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8回目のお見合い (1)

夕暮れが近付くと、どこの館よりも王宮殿の明かりが一番に灯る。


(わず)か遠くに見える小さな光を眺めるのが毎日の日課になっていた。

王宮殿には子供の頃、城門の前を通ったことしかないけれど、その屈強(くっきょう)さや大きさには子供ながらに息を呑んだ。


訪れるものを拒むような威圧感がある一方で、城門や城壁に施された彫刻は美しく見事なものだった。

王国内に生息する全ての動植物が象られているという壮大なレリーフは、魔法の力も手伝って刻々と色や形、表情までも変えていく…そのため息の出るような光景と言ったら…。いつまでも眺めて…


「リース! 早く来なさい!!」


屋敷の中から聞きなれた声がする。残念ながら私の主人は街はずれの貧乏貴族だった。


「このドレスを仕立て直すようにいったでっしょう!」


怒りをあらわにした長女ターネットの低い声が響く。


明日は次女エミュレーの8度目のお見合いだった。


「エミュレーお嬢様でしたら、こちらのプルシャンブルーのドレスの方がお似合いかと…」


本心だったが、仕立て直すのが面倒くさい気持ちが大半だった。

ターネットはリースが手にしているドレスに一瞬目を留め迷ったような表情をした。

よし、もう一押しとリースが口を開く前に、


「わたくしにはこのマゼンタのドレスが一番似合いますのよっっ!!!」


と、今度はエミュレー本人が(わめ)く。


一体何年前の話だろう…。


確かにこの濃いピンク色のドレスは、この家が一番栄えていた時代に仕立てたドレスで、中でも一番高価なドレスだった。

そして華奢(きゃしゃ)で色白な一方、勝気で明るい彼女にその服は驚くほどピッタリと合っていた。

というより、オーダーメイドなのでよほど腕の悪い職人でもない限り、似合うようにしか作れないのだ。


しかし、十年ほど時は経ちエミュレーは経過した年の数ほど体重も増えていた。

体系が少しずつ変わる度に何度も何度も仕立て直すのは、職人でもないリースには容易ではなかった。


そんな中、三女ルリアルにこっそり提案され、リースは月に一度立つ高級市場に向かった。

そこでこの濃紺のドレスを見つけたのだ。胸から腰にかけて鈴なりの桔梗(ききょう)が流れるように刺繍(ししゅう)されている上品なデザインだった。

しかもゆったりした作りなので着ている本人も楽だし、何より、何度も仕立て直さなくて済む。

もっとも値段はマゼンタのドレスの1/3にも満たなかったが…。


やはり、オーダーメイドではなくしかも質素なデザインの服を着ることに、今や端くれではあるが貴族のプライドが許さないらしい。


『身体のラインがこんなにハッキリ分かるドレスを着たってデブが余計デブに見えるだけよ!


しかもこの時代遅れのデサインは何?!


(えり)や袖の部分にまでこれでもかという位レースが何層にも重ねられていて暑苦しいったらありゃしない!』


と言ってやりたい気持ちを抑えて…


「こちらのドレスの方が大人っぽくて素敵だと思うのですが…。」


と小さい声で呟いてみたが、


「明日の12:00までよ、お願いね!!」


とエミュレーが制してさっさとダイニングへ去ってしまった。


今夜は徹夜になりそうだ。


◇◇◇


 リースが仕えるウィンティート家は、かつて都でも10本の指に入るような…はちょっと言い過ぎかもしれないが、そこそこ名の知れた家柄の貴族だった。

しかし20年程前に旦那様が亡くなって、奥様が主人となってからは、じわじわと様子が変わっていった。

かつて部屋の至るところに飾られていた絵画や骨董(こっとう)は、いつしか数える程になってしまったし、住み替えは何度しただろう…何十とあった部屋は十数ほどになり、今ではたった4部屋になってしまった。


そして使用人の数も次々に減ってゆき、ついに今ではリース1人だけになっていた。


 暗い部屋で眠い目をこすりながら、リースはウィンティート家の変遷(へんせん)をぼんやり思い返していた。


確かに仕える一家がどんどん貧しくなっていったのは心細く不安に感じたが、亡き奥様が生きておられた時はまだ幸せだった。

幼い頃に両親を亡くしたリースにとって、奥様は母親のような存在でもあった。そう母親のような…。


「少なくても私にはね。」


うつむいてフッと笑いかけた時、ドアをノックする音が響く。


「リース…」


現れたのは三女ルリアルだ。


「お姉様はあのドレスを拒否したのね…。」


リースが頷く。


「ごめんなさいね、その場にいたらもう少し味方になれたのに。」


と、ルリアル様はすまなそうな表情をする。それは心からの謝罪にも聞こえるし、不思議と自分は姉達とは違うのだという主張にも感じられた。


「いいえ、お嬢様のせいではありません。」


たとえあの場にルリアル様がいたとしても、あの剣幕では無理だったろう。リースは苦笑いをしながら、ルリアルの様子を確かめようと、ちらりと目を向ける。

どちらかというと童顔で小柄な彼女は、とても賢く、それでいて嫌味のない清々しい美しさがあった。

そんな愛らしい彼女の心配そうな表情を一人占めするのはもったいないような気持ちさえした。


きっと彼女だったら良い縁談もすぐにまとまるだろう。


「お嬢様、それよりもこんなに遅くまでどちらにいらしたのですか?」


話題を変えようと尋ねる。

急に自分のことを聞かれて驚いたのか、一瞬の間の後、


「久しぶりにお友達と遠出してきたの。先方に馬車で送ってもらったから心配はないわ。」


と笑ったが、目線は既に窓の外にあった。ルリアルは焦げ茶色の大きな瞳を細めながら、リースと同じ方向の光を見ていた。


◇◇◇


 「ふんっ、最初から余計なことはしないでこうしていればよかったのよっ。」


エミュレーは出来上がったドレスを着て姿鏡でチェックする。

徹夜で仕上げたドレスが出来上がったのは丁度お昼の11:30過ぎだった。朝食の準備はルリアルがしてくれた。

リースは朦朧(もうろう)とした頭でただただ早くベットに横になりたいと思った。

がちがちになった首と肩、気を抜くと熱が出てしまいそうな体調だった。


疲れきってもう何を言われても何の感情も湧いてこない。



「お姉さま、早めにお出掛けになった方がよろしいのでは。」


見かねたルリアルが促してくれた。


「そうね、今日は少し道が悪いところもあるから。」


ターネットが頷く。


「あーぁ、わたくし田舎に嫁ぐのは嫌だわ~。」


エミュレーはしぶしぶ玄関へ歩きだす。


 今回は、都ではなく地方の貴族とのお見合いだった。

田舎ではあるが、広大な土地を多数所有しており、自然豊かな土地に自生している多種多様の植物を利用して薬剤や香水を作り出し、国内外で莫大な利益を得ているらしい。

それを元手に、2年ほど前に貴族となることを許された、言わば成り上がりの家だった。

相手にしてみたら今回のお見合いは、財産目当てのはずもないから、さしずめ古い歴史を持つウィンティートの家名に魅力を感じてのものだというところか。



とにかく成金でも何でもいいから早く裕福な家との縁談がまとまって、楽な暮らしがしたい…そう願いながらリースは深い眠りに落ちていった。

☆☆☆毎日更新予定です☆☆☆

ヘタレ主人公 & 序盤はスローペースな展開になりますが、お付き合いいただければ嬉しいです!

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