかずき)や壺、皿をという意味を含むので晩餐会(ばんさんかい)やサロンの準備でもメイドの皆さんはよく使う魔法言葉です。よく覚えておくように。」


「は、はい…。」


いつもなら絶対聞き直したりはしないのだが、今日は欠席のフィリのためにノートを取らなければ…思い切って聞いてみて良かった。重要なところだったみたいだ。


「ララティプラウラニュエトリスカ~。」


シュッ…みるみる辞書と教科書が小さくなる。うっ、嬉しすぎる…!


「ほほ、そうです。同じ口の形でも舌の位置と息の吐き方で音が変わります。ではまた明日~。」


「よかったですね。」


ナズナがパタパタと近寄る。


「ありがとう。やっとできたわ! でも今日はフィリのためと思って授業に集中してみたら、意外と時間が経つのが早くて驚いたわ。」


いつもは早く終わらないかと時間ばかり見て、全然時計の針が進んでいないことにイライラしていたんだけど…。お昼を食べる前にそのまま2人のノートをフィリに渡しにいったら喜んでくれた。


◇◇◇


「リース! もう具合はいいの?」


「デディさん…本当に申し訳ありませんでした。」


深々と頭を下げる…怒鳴られるだろうか。


「…まぁ倉庫の薬品の配置にも問題があったわね。でも説明も一度では分かりにくくても、重要なところは繰り返し強調しているはずよ。これからはテストもやるけどね。新人と言えど毎日が実践(じっせん)よ。ましてやここは常識が通用しない王宮殿なの。肝に(めい)じておいてね。」


「はいっ。」


迫力ある圧に押されそうになったが、デディさんに負けない大きな声で返事した。最低限友達の命を危険にさらすようなことだけは避けなければ。


友達か…。


フィリやナズナを友達と呼んでいいのだろうか…今までそんな人いなかった。思いがけず込み上げた嬉しさに戸惑いながら左胸のメダイを握りしめた。


メイド1年生の仕事は大体が掃除と洗濯、あと皿洗い等らしい。2年生では裁縫とヘアメイクを学ぶ。3年生では宮廷料理と基礎的な薬学を学び、あとは適正によって得意な分野の仕事が与えられることもあるようだ。


「とにかく道に迷わないようにしなきゃ。」


王族の住まいや重臣の執務室などはベテランメイドの範囲だが、その他の部屋は全て掃除を行わなければいけない。王宮殿は広い。いつまでもデディさんが付きっきりという訳でもない。長い長い廊下をモップ掛けしながら、こっそり自分なりのメモを取った。ただ掃除用の薬品に関しては教科書だけではピンと来ず、実際部屋を磨きながら使用量や最適な道具、磨く強さを感覚で覚えていった。


◇◇◇


二週間経ってもバスティラの庭園での作業には合格が出なかった。


「う~ん、そろそろタイムリミットですかね。明後日ここで王妃様のサロンがありますから。」


イーリス様は、すっかり暗くなった庭園で思い思いの色に発光する妖精達に囲まれながら一歩前に出た。


リジェットは悔しさを通り越して今や途方に暮れた表情になっていた。どうやってもギュネタタは思い通りの形になってくれなかった。


「…どこが、いけないのでしょうか?」


ずっと呑み込んできた言葉をリジェットが小さな声で呟く。


「イールラヤーティー」


目を瞑りイーリス様が唱える。


『毎日痛いのよ。もういいかげんにして!!』


『この娘適当過ぎ!こんな娘にやらせないでよ、イーリス様!』


「ぎゃっ!! 木が…木がしゃべった!!」


思わずリースはハサミを落とす。


『木じゃないわ。私はヴィヴィアンヌ。』


『私はジュヌヴィエーヴよ。』


イーリス様がヴィヴィアンヌと名乗るリースの前のギュネタタに徐にハサミを入れる。


「ここでよいね。」


『そうそう、そこから風が入るようにして欲しかったの。』


さっきリースが作業した時とは打って変わってピタリと枝葉のざわめきが止まる。


『この人ってばずっと上の空で…私のことをまるで見ていないの。そんなんじゃ一緒に時間を過ごす意味がないわ!』


「そんな…」


そんな急に馴れ合いのカップルのようなことを言われても…。でも確かに…作業している間も手が痛いとか早く帰って休みたいとか…明日何食べようとか…そんなことばかり考えていた。


