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卒業試験 (4)

(リジェットの宿)


「素晴らしいですわ…!! イーリス様。」


やっぱり私の考えに間違いはなかった。


「恐れ入ります。」


ハロックル様の生真面目で緻密な再現力のある魔法に、イーリス様の貴品溢れる何とも言えない大人の色気が漂う魔術…これを合わせれば最高の宿ができると思っていた。

当初は、誠に誠に誠に申し訳ないと思いながら、魔力を奪う薬を使ってハロックル様にはお役御免となっていただく予定だったが、幸か不幸か薬を使わずに済んだのは正直ホッとした。


広い玄関ロビーをイーリス様が巨大な花木のオブジェで飾ると一気に場の空気が変わった。一見、相反する豪華さと慎ましさが不思議とこの男の手にかかると見事に調和し、同居することが可能になる。王宮の庭がそうだったように…。


「ハロックル様が正確に引き継ぎして下さいましたからね。あ、リジェットさん、この大量の切り花はどうしますか?」


「ええ、あとは中央の階段と廊下…それに各お部屋にもそれぞれの雰囲気に合わせてお花を飾りたいんです。」


「お手伝いします。」


この日のために用意した大小様々な花器は、美術に造形の深い侯爵家に借りたり、物によっては窯元まで足を運んでやっと手に入れた逸品まであった。


「リジェット、ちょっと悔しいけどここは私たちが今まで経験してきた宿の中で一番レベルが高いかもしれないわ。」


ため息を漏らしながらメイドの先輩たちは正直な感想を述べてくれた。


「それにしても、あのお方は…?」


さらにうっとりとしたため息を吐いた先輩方は早くもイーリス様の美貌に釘付けのようだ。


「急遽ですが、ハロックル様の代わりにサポートに入ることになった魔術師のイーリスと申します。」


「まぁ…!」


「お嬢様方、ちょっと失礼。」


「きゃっ…!!」


イーリス様は、メイドの先輩たち一人一人の耳の辺りを撫でるようなしぐさでバスティラの花飾りを髪にセットしていった。


「まぁ…何てステキな髪飾り…!!」


「バスティラの花のような愛らしいメイドの皆様とお仕事ができて光栄です。一週間よろしくお願いします。」


(何と破壊力のある魅惑的な笑顔…!)


「わ、わたくし達の方こそ…精一杯あなた様のために…い、いえ…リジェットと訪れて下さるお客様のために努めますわ…!」


(さすがはイーリス様…これで先輩たちのモチベーション管理もバッチリだわ…)


「最初のお客様がまもなくいらっしゃいます!」


庭先から連絡が入る…


「フェストリアル伯爵家ですね…ご家族様5人でいらっしゃいます。」


イーリス様が魔術で感知して下さった。宿泊客は王妃様ご一行以外、一切知ることができない。…が、ここは読み通り来客者の予想リストに入れておいた人物だった。


「いらしたら三の間にお通しします。飲み物はまずポーリンの黒茶とファンシリアの花の紅茶を用意して下さい。」


「「わかったわ!」」


(最高の役者と舞台は整った…あとは全力を尽くすのみ…!!)



(フィリの宿)


「王妃様、ようこそお越し下さいました。」


空の低い位置に広がった雲の隙間から、冬の午後の貴重な陽射しがネハル湖畔に差し込んだ。


「ほほっ、まさかカーヤに運んでもらえるなんて思いもしなかったわ。」


セレーネ王妃様を先頭に、王妃付き侍女兼メイド長のレリア様と宮廷の大臣クラスが数名…面子もほぼ予想通りだわ。


「ええ。美しい白銀に羽毛と、ポーリンの素晴らしい自然にもとても感動いたしました。」


イセイラ王女殿下…! ヴァン王子と婚約もまだなのにこんなところにまで顔を出すなんて…さすがにノーマークだったわ。


「おぉっ、何と美しい光の粒だ…! アーゼにこのようなところがあったなんて…!」


「まぁ、魔力の高い者達には、この地の“気”がみえるのね。羨ましいわ。イセイラちゃんにもみえて?」


「はい、恐れながら。でもきっと肌に触れる空気の違いには王妃様もお気づきのはずでは? 特に王妃様の周囲にはたくさん光が集まるのをお見受けします。やはり素晴らしく澄んだお心をお持ちでいらっしゃるからですね。」


