第15話 死神
日もすっかり落ちてから大分経った晩。
月明かりの道を静かに歩く影。
「うぃ〜」
そんな影にふらふらと覚束無い足で歩く男性がぶつかり、大きな巨体を前にして臆せずに肩を掴み掛かる。その時点で男は出来上がっているのが垣間見える。
「あぁん? おい、テメェ何処見て歩いてんだよ?」
「─────」
「何か言ったらどう何だよ!あぁん?!」
後ろに引っ張られた勢いでフードが取れ、中から不気味な仮面が覗く。同時に、酒気を帯びたその臭いに大男の殺気が満ちゆく。
骸の仮面に黒い羽織。
その姿はまるで死神の様に不気味であった。
男は息を飲みたじろいぐ、
。
「───我の前で酒気を纏うな」
「あん? あがぅ…ゔ?!」
大きな手で顔を掴まれ、体が宙へ浮く。
足をバタバタとさせ抵抗するが虚しく。男の頭蓋からミシミシと骨の軋む音が脳から響き渡る。
「貴様の魂を頂くぞ」
「ぁ─────」
カタカタと体が小刻みに震え。
暫くして、白目を剥いて泡を吹き、男は動かなくなってしまう。
「不味いな。もう少し上質な魂が欲しい所だ」
死神は再び歩みを進める。
残された男は冷たく、二度と動く事は無かった───
和道からの帰り道。
勇人は妙な胸騒ぎに襲われていた。
(この感覚…あの時と同じだ)
猿の悪魔が現れた時。
その時もこんな風に胸がザワついたのだ。
今回も何かが起きているに違いない。
そう考えている内に、足は徐々に早足へと変わって行く。
それは同時に、死への足踏みへと変わって行く事を意味するとら勇人本人も知らない事。
同時刻。
長浜海岸にて動作テストをしていた警察に一報の連絡が入った。
石巻の立町にて、原因不明の死体が7人発見されたらしく。
急いで他の部隊との連携を扇いで、包囲網を張って欲しいとの事。
公安にも同じ連絡が来たのか、いち早く現場の調査を終了させ、既に現場に向かった模様だった。『天導衆』も同時に消えていたのが天馬に取っては不気味な事である。
(天導衆が一緒に出る程の相手?
まさか───勇人君も出てしまったんじゃ?!)
「私は先に現場に向かいます!」
そう言うや否や、天馬は地面を蹴り空高く消えてしまう。
「明瀬君、君も行くんだ。エネルギー残量ならまだ大丈夫だし、このまま実戦データも得られる絶好のチャンスだ!」
「まだ平和の為とか、偽善っぽい話が飛び出た方がマシでしたよ!?」
思い切り欲に塗れた言葉が投げ掛けられ、明瀬は肩を落とす。
だがしかし、此処で断る訳にも行かず天馬の向かった方へと自分もバイクで向かう準備に入り───
「あの、このバイク起動チェックは…」
「大丈夫、警察なら多少は無茶しても怒られない」
「そんなんじゃ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
軽くアクセルを入れたら猛スピードで走り始め───
スタートから3秒で80キロは超えた。
今現在も加速は続く。
星の様な速度で居なくなってしまった明瀬を見て、淵東は開いた口が塞がらない状態となり煙草がポトりと地面に落ちる。
「大丈夫大丈夫、ダッジよりは遅いよ?」
「ダッジでもタービンでも、異常だろ…あれ…」
どっちも世界ではトップのスピードを誇るバイクだ。
その2つに近い性能となると、運転手は大丈夫なのだろか。
死神は今も街中を彷徨って歩く最中。
途中で補給した魂では力が出ないのか、妙に足取りが覚束無い感じである。
「やぁ、クロウリーより先に君が目覚めていたのか」
「───貴様、『音魔術の奏者』か?」
月夜に照らされた緑色の肌。
銀色のサラサラとした髪を靡かせ、紫色の眼光が微かに光り輝く。
黒いコートを纏っているせいで姿が見え辛かったが、辛うじて見えた情報で死神はその人物を言い当てた。
そして、そのまま何事も無かったかの様にシュピーレンの横を通り過ぎ───
「おっと…今の力じゃボクは倒せないよ?」
何処からか現れた鎌が首元を捉えに来ていた。
しかし、ソレを涼しい顔で受け止めてシュピーレンは左手で何かを引く動作をする。
その動作の後、死神のコートが引き千切れ、見えない何かで裂かれた様な跡が残る。
「──いつの間に」
腕や脚の関節に合わせて、薄らとしか見えない糸が巻き付いていた。
力を入れればこちらが怪我をする勢いだ。
「今、君に此処を離れられると困るんだよね。
彼には特別待遇をしたいし、君にとっても懐かしい顔が見えるだろうからね」
「な──に?」
「君を封印した…かつての生き残りだよ」
「ほぉ、あの者達はまだ生きていたか」
心做しか、死神は嬉しそうに声を出しカタカタと歯を鳴らす。
「我の楽しみが一つ増えた。貴様と───その者の魂を頂くとしよう!」
バツバツッ!!!
上質な糸を簡単に引き千切り、死神は素早く鎌を2つ出現させ1本をシュピーレンへと投げ飛ばす。
「よっと……?!」
速度はあるものの、ソレを軽く避けてシュピーレンは驚く。
その鎌の柄にチェーンが付けられていたのだ。
「刈り取れ───!」
死神がチェーンを引くと、鎌は勢い良く後ろから襲い掛かる。
横へは壁とチェーンで避けられない。前からは死神が。後ろからは鎌が迫り来る。
シュピーレンは飛び跳ね、空中へと素早く回避行動へと移ったが──
「遅いわ──『死二威斬』!」
鎌を握り締めた死神は目の前に一瞬にして迫り、2つの鎌を交差させシュピーレンを切り裂く。
「『反音』!!」
ヴォンッッッ!!!と凄まじい音で鎌が弾かれてしまい、死神は空中で体勢を崩す。
そこへ今度はシュピーレンが手を前に翳し魔力を込め放つ。
「『爆音波』!」
「──────ヅッッッ!?」
物凄い衝撃音の後、死神は何処かのビルへと吹き飛んでしまう。
何かで対抗しようとしていた様だが、それも虚しく。残ったのはシュピーレンのみとなってしまった。
「手こずったけど、これで彼は死神とご対面だ。
今度こそ、あの青い鎧の正体を暴きたいものだね」
猿は無駄に終わってしまっただけに、今度はしっかりと戦える人物を送り込む必要があったが。
死神が相手なら大丈夫であろう。
今の彼は弱ってはいるものの、その名の通り死を招く神なのだから。