第12話 魔力と技能と苦悩
この山奥にある寺に通い詰めてから1週間。
俺は来る度来る度に此処で瞑想をし、食事を管理していた。いや、させられていた。
「3、2、1…はい終了です!」
「ふぅ、やっと終わったぁ」
「気を鎮める。これも重要な修行ですからね」
「あぁ、でも何か寺っぽいなぁ」
寺と言ったら書き物や座禅、柔道とかに力を入れてると想像していたけど。
ここだと薙刀や剣道の道具もあるし、日中に何人か練習しているのも聞こえてた。
確か道具は普段から外に天日干ししていて、離れに柔剣道場があるらしく、そこで鍛錬が行われているらしい。
「次はこれです」
そう言って取り出されたコップ。
勇人は首を傾げてそれを見るが、何の変哲もないただのコップである。
「これに水を入れて…勇人さん、私に攻撃を本気でして来て下さい」
「えぇ…い、行きますよ?」
俺が少し驚いている間に、すっかり戦闘態勢に入られたもんだから断れない。
コップの水が零れそうだけど大丈夫かな?
「そりゃ!」
取り敢えず、初めに軽く左腕でパンチを撃つ。
瞬間、天馬は勇人の攻撃を素早く伏せて避け、片手で来い来いと煽る。
しっかりと握られたコップには水が溢れず、綺麗に整った状態で存在していた。
「うぉ、すげぇ!! なら…とりゃあ!」
しゃがまれたので今度は蹴りを放つ。
これならどんなに動いても、避けた反動で水が零れるだろう。
しかし、その攻撃を軽く飛び避け。
勇人の足に一瞬だけ乗り、その後跳躍して床に着地した。
その間も水は零れる事無くコップに留まっている。
悔しくなってきたのか、勇人は顔をしかめっ面にして色々な手段で今度はコップを狙って攻撃をする。
突きに手刀。
飛び付いたり叩こうとしても躱されてしまう。
ならばと、今度は足元を集中的に狙うが軽くステップを踏まれてしまうだけ。
「これぐらいにしますか」
「はぁはぁ…な、なんで落ちないんだぁ?」
息を切らして肩で息をする。
汗を拭いながら見ていると、今度はそれを飲めとばかりにコップを差し出された。
…普通に美味い水だ。
「あれ? 心做しか力がすっと戻ったような…」
「それはこの森で湧き出る泉の水です。
ちなみに、今のは魔力を調節してコップに集中していたので水が落ちなかったんですよ」
「えぇ、それずるくないですか?!」
魔法汚い!!と抗議をしようとした途端、天馬は庭を指指して行くように促す。
庭に出で池のある所に来ると、大きな水瓶がでんっと置かれていた。
「さて、勇人さん。貴方には後3日でこの水瓶を水でいっぱいにする事をお願いします。勿論、水はこの池を使用して下さい」
「な、何を言ってるんですか。こんなの水瓶を持ってやれば直ぐに──うぇっ?!」
大きな水瓶ではあるが、一切動かないというのはどういう事だろうか。
重いとは違い、まるで地面に吸い寄せられてるような感じだ。
回しても動かないし、傾きもしない。
全体重を掛けてもピクリともしないぞ。
「水瓶を動かさないでお願いします。水も普通に入れても──」
話してる最中に水瓶を持つ事を諦めた勇人は、手ですくい上げた水を水瓶に注ぐ。
その瞬間───
「うべぇ!!!!」
入れた水が勢い良く噴き出した。
「普通に入れてもダメなんですよ。これは修行なんですから」
「じゃあ、どうしろって言うんですか…」
「ヒントは与えましたよ?」
まぁ、魔力だよなぁ。
先程の水を入れたコップ。アレには何かしら意図があったに違いない。
思い出せ…確か魔力をこう…
池に手を入れ力を集中させる。
小さく渦を頭で思い浮かべると、池水が回転し渦を発現させた。
その渦を掌に乗せたままのイメージをすると、そのままの形で水が持ち上がる。
(ほぉ、流石は水に関する力を…。いや、これは勇人さん自信の才能か?)