「ほほっ! そう言われてみれば神聖な強いエネルギーを感じるわ。」


光の粒は魔力の高い者にしかはっきりとみえない。私も辛うじて緑色のオーブがうっすらと目に映るくらいだ。ともあれ未来の嫁姑関係は良好そうね…。


「フィリ、宿は?」


レリア様が辺りを見回す。


「あちらでございます。」


「まぁ…!!」


狙い通り一同は感嘆の声を上げた。


「周囲の木々とネハル湖畔の青緑に溶けて建物と分からなかったわ…!」


「どうぞ中へ…」


「柱が一切ない…壁もほとんど…一見すると存在がわからないくらいね。」


「こんな宿は初めてだ…!!」


「この素晴らしいアーゼの土地をそのまま味わっていただきたくて…本当は宿も建てたくなかったくらいでございます。」


「ほほっ、フィリは面白いことを言うわね。」


「わたくし…もう既に感激してしまいましたわ…」


よかった…イセイラ王女殿下は王宮での評判通り性格もよいお方のようだわ。笑顔で案内をしていると、密かにメイドの先輩の一人がすかさず、色、香りから食べ物まで王女の好みが細かく記されたメモを渡してくれた。



(ナズナの宿)


「う…」


「ナズナ…! 目が覚めた?!」


ぼんやりと映る太い木の梁の高い天井…そう…こんなどっしりとした優しい温もりのある宿を建てたかったの…。

こちらを見つめる二人の人物の心配そうな表情が次第に鮮明になっていく。


「リース…ハロックル…様…?」


「ごめんなさいナズナ。私の不注意で…」


何故かリースが涙目になっている…ええと…わたしは…


「あっ! 卒業試験…痛っ!!」


ガバッと起き上がると右肩がヒリヒリと痛んだ。ハロックル様は驚いて…直接触れはしないものの、それ以上わたしが動けないように抱え込むような姿勢になった。


「ナズナ、まだ火傷が痛むだろうから無理をしない方がいい。」


ハロックル様が心配そうな口調で言った。


そうだった…ポーリンの麓の町にリースと宿を建てようとしたとき温泉が湧いて…そこからの記憶がない。


「リース、私どのくらい眠っていたのかしら…今時間は…?」


「まだ数時間しか経っていないわ。今日は試験当日で…今は夕方よ。」


「夕方…」


きっと、フィリやリジェットは既に仕事を始めている時刻だ。


「さっき、レリア様に相談したの。それで王妃様はフィリの宿で二泊、リジェットの宿で二泊してからここに来る予定でしょう? だから、体調をみて出来たら王妃様の滞在する最後の二日間だけ宿を開いたらどうかって…。合格点もそこを考慮して特別に設定し直して下さるそうよ。」


リースはゆっくりと諭すように話した。


「…いいえ。もう大丈夫よ、すぐにでも始められるわ。」


引きつる右肩を押さえて笑顔を作った。


「ナズナ…」


リースは困ったような表情になり、ハロックル様は険しい顔付きになった。


「リースには話したでしょ? 王妃様たちをおもてなしするためだけなら、わざわざポーリンの麓の街に宿を建てる意味がないわ。わたしはこのポーリンの大自然にすら目を向ける余裕のないほど世話しない日常を懸命に生きている人達に少しでも安らいでもらえるような時空間を提供したいの。せっかく黄金色の温泉も湧いたのよ。もう一秒だって惜しい。すぐにでも取り掛かりたいわ。」


