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憧れの場所 (1)

最後の(とりで)だったルリアル様に見限られた今となっては、どうせもう自分に未来はない。

行き倒れて()()てるなら最後くらい念願の王宮の中をこの目で見てみたい。


招待状とドレス、今この2つを手に入れた。


だから自分にもそれができる。どちらも自分のものではないけれど。


空には夕焼けに合わせて黄金色の虫たちが飛び交い始めている。

辺りはまだ市街地だったが、王宮からは至るところで無料で酒や食事が振る舞われていた。この日ばかりは商店も店を閉めておそらく過去最高の国からのもてなしに酔いしれているようだった。リースは普段なら飛び付いて食べているだろう豪華な料理も今日はあまり食べる気がしなかった。これもグリーミュの精が付く特別な朝食のお陰だろうか。


ちょうど辺りがほの暗くなってきた頃、リースは大通りの入り口に着いた。


お城の真上の夜空にはオーロラのカーテンベールが幾重(いくえ)にも敷かれ、まるで舞台の幕開けかのように裾野(すその)が揺らめいている。

普段は固く閉ざされた王宮への門は完全に開け放たれ豪華な馬車たちが次々と吸い込まれていく。城壁の装飾は以前来たときに見た雪の結晶ではなく、『真実の愛』と『幸せな結婚』の花言葉を持つアンチューサとペリソナの花が咲き乱れていて、それは大通りに敷かれた赤い絨毯(じゅうたん)の上にも舞い散っていた。


「あぁ…来てよかった。」


リースは心からそう思った。


大通りの一つ手前の宿の岩壁に隠れて、急いでドレスを被りヒールに履き替える。招待状とトリーのコートだけ持って、服とカバンと()いてきた靴はその場に全て捨てた。長年ずっと着ていたメイド服。いざ脱いでみると少しの不安と想像以上に晴れ晴れとした心が残った。

何より美しいドレスに身を包まれる高揚感(こうようかん)。身につけてみるとドレープが何とも言えない螺旋(らせん)を描いた。


「悔しいけどさすがグリーミュだわ。」


背筋はピンと伸びて誇らしげに赤い絨毯(じゅうたん)を踏み締める。


一歩一歩宮殿に近づく度に胸は高鳴り眼前の輝く世界に目を細める。


大通り周辺には平民の見物客も大勢いたが、ドレス姿の自分に自然と道が開く。


もう誰も自分を貴族の令嬢だと信じて疑わないだろう。


先のことなんてどうでもいい。どんな罰でも受けよう。ただ、今日だけ、今日一晩だけ夢の世界を覗いてみたい。自然と足取りが弾み城門の近くへ差し掛かった頃――


「…?なんだか身体が重いような…疲れが出たのかしら?」


すると急に周囲の視線が自分に集まっていることに気づく。


「?」


それは決してよい気分にさせるものではなく好奇(こうき)の目と言うものだろうか…。


「やっぱり馬車で来るべきだったのかしら?」


一瞬自信をなくしてうつむくと、


「?!」


こ…これは、エミュレーのマゼンタのドレス?!


リースが着ていたのは、エミュレーが度重なるお見合いで毎回着ていたドレスだった。かつて自分が適当に(つくろ)って最後はビリビリに破けてしまったあのドレス。


「どういうこと?!」


さっきは確かに桔梗(ききょう)のドレスだったのに?!


訝しげにこちらを(にら)む門番の視線に気付いて、

慌ててトリーのコートから宴の招待状を取り出して差し出そうとした瞬間――


「あっ、っう…」


招待状からは炎が出てそれは跡形(あとかた)もなく消え去ってしまった。


「こ…これは…どういこと…そんな…」


ヘナヘナと力なくその場に座り込むと、石畳(いしだたみ)の地面に敷かれた赤い絨毯(じゅうたん)は思ったよりも冷たかった。


「おい、お前ここは招待された貴族の方々の通り道だ。下がれ!」


門番の男だ。た…立たなきゃ…でも身体が石のように動かない。


「何だこいつ…気でも違えたか。おい!!」


無理やり腕を引っ張られあっという間に裏通りまで引きづられていった。


「うっ」


急に腕を離されてその場に倒れこむ。


「全く…今日はただでさえ忙しいのに、もう戻ってくるなよ!」


と吐き捨てて去っていった。


「なんてことなの…何故…」


確かにさっきまでは桔梗(ききょう)のドレスだったし、招待状もあったのに…。おかしい、おかしい。まるで悪い夢か魔法みたいだ…。魔法…。魔法?


「ま、まさかグリーミュ!!」


思い当たるとすればグリーミュくらいだ。屋上で話した時、きっと招待状を隠していたことがバレて、私が宴に行きたがっていることを利用して偽物のドレスをわざと盗ませた…。


「まさか…。でも思い当たるのはそれくらいよ。」


おかしいと思ったわ…夕食の時にラニャを跡形(あとかた)もなく取り除いた時も…


「グリーミュ、あの子…。あの子は魔法が使えたんだわ…!!」


それにしても何という屈辱(くつじょく)だろう。私を追い出すだけでは飽き足らず、捨て身で掛けた最後の希望まであの子は打ち砕いた…。しかも目前に迫った瞬間に…。わたしはそんなに悪いことをしたんだろうか…。ただ怠けていたことがそんなに悪いことだったんだろうか。それにしてもこのボロボロのドレス…。最高に惨めな気分にさせてくれる。あぁ…これを(つくろ)ったのは自分だった。エミュレーが怒ったのも無理はないか。どうしよう、涙が止まらない、もう終わりだ、きれいに…きれいに消えてなくなりたい。


遠くからは優雅なオーケストラの音色が聞こえてくる。どうやら宴が始まったらしい。


「おや? 久しぶりだね…リース。」


いつか聞いたことのある懐かしい声がする。


「お、おばあちゃん。」


目の前にいたのは、一ヶ月ほど前に王宮殿に来たときに助けてもらったおばあさんだった。


「まあ、なんて格好。それに泣きはらして…。」


思いがけず優しい声にさらに涙が溢れた。


「うっ、うっ、わたしわたし…。本当は昔の城門が好きだったの、あの、今の雪の結晶じゃないやつよ。今日の花でもない。…っひ、それはそれでキレイだけれどね、何だか冷たい感じがするの。昔は色んな、っく、本当に色んな何万種類の動物や虫、木、花たちが象られていたやつよ。何だか温かかった…。ここなら自分も受け入れてくれる。きっと居場所があるような気がして…憧れていたの。」


自分でも急に何故こんなことをしゃべっているのか分からなかった。でもおばあさんは黙って聞いてくれた。


「…そうね。あれは全ての生命を讃える平和と愛の象徴だった。それで?」


「一度宮殿の中を見てみたかったの。あんなに素敵な城門なら、お城の中はどんなに素晴らしいんだろうって。でもきっと私はあの城門を産み出した魔法使いに会ってみたかったのかもしれない。」


自分でも気づかなかった心の奥底がふいに()き出してまた涙が止まらなくなった。


おばあさんは少しの間黙ってニコニコしながら頭を()でてくれた。


「そうかい…それじゃあ行っておいで、リース。そんなに行きたいのなら。その目で王宮の中を見てきてごらん。」


「え? 何言っ…」


急に身体が光だして熱くなる。地の底から竜巻のような突風が()き起こり思わず目を(つむ)って――――――!!


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