第13話 練習試合
「これで終わりです」
白い魔力を纏い、悠然と立つ天馬。
目の前にはボロボロになって鎧が半分砕けた勇人が片膝を地面に着いていた。
一瞬、意識が飛び掛けたが何とか意思を保つ。
額の血と汗を拭い、荒い呼吸を何とか落ち着かせようと息を吸う。
(遠い──っ、この人は遠過ぎる!!)
実力の差を示され、勇人は大きな恐怖を覚え震える。
時は少し前に遡る。
水瓶の修行を終え、勇人は天馬に連れられて修練場まで足を運んだ。
「さて、次からが実戦を模した特訓です」
「おぉ、やっとさっきのヤツの成果とか出ちゃうんですね?」
「さぁ? それは勇人さん次第ですよ」
天馬の言葉に肩を透かされた気持ちになる。
しかし、先程の修行が無意味な訳では無いのも何となく理解しているのだ。
先走り過ぎて空回っては元も子も無いというものである。
「此処では実戦を模して闘い、魔力性質を体感して貰います」
そう言うと、地面に丸く円を描き天馬はその中央に立つ。
「先ず、私の魔力性質を教えますね。──『風』です」
「風?」
「そう。例えば少しの風に魔力を通して──」
突如、天馬の左掌から小さな竜巻が発生。
それは大きくなったり小さくなったりを繰り返し、拳を握ると消滅した。
「勇人さんは『水』系統の魔力性質でしたね」
「えぇ、天馬さんと同じく掌から水を出現とかは…難しいですけど」
あの姿なら出来るけど、この状態では試しても出来なかったからなぁ。
「同じ様にして見て下さい」
「はい。 ふぅ…んっ!」
深呼吸して掌に力を集中させる。
先程の修行では魔力を覆うように想像して出来た。
ならば、今度は水の玉が出来るイメージだ。周りを魔力で…水。
水分は…空気中にもあるのを使うイメージ。
霧吹きから出る水をイメージして、それが集まる感じ…
しばらくすると、掌の上にポツポツと水が集まり、それが1個に固まる。
「出来た!!」
「よし、ソレを踏まえて私に掛かって来て下さい」
「その円は?」
「此処から私を出す事が貴方の試練です。手段は問いません」
クイクイっと手招きをして口角を上げる天馬。
勇人は警戒しながらも、戦闘体勢に入って身構えて様子を探る。
「シッ────やっ!!」
掌で生成した水を幾つか弾く。
しかし相手は風の力を使う為、攻撃が届く前に掻き消されてしまう。
「──っ!!」
「おっと」
水に気を取らせて下から潜り込む様に特攻。
拳を突き上げて顎を捉えようとした刹那──
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
身体が下からの風により舞い上がり、拳は天馬には当たらずのまま遮れる。
空中に放り出された瞬間風が止み、勇人は地面に叩き付けられた。
「ぐぁっ…!!」
無意識に鎧を胸と腰に纏っていたお陰か、ダメージは然程感じない。
「出て来たね。ソレが君の恐怖心だ」
「俺の…恐怖心?」
「君はその力を隠して居たね? それは何故だい?」
その言葉に、勇人は言葉を詰まらせる。
心の中ではまだ否定していた自分に。
この力から目を背けようとしていた事に気付く。
あわよくば、この姿に成らずに済ませたいと思う気持ち。
強大な力に見知らぬ知識。それ等は徐々に勇人を心から蝕み始めていたのだ。
自分が自分じゃなくなるのではないか?
この力を使い続けたら、もう人間として居られないのではないか?