「そうでしたね。リースさんは手は動いていたけれど意識がほとんどここになかった。リジェットさんは真剣なようでライバルへの嫉妬や過剰(かじょう)な競争心で目の前がよく見えていなかったようだ。」


ふわりと雪が降って来たのでイーリス様が二人を透明な魔法のベールで包んでくれた。


「今、目の前に集中して下さい。以前にも言った通り植物も人の心を良く理解して、真摯(しんし)に向き合うとちゃんと応えようとしてくれるのですよ。見て下さい、この見事な花房(はなふさ)…感謝と愛おしさが湧いてくるでしょう。」


そういうとイーリス様は、薄紫の中輪(ちゅうりん)を絶妙なバランスで花開かせたウィーピングスタンダードのバスティラに頬を寄せてキスをする。一瞬花がキラキラッと輝いて(つる)が嬉しそうに揺れたのは幻じゃなさそうだ。


くっ、くさい…くさすぎる…でもこちらまでドキドキする…あぁ…バスティラになって私もイーリス様に愛されたい…


「それじゃあ、あの娘は…」


リジェットが口を開く。


「そうですね。フィリさんもギュネタタの木の声はまでは聞こえていませんが自然とそれが出来ていたようですね。」


さすがフィリ…。そういえば宴の日も咄嗟(とっさ)にウィンティート3姉妹から隠れた私を守ってくれたっけ。


「今までごめんなさい。このまま少し続けさせてくれますか?」


リジェットはイーリス様…ではなくジュヌヴィエーヴに向けて頭を下げた。


「えっ?」


まだやる気なのか…雪も降ってきたのに。


『…まぁイーリス様がいいならいいわよ。丁寧にやってね。』


「仕方ないですね。ではあと少しだけ。リースさんはどうしますか?」


この状況でやりませんとは言えないような…。でも確かにこのままでは心残りな気がした。


「わたしもお願いします。」


文句を言いながらもギュネタタちゃん達は身を預けてくれた。みんなで話しながらの作業は身体の疲れも忘れてけっこう楽しかった。特にリジェットがこんなにしゃべるのを初めて聞いた気がする。

作業が終わるとイーリス様は魔法のベールがメイド部屋に戻るまで続くように、それぞれの額を軽く撫でてくれた。


あぁ…イーリス様…改めてお側でみると何て美形なの…妖艶なパープルブルーの瞳に吸い込まれてしまいそう…今日でお別れなんて本当に残念だ。


◇◇◇


「いつまで掛かってるんだ。」


リースとリジェットがいなくなったバスティラの庭園に現れたのはヴァン王子だった。


「見ておいででしたか。」


イーリスはカリンの木のベンチに薄く積もった雪を溶かして銀の敷布(しきふ)で椅子全体を覆った。


「レリアも回りくどいことを。」


王子は腕を組んだまま浅くベンチに腰かける。


「あのお方らしいです。」


「毎日出来の悪いメイドの報告を聞いているほど暇じゃないんだが…」


王子は少し凍えたバスティラの庭園を見つめて呟いた。


「では三日に一度にしますか?」


「…いや、まだだ。」


リースさんについて調べてみても本人と両親共にずっとウィンティート家の使用人だったということの他に何の情報も出てこなかった…


「どんな些細(ささい)なことでも毎日知らせてくれ。」


平凡というにはあまりに劣等生なメイドの毎日を聞いている間、王子は最初の内はただただ呆れ返るばかりだったが…それが返って冷静な王子の頭を混乱させているようでもあった。こんな時間に自ら直接庭園の作業を覗き見るなど…普段であれば考えられない。


「かしこまりました。」


悩ましげなため息を吐いて宮殿に戻るヴァン王子の肩から名残惜しそうに雪の妖精達が夜空に舞い上がった。

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