卒業試験(11)
「ロド…これはどういうことです?」
王子とリース、バテがいなくなった薄暗い地下に王妃の怒りに打ち震える声が響く。
「申し訳ございません。弟子の不始末は私の責任です。」
ロドは顔色を変えず淡々と答える。
「どうするのです! このままでは陛下はっ…」
声をつまらせて泣く王妃の前にロドはひざまづいた。
「王妃様、一つご提案がございます。お許しいただけるかどうか分かりませんが…」
ロドの漆黒の瞳の奥が怪しげに赤く光った。
〈ナズナの宿〉
「殿下?!…と、リースさん…あれ、バテもどうしてここに?!」
突然目の前に現れた人物に宿の裏口を見回っていたハロックル様が驚きの声を上げる。
「…なぜ付いてくる?」
王子がバテを見やって不快そうに眉を潜めた。
「殿下、リースは僕の彼女です。勝手に連れ回さないでいただきたい。」
笑顔のバテの肩からは小さな静電気がパチパチと音と立てて弾けている。
「えっ?! バテとリースさんって付き合ってたの?」
張り詰めた空気の中、ハロックルの間の抜けた声が響いた。ヴァン王子はバテに向けていた鋭い視線をそのままハロックル様に移した。
「あっ、申し訳ありません。それどころでは…。 殿下! 突然このようなところにお越しになるなんて…」
やっと我に返ったようにハロックルは頭を下げた。
「うん。黄金の湯の噂を聞いてね。突然ですまぬが沐浴させてもらいたい。」
王子は口角を上げて一歩前に出た。
「ちょうど良いところでございました。明日はセレーネ王妃様ご一行がいらっしゃるので、さきほど個室に湯殿を設けたところです。」
ハロックル様は扉を開けて中へと促した。
「これは殿下!」
扉の向こうから目を丸くしたナズナが姿を現した。ハロックルが軽く耳打ちするとナズナはお辞儀をして隠し通路から王子を客室へと案内する。王太子が泊まるにはあまりに質素で小さな部屋には違いないが、王子はことの他気に入っていたように見える。
「湯浴みなさるのでしたら、今お世話の者を…」
ナズナがメイドの連絡用の呼び鈴をポケットから取り出す。
「いや…」
ん? 王子の視線がこちらに向けられた。
「え? わっ、私?!」
「あぁ。頼めるだろうか?」
驚く一同に沈黙が走る。
「殿下! リースは魔術師です!」
バテが二人の間に立ちはだかった。
「リースは元メイドだろう。それよりバテ、まだいたのか。お前はもう帰ってよい。」
「明日ダレッタ国から使者が参ると申し上げましたでしょう。殿下こそ早く王宮へお戻りにならないと…」
「その件に関しては既にスチュワートとロゼッタの両大臣に指示を送ってある。」
王子とバテ君の間にバチバチと火花が散っている。
「あのぅ…お陰さまで宿が大盛況で…リース…できればお願いできると助かるわ。」
ナズナが遠慮がちに声を上げた。
「えっ?! わたし宮廷メイドは一年だけで掃除くらいしか習ってないし…」
王族付きの侍女の仕事なんて…しかも湯浴みのお世話なんて一体何を…
「30分後だ。よろしく頼む。」
「かしこまりました。すぐお支度を。」
畏まって頭を下げて部屋を後にするナズナと、ハロックルに促されて呆然とするリースとバテも一旦退出する。
「バテ君…」
明日王妃様が泊まる客室の湯殿でナズナのレクチャーを一通り受け終わった後、渋い顔をしたバテ君が部屋に現れた。
「じゃあリース、よろしくね。」
ナズナが気を遣って部屋を後にする。
「リース、浮気はダメだよ。たとえ王太子殿下であってもね。」
腕を組んでため息を吐いたバテ君の声色は本気だった。
「…バテ君。一つお願いがあるの。」
リースが真剣な瞳を向けてそう言うと、バテは意表を突かれたように目を見開いた。