微かに考えたソレは次第に大きく、そして濃くなりずっと残り続ける。
「この修行はかつて、君の様な力を得た人間が…力を制御する為に作ったモノなんだ」
「似たような人が…他にも?」
目を細めながら頷く。天馬は何処か寂しそうな表情を浮かべ、話を続ける。
「力と知識は素晴らしい物だが…反面、支配される側とする側に別れてしまうんだ」
される側とする側。
何となくだが、勇人はその言葉を理解する。
今の自分はされる側に近しい。
だからこそ、する側になれたら…という気持ちは今でもある。
「昔、力を得た若者達が居たのです。
数人は力や知識に呑まれず、何とか自分を取り戻し、世界の為に戦い続けた。
それこそ、妖怪や悪魔、時には人間とね。
でも、呑まれた側の人間は酷かった。己の欲に負け、様々な悪事を働き人々を恐怖で支配しようと企んでいたんだ。
そして止める事は叶わず、親友同士、恋人同士で殺し合い最後は…何も残らなかった」
「そんなっ…! じゃあ、これは繰り返しているだけなんですか?!」
自分が力を得て悪魔と戦う事。
神の使いとして『王』の力を授かる事。
それが前にも行われていた?
「信じられないでしょうが、事実なのです。
前回は色々あったお陰で被害は最小限に抑えられましたが、今回は既に人目に触れ過ぎている。
これも時代の変化のせいではありますが、現代では情報を隠蔽するのですら厳しいのですよ」
掌で再び竜巻を作りながら、天馬は勇人へ話す。
「だから象徴が必要となったんです。
それこそ『英雄』という幻想が…ね。
国でもそろそろ動き出しますよ?悪魔に対抗する手段を持つ人達を集め、平和の象徴として戦わせる」
「俺も…それに含まれるんですか?」
「明確には言えませんが、姿等がバレれば危ないでしょうね。
しかし、世の中には力の支配に呑まれた人が沢山居ます。先ず、彼等が動き出して国より早く貴方達を殺しに来るでしょう」
「───そんなっ」
「平和の象徴として、永遠に戦うか。
反逆者によって殺されるか。それは今からの特訓次第で変わります」
敢えて言わないのだろう。
俺が力に呑まれた場合その反逆者側になる事を。
どんな時代にも、枠に収まらない人は多く存在する。
もしかしたら、俺もその内の1人になる可能性があるのだ。
ギリギリと拳を握り締め、痛みで負の考えを消し去る。
いや、天馬さんがわざわざ言わなかったって事は、俺には別な可能性があると見てくれているんだ。
力に支配されずに、力を制御し、自分のモノに出来ると。
だから敢えて言わなかったんだ。
なら、俺は…それに応えなきゃダメだろ。
和田さんが此処を教えてくれた理由、それはきっと俺に選ばせる為なんだ!
支配されるか、するかじゃない。
別な答えを見付ける道を。その為の特訓なんだ。
身体が熱くなる。
心做しか、鼓動が速くなり大きく聞こえる気がする。
頭に浮かび上がって来る言葉に、俺は抗おうか迷ったが辞めた。
きっと、此処で何かを得られるハズだ。だからこそ、今使わなきゃいけないんだ!
「『覚醒』!!」
呑まれるものか、俺は俺で貫く!!
「ウォォォォォォォォォォ───!!!」
「そうだ。恐れを振り払い前進し羽ばたく事が大切なんだ」
駆ける。
──速く速く速く!!
いつもの通りに装着された鎧に重みを感じ無い。
吹っ切れた感じがするせいだろうか?
「さて、折角やる気を出してくれたけど。 私も少し予定が出来たみたいだ」
刹那、向かって行く勇人の目の前に大きな風がうねりを上げて吹き荒れる。
「────がはっ!?」
風に当たらないと身体を横にズラしたが遅かった。
僅かに当たった風に掴まれ、次々と鎧が砕け、最後は大きく風が破裂して吹っ飛ばされた。
「これでおわりです」
そして現在に至る。
終わりを告げ急ぐように円から出て、天馬は謝罪を述べ空高くまい暗闇に溶け込む。
残された勇人は尻もちを着いたまま、肩から力が抜け脱力仕切った表情で俯く。
「遠い…けど、俺も力を制御さえ出来れば今よりきっと」
強くなりたい。
ならなきゃいけない。
その為には先ず出来る事から始めよう。