目の前のハロックル様の胸を押してベットを降りようとした。


「どうしましょう…ハロックル様…」


リースはオロオロしながらハロックル様の方をみた。ハロックル様は幾分苦しげな表情をして沈黙した後…


「わかった。僕が側に付いているからナズナの好きにやったらいい。ただ最低2日間ナズナは指示出しに専念して実際に動くのは周りの人達にすることだ。」


子供の頃から聞き馴れたその優しくて頼もしい声に…不思議と全身が安心感に包まれていくようだった。


「わかった。ありがとう…ハロックル様…って、アレ?」


そういえばハロックル様はリジェットのサポートのはずなのに…


「あの、どうしてここに…リジェットは?!」


「ナズナ、私がハロックル様に治療をお願いしたの。リジェットのところは今、イーリス様がサポートに入っているわ。」


「え?!」


まさか…わたしの治療のために…。大事な卒業試験日に、リジェットにも大変な迷惑を掛けてしまった。


「私はもう大丈夫ですから、リジェットのところに戻って下さい。」


「ナズナ、戻っても僕はもう宿を維持できる魔力が残っていない。ここにいるよ。」


「でも細かい引き継ぎもあるでしょうし、リジェットもハロックル様がいた方が…」


きっと二人は親密な仲なんだろうから…


「引き継ぎは全て終わらせてある。」


「で、でも…」


「君の側にいたいんだ。」


きっぱりとした口調とは裏腹に…縋るような真剣な瞳に次の言葉が出て来ない。


「じゃあナズナっ、わたしはメイドの先輩たちに早速準備を進めてもらうようお願いしてくるわね! 一週間、よろしくお願いします! ハロックル様!!」


リースはそう言うと水差しをテーブルに置いてそそくさと部屋を出ていってしまった。


「あの、ハロックル様、やっぱり――――」


「ナズナはもう少し僕を頼ってくれてもいいんじゃないかな? ほら、幼馴染みなんだし…。それに“様”っていうのも辞めて欲しいな。昔みたいに呼び捨てでいいよ。」


「…。」


何でこんなに必死にここに居ようとするのかしら…そこまで心配してくれるなんて、きっと医療の魔術師としての責任感が強いのね…


「まぁ、今回は君に拒まれてもここにいるつもりだけどね。」


そう言い切った口調は幼い頃の会話みたいに子供っぽかった。でもこういう時、彼は絶対に引かない…長年の付き合いで何となく分かる。


「ありがとう…ハロックル。」


なんだかそれがおかしくなってきて、頭を下げてから思わず笑顔を向けると、ハロックルは目を見開いてからすぐに顔を背けた。

?…つい…いきなり呼び捨てにしたのがまずかったかしら…?


「あれ、ハロックル…耳が赤いけど大丈夫?」


ハロックルは、返事もせず窓の外をみて軽く咳払いをしただけだった。


「じゃあ、本当に治療ありがとう。一週間よろしくお願いします。それで、私は一通り館内をみてきたいから―――」


「待って。さっき僕が言ったこと忘れたの? とりあえずもう一度肩に治癒魔法を当てるから、ここにおいで。」


「あっ?」


半ば強引にハロックルの膝の上に座らされて、後ろから右手が肩に翳される。


「うっ、嘘?!」


身体が密着するのが恥ずかしくて、慌てて足をバタバタして腕の中から逃れようとすると、逆に圧倒的に長い足を絡められ腰もガッチリホールドされてしまい、もっと密着するハメになってしまった。


(何コレ…?!)


自分でもどんどん顔に熱が上がっていくのが分かる。


「仕返し」


「っ…え?!」


軽いパニックで、耳元で低く囁かれた言葉がよく聞き取れない。


「ナズナ…いい子だから大人しくしてて。この体制の方が身体の隅々まで魔法が掛けやすいんだ…ほら…僕の魔力がナズナに流れてるの…分かる?」


「うん…温かい…」


ドクドクと血液が癒されて、細胞ごと温泉に入っているかのように気持ちがいい…後ろから抱きかかえられるのは、やっぱり、どうしても恥ずかしいけど、せっかく貴重な残りの魔力で治癒魔法を掛けてくれているのに、ヘタに動くわけにはいかない。


「ナズナ…痛くない? 熱すぎない?」


「ううん。心地いい…」


少し甘い優しい声…どこか懐かしいようなハロックルの熱に全身を包まれて…次第に心まで解されていくようだった…

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