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卒業試験 (6)

(ナズナの宿)


ハロックル様の治癒魔法により、まもなくナズナは普段通りに動けるようになった。


ナズナの希望通り、宿の一階には高い天井の大食堂と広い休憩スペースを設けてある。フィリやリジェットとは異なり大衆向けの宿のため、集ったのは多少むさ苦しい男たちだったが、ナズナは少しも怯むことなくキラキラ笑顔を振り撒いて働いている。


「天使だ…天使がいる…」


「大丈夫ですか~? ハロックル様~??」


「はっ、リースさん! お疲れさまです!!」


それを見つめるハロックル様のお熱い視線といったら…


「よかったらハロックル様も温泉に浸かってきて下さい。ここの黄金の温泉は魔力回復にもとても効果がありそうです。」


「ありがとう。ではもう少ししたら―――」


「ナズナちゃんっ!こっちでお酌してよっ、そしたら酒もずっと美味くなるからさ~!」


そう言って酔っぱらいの男がナズナの右腕を引くと、一瞬にして冷たい空気を纏ったハロックル様が男へ身体呪縛の魔術を発動させようとする。


「うわっ!! ま、待って下さいっ!ハロックル様っ!!」


ヴァン王子から賜ったステッキでハロックル様の術を封じる。


(ハロックル様ってば、ナズナへの治癒魔法でほとんど魔力を使い切ったはずなのに…)


「どうしてもの時は、私の魔法でナズナから男を遠ざけますから、どうか堪えて下さい!」


ここは男性を接待するお店ではないものの、大衆酒場でこういうシチュエーションは避けられない。ハロックル様にも多少慣れておいてもらわないと切りがない。


「くっ…」


ハロックル様の右手の拳がバチバチと音を立てる。


一方、ナズナは全く嫌がりもせずに男の隣に座ってニコニコとしている。


「じゃあ、一杯だけですよ。ゆっくりしていって下さいね。ケダルルさん!」


「俺の名前を覚えててくれたのか?」


「もちろんです。カテナ地方特産の羊毛品と、ケダルルさんお手製のからくり時計の販売と修理に都にいらしてたんですよね?」


「ナ、ナズナちゃん…」


男は感動して涙ぐみながらナズナの両手を握った。


「わ~っっ!! だからまだ待って下さいって!ハロックル様っ!!」


控えの間から食堂へ飛び出さんばかりのハロックル様を魔法で押さえる。

(ヴゥッ…こんなところで仲間うちで魔力を消耗させられるとはっ…!)


「ナズナちゃん! こいつはもういいからお仕事に戻りなよっ。」


周りの席の男達が二人を引き離して、ナズナはゆっくりと席を立った。


「本当にここはありがたいよ。こんなに落ち着ける宿は始めてだ。黄金の湯には心身共に癒されて…これで故郷までの長い道のりを帰れそうだよ。」


「それにこの辺りにはこんな規模の大きい酒場もなかったから、何より仕事の情報交換ができる。」


「昨日は黄金の温泉の噂を聞き付けた豪商の旦那たちも来てたみたいでさ…大きな注文を取り付けた奴らも沢山いたみたいだよ。」


「いや~湯上がりのビールは美味いねぇ~!」


「それもこれもこの地に宿を設けてくれたナズナちゃんのお陰だよっ。」


「宮廷メイド様がこんなに気さくに俺たちのような者に接してくれるなんて…」


「ナズナちゃんは俺たちのアイドル…いや、女神様だ!!」


「そうだ、こんなに素晴らしい宿をありがとう…!ナズナちゃんにカンパ~イッ!!」


「「「 カンパ~ッイッ!!! 」」」


「み、みなさん…」


ナズナは戸惑いながらも、とても嬉しそうにはにかんでいた。


「…泣いてるんですか? ハロックル様…」


「い、いや…あれ?リースさんだって…」


「あら…? す、すみません…だってナズナが…ナズナがあんなにも慕われて…」


(何だろうこの親鳥のような心境は…)


ハロックル様は一瞬寂しそうな表情をしたものの、食堂を飛び回るナズナをその美しいロイヤルブルーの瞳でいつまでも見つめていた。



「リース! ちょっといいかしら?あなたにお客様よ…」


――――――!


メイドの先輩が示した広い食堂の片隅に、よく知った無愛想で可愛らしい女の子が座っている。


「ヴァンナちゃん…」


それは、ヴァン王子が魔法でよく変身する少女の姿だった。

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