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なまけものだけど、王宮生活 (1)

メイド部屋の小さな丸窓に天の高い位置から日差しが降り注いでいる。


「寝過ごした!?」


リースはベットから飛び起きて小さな置き時計をみる。時計は12:00を廻っていた。


「そうだ、今日は休みだったんだ。」


目覚ましを掛けないで眠ったらこんな時間になってしまった。外を覗くと遠くにヘリオルス城が見える。今日は塔の中腹(ちゅうふく)から雲が()かっていて上部は見えない。


「あそこの最上階にいたなんて。」


まだ昨日のことが信じられない。ヴァンテリオス王太子殿下に会った。そして殺されそうになった。二度と顔を合わせることがないと思っていたウィンティート家の面々(めんめん)と、おまけにラスティート様にまで会ってしまった。落ち着いて昨日ことを冷静に振り返ろうとしても頭が痛くなってくるだけだった。


「そうだ、フィリは…。」


一昨日、自分のせいでケガをさせてしまって…手紙だけ残してここを抜け出そうと思ったけれど失敗に終わってしまった。


コンコンッ


遠慮がちにドアがノックされる。隣のリジェットが部屋にいないことを確認して恐る恐る扉を開ける。


「ナズナ!」


「昨日一度来てみたんですけど…返事がないから心配しました。」


「ごめんなさい。」


ちょうどナズナが来てくれたお陰でフィリのいる医務室まで迷わすに辿(たど)り着くことができた。


「リース!」


フィリはいつも通りの声だった。けれどキレイな顔の左頬に張られたガーゼを見て罪悪感が込み上げた。


「フィリ…私…本当にごめんなさい。」


「リース、この手紙は何? 今までありがとうなんて…お別れみたいだから心配したわ。」


フィリはこちらの姿を確認して心底ホッとした顔をしていた。そんな優しさに心の置場所がなくなってしまって思わず涙ぐむ。


「これ、ホリーさんからです。ちゃんと3人分あるみたいです。」


ナズナが四角い包みからスープやカラフルなサンドイッチを取り出す。


「ホリーが?」


「おいしそうね。」


フィリが微笑む。


「今日は休日だから好きなだけ食べても大丈夫だろうって。デザートまでありますよ。」


ナズナが皆にスプーンを配ってくれた。ホリーの料理の腕のせいか、フィリの食欲もいつもより旺盛(おうせい)なくらいで嬉しかった。念のため明日もう一日休んで明後日からまた通常の仕事に戻れるみたいだ。


「失礼、リースさん。お迎えに上がりました。」


女子3人の高い声のトーンのおしゃべりの中に、低くて妙に艶のある声が響く。


「え?」


お迎え…。一瞬昨日の出来事が頭を駆け巡る。まさか王子の怒りを買って捕らえたりとか…。


「イーリス様じゃない? どうぞお入り下さい。」


フィリが姿勢を正す。


「あっ。」


すっかり忘れていた。バスティラの庭園の作業…。カーテンを開けると大分陽が落ちていた。


「申し訳ありません。フィリさん…具合はいかかですか?」


思いがけず現れた美青年に場の空気が浮き立つ。


「ええ、お陰さまでもうすぐにでも動けるくらいです。」


「そうですか。それは良かった。」


イーリス様は左手を背中に廻したかと思ったら、白とオレンジのスイトピーの花束をフィリに渡した。


「まぁ! ありがとうございます。」


フィリは少し頬を染めていっそう柔らかく微笑む。


「失礼。ドレルッド大臣のお嬢様のナズナさんですね。初めまして。イーリスと申します。」


ナズナは会釈して恥ずかしそうにしている。


「それでは行きましょうか、リースさん。」


これが仕事でなければどんなに嬉しかっただろうか。フィリとナズナに励まされながらリースはイーリス様と医務室を後にした。


◇◇◇


薄暗くなった庭園には既にリジェットの姿があった。土で汚れた衣服を見るとどうやら大分前からここで作業していたようだ。それでも彼女の前のギュネタタの木を見るとあまり上手くいっていないようだった。


「お、お疲れさま。」


恐る恐る声を掛けてみる。


「身体はもういいの?」


額の汗を(ぬぐ)いながらリジェットが振り向く。


「ええ、迷惑をかけてごめんなさい。」


「…何故あなたが宮廷メイドとしてここにいるのか分からないわ。」


それは私が一番分からない…誰か教えて欲しい。リジェットはまた元の体制に戻って再び勢い良くハサミを入れ始めた。


「今日はここで終わりにしましょう。」


イーリス様の合格はまだ出ない。時計は夜の9時を廻っていた。

それにしてもこの木…本当に切ったそばから生えてくるようだわ。作業を始める前より何故か枝葉はモサモサしてみえた。リジェットは費やした労力に対して全く手応えが得られないせいで相当イラだっているようだった。灯りの下で改めて見ると顔が真っ黒になっている。


「ぷっ」


笑ってはいけない。必死に頑張った人を…でもあんなに美人なのに…泥遊びをした子供だってこんなにはならない。


「リジェットさん。」


イーリス様はリジェットの身体を優しく引き寄せると爽やかなハーブのような香りがする布でリジェットの顔を拭いてあげていた。


な、何そのサービス…わ、私も…。


「はい、リースさんも。」


じんわりと温かい布を手渡しされる。イーリス様に拭いてもらえなくて残念だと思ったのと同時に、昨日ここでヴァン王子にメイド服とメダイを渡された時の事をふと思い出した。

ロマンチックなバスティラの庭園で(しび)れた腕を回しながら、もう少しだけ王宮殿に留まってみようかと思った。

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