渦を巻いた水をそのまま水瓶に移す。
小さな竜巻をイメージして出来た渦は、瓶の中でも回転し留まる。
のだが、直ぐにそのままの勢いで噴き出した。
「何でだよ!!」
(今のはいい線でしたが、流石に最初からクリアは出来ませんかね
)
勇人はその後も何度も挑戦するが、全く水瓶に水は溜まる事なく終わってしまうのであった。
平日は勿論、日向園で働いている。
夜は主に山へ向かうか、部屋での瞑想となっていたが。
ここ2日はずっと仕事が終わってから直ぐに山へ行き、水瓶と池と睨めっこしている毎日。
「はーちゃんげんきないない?」
「あー、大丈夫だよ満ちゃん〜」
「何やってんだよ勇人。ほら、おやつだから皆片付けと手洗いしろよー」
机にだらぁ〜と、もたれ掛かっていたら後ろから悪友の声が聞こえて来た。
信二はエプロンを着けておぼんに乗せたおやつのプリンを運んでいた。
それは良かったのだが…
「お前、なんでそんなピンクの花柄なん?」
「せぇな…園長さんに変えのエプロン借りたらコレだったんだよ」
両手が塞がってるからって蹴るな蹴るな。地味に痛い。
「園長先生にしては派手だな?」
「全くだ。てか、良いから飲み物」
「へ〜い」
予め、飲み物もコップに入れて用意してある。
零れないように備え付けの蓋や、ラップで蓋をしてある。
子供達がテーブルぶつかって揺らしたり、ゴミが入らないようにである。
「今日はプリンだぞー」
「わーい!」
「しんじぃ!おれのはデカいのだぞ!」
「どれも同じだし、レディファーストだ」
「がーっ!」
小さな子供にまとわり付かれ、信二は足等で軽く子供を避けながら机にプリンを並べてゆく。
俺もその後にジュースを順序よく並べてゆく。
「そーいや!おれこのあいだ、もてる水のキット買ってもらったんだぁ!!」
「えー良いなぁ、どんな風なの?」
「えっとねぇ、まわりをぎゅーってしてねぇ、なかにおみずがはいってるの!」
園のおもちゃは大体が俺らが選んだりするが、園長先生は知識を鍛える為と言ってこっそりと新しいサイエンスキットを買っては子供達にこっそりと見せている。
今度は摘める水か、少し前に流行ってたな。
でも、あの水って不味いんだよなぁ確か。
「おみずさんね、わらないとずーっとそのままなんだよ!!」
楽しそうに話している満や子供達を見て、勇人と信二は嬉しそうに微笑む。
((後で、園長先生には問い質すけどな))
数時間後、園の仕事を終えた勇人は最早日課となりつつある山登りをして庭へ直行していた。
(確か期限は3日…今日がその3日目だ)
水を入れても瓶から飛び出す。それには蓋をしてみるとか色々考えたけど、イマイチ魔力を強い状態で維持させ他の事をするのが苦手見たいだ。
何度も何度も水を掛けられて来たけど今回はそうは行かない。
イメージして水を囲うように…
ゆっくりと池に手を入れ魔力を集中させる。
ゆらゆらと水面が揺らぎ、手を引き上げると小さな四角い水の塊が作られていた。
(よし、出だしはまぁまぁ良いぞ)
もう一度池に手を突っ込み、今度は更に集中し明確なイメージを頭で作り出す。
ゼリーが1番近いかな。
表面を柔らかく、中を水そのままに。
あくまで水として瓶に移さなければいけないのだから、全部を固める必要は無い。
「っ───出来た!」
大きな水の塊を生成し、何とか持ち上げて水瓶へと運ぶ。
周りを柔らかくしてある為、多少大き過ぎても水瓶に入ってくれるので助かった。
園の子供達に話を聞いた後、園長を問い質した後に持てる水を見せて貰って良かった。
代償として園長は大好きな磯辺揚げを没収されてたけど。
「きっかり3日で仕上げましたね」
ぱちぱちと拍手をしながら現れた天馬。
水瓶の中身と勇人を交互に見て、彼はふむと頷く。
「勇人さんは水を『変化』させたのですね」
「はい、魔力を手から話して他のモノに集中するのが難しくて…これなら1度で全て済みますから」
2分割にするのに慣れていないなら、1度で済ませてしまおう。
そう考えての結果がコレである。
(センスが良い。これは『直感型』の才能がありそうですね)
思わず口角が上がる程、久々に心が踊るがそれは今は隠して置く。
「さて、次からはソレを応用した魔力のコントロールを行います。付いて来て下さい」
この間とは違い、本堂から離れた場所にある離れの訓練所まで案内される。
(しかし、この寺広過ぎでしょ…。裏に訓練所があって、その横に柔剣道場。更に反対には茶室とかもあるんだっけか)
辺りを見渡しながら進むと、訓練所が見えて来た。
そこは正しく修練の為に作られたであろう地面に打たれた杭。
奥には滝、大きなコンクリ製のローラー等が置いてある。
地面に打たれている杭は全て先端が尖っている。
よく見ると足場が幾つかあるので、そこから落ちない様に戦うのだろうか?
「アレは坐禅とかに使うんですよ」
勇人の考えている事が理解出来たのか、天馬は軽く笑いながら教えてくれた。
「えぇっ…あそこで坐禅するんですか?」
「魔力や気を高め、集中力を補うのに丁度良いのですよ。
勇人さんもその内出来ますよ」
さらりと嫌な宣言をされたなぁ。
つまりは、俺も後でアレを使って修行するのか…。