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憧れの場所 (2)


やがて辺りが静まり、そうっと目を開けると目の前には大理石の階段が現れ、その少し先に、金獅子(きんじし)の椅子に座ったそれはそれは王子様のような(うるわ)しい男性がこちらを見つめている。


「っ!!」


次の瞬間…身体が勝手に動いて、気づいたら優雅なお辞儀(じぎ)のポーズをとっていた。


な、何コレ…


呆然(ぼんぜん)としながら改めて壇上(だんじょう)を見上げると…その王子様のような美しい男は長いまつげに縁取(ふちど)られた切れ長の瞳を一瞬見開いて…またすぐ元の無表情に戻った。

形のよい神経質そうな唇を少し開いたかと思うと――


「何の余興(よきょう)だこれは…。レリアを呼べ。」


と、眉をひそめてこちらを見ている。


レリア? どこかで聞いたことがあるような…。それにしても周りにいるひどく豪華でお洒落なドレスを着たご婦人方がクスクスとこちらをみて笑っている。

あわててドレスを確認すると着ていたのはマゼンタのドレスではなくスミレ色の可愛らしいドレスワンピースだった。


「あなた一体何を考えているの?! こちらに来なさい!」


わっ、いきなり美女のドアップ!!


かつてこんな綺麗な女性をみたことがない。透けるような白い肌にサファイヤの瞳、少し癖のあるクリームイエローの髪はシャンデリアの光に照らされてキラキラと輝いている。

今まで一番美しい女性といえば、ウィンテートの奥様、次はルリアル様だった。でも今日一瞬にして長い歴史が覆った。


今自分は夢の中にいるに違いない。


冷たく細い手に腕を引かれながら、始めて女性に見とれてしまった。小さい頭に細い首…美しく引き締まったウエストに高いヒールに合わせた優美な歩き方…後ろ姿も完璧だわ。


「お綺麗ですね…。」


ふと正直な感想が口からもれると、驚いたようにレリア様とやらは振り返り、


「あなたふざけているの? この重要な宴で次に何かしでかしたら牢に入れるから覚悟なさい。」


と言って近くにいた女性に何やら指示を出してどこかへ消えてしまった。


そういえば、多少地味な気もするが…多少スカートの丈が短いような気もするが…自分もきちんと正装をしているのになぜつまみ出されたのだろう?


「あなた…一体どんな魔法であんなところに(もぐ)りこんだの?」


そういう女性は自分と同じドレスを着ている…あれ? 今流行りのデザインなのかしら?


ふと視線を感じて振り替えると自分と同じドレス姿の女性が何十人もいる。その女性たちは招待客の案内や飲み物のサービスを行っていて…まさか、これって、間違いなく…



「王宮殿のメイド服?!」


 

思い出した! レリア様! グリーミュが崇拝(すうはい)していた王宮付きのメイド長!!


これは夢ではない…としたらさっきの男性こそ、この国の第一王子のヴァンテリオス王太子殿下!!


振り替えると遠くに貴族の令嬢方の長い列が見える。王子様に(うやうや)しく誕生日のお祝いと謁見(えっけん)のご挨拶をしているようだ。


「さっき私がいたのはあそこの最前列…。」


「何を言っているの今更。おかしいわね、警備は厳重なはずなのに…あの距離だとお命を狙ったと思われて捕らえられても仕方なかったわよ。」


背筋を冷たいものが走る。あのおばあちゃんは一体何を考えているのだろう。確かに宮殿の中を覗いてみたいとは言ったけれどいきなりヴァン王子様の目の前に登場させるなんて。しかも貴族の令嬢のドレスではなく使用人の服を着せて。


まさか宮廷で働けというのかしら。冗談じゃない。もう使用人なんてまっぴらだ。しかも宮廷メイドといことはグリーミュと同等の、いや、もしくはそれ以上に優秀な能力や志をもった人達なんだろう…。そんな中でやっていくなんてできる訳がない。『あなたのような(なま)け者なんて大嫌い。』そういった時のグリーミュの嫌悪(けんお)に満ちた顔。思い出しただけで恐ろしい。ソロソロと逃げ出そうとした時…。


「おっと、ダメダメ! あなたはこの部屋から出さないようにレリア様に命じられているの。」


そういって道をふさいだのは、薄茶色の小さな瞳と巻き髪の、また随分と体格の良い…レリア様のような貴婦人のイメージには程遠いが、やけにベテラン臭のする女だった。


「知っての通りここは招待客の迎え部屋です。王宮の人間としてお越し下さった全ての方々に感謝と敬意を持って接して下さい。中には遠路遙々(えんろはるばる)お越し下さった方々もおられます。王妃様並びに王太子殿下に謁見(えっけん)される前に休憩していただくために、各種マッサージ、飲み物のサービスなどを行っております。それに加えてここから中央広間へのスムーズな誘導も私たちの役目よ。」


そう説明しながらも女は何人かのメイドにさりげなくジェスチャーで指示を飛ばしているようだ。どうやらこの部屋の責任者らしい。せっかくウィンティート家を出たのに何が悲しくてまたマッサージなんてしなければならないんだろう。


「とはいえあなたは昨日入ったばかりの新人だからね、今日はそこのカウンターで飲み物をグラスに注ぐ手伝いをしてちょうだい。カクテルとか一から作る飲み物は手を出しちゃダメよ。あと直接の接客もしないで。いい? 大広間はもちろん他の部屋に入ることは禁止。今日はこの部屋で先輩達の振る舞いを勉強すること。分かったわね、リース。」


?…何故私の名前を…それにしても昨日入った新人ということになっているんだ…。


目の前を美しく着飾った令嬢たちが通り過ぎていく。


みな頬をほんのりピンク色に染めて、緊張と少しの不安、そして大きな期待が混じったような笑顔を(こぼ)して大広間へと入場していく。その姿が何とも眩しい。

女性より数は少ないものの、若い男性も多く見受けられる。容姿の良し悪しは様々だが、上品で紳士的な立ち振舞いはかつてのウィンテートの旦那様を彷彿(ほうふつ)とさせた。


『おばあちゃん…何で貴族の令嬢にしてくれなかったの!!』


発散(はっさん)できない心の叫びを全身で持て余しながら、リースはスゴスゴと飲み物を提供している大きなカウンターへと向かった。

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