第10話 身体への変化 2
咄嗟だった。
和田さんに降り掛かる車に手を向けた瞬間、頭が…身体が勝手にナニカを発動していた。
激流。
掌から圧縮された水が吹き出す。
車一点に狙いを絞った様に吹き出た水は、車を水圧で横に弾き悪魔を巻き込んで消えてしまう。
分かっていた?今の技を?
あの時の──魚の悪魔の時と同じ。
この間の事件から、俺の頭には時折常識とは掛け離れた知識が更に強く閃く様になっていった。
その結果がコレである。
(『水流弾』…。車を弾くチカラがあるのに、コレでも加減されてるのか…)
掌を見ると、微かに水が渦を巻いて消えて行く。
「つっ、今のは…?」
倒れていた和田さんが顔を上げてコチラを見る。
その顔には困惑の表情が見られ、頭部からは流血していた。
「和田さん──っ、ごめんなさい」
「勇人くん?」
俺は身体を少し捻り、右腕を胸元まで上げて悪魔を睨む。
これ以上、和田さんや他の人を巻き込んだら危ない。
初めての人前の変身だ。覚悟してやらなきゃな。
「来いよ悪魔共、全員ぶっ倒してやる…」
「覚醒!!」
襲い掛かって来た悪魔を水で弾き、俺はまたあの姿へと変わる。
力が溢れ出る感覚。静かな中に激しい力。
王の力や、海の神の力を引き継いだのなら、それ相応の名前が必要か。
他の人には素性はバレたくないし。
丁度、車がぶつかった衝撃でビルの入口を塞いでいた瓦礫が退き、そこから閉じ込められていた人達が出て来ていたのだ。
俺は悪魔を挑発する為に、拳を構えてポーズを取る。
「俺は──シーカイザー・ヤマト!! 貴様等悪魔を滅する者だッ!!」
──駆ける。
一切の迷いも。一切の躊躇も無い。
粉塵が吹き荒れ、時にその中に身を隠して。
確実に1匹1匹狩って行く。
引き裂き。砕き。潰し。
悪魔の断末魔を聞いても尚、手を緩める事は許されない。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
悪魔達は分が悪いと察したのか、車を幾つも放り投げ撤退しようとする…がしかし。
勇人は右腕に魔力を込めある物を形成する。
三又に別れた矛。
海王神が使っていたとされる伝説の黄金の槍を模造した武器。
「『擬似三叉槍』ッッ!!」
蒼色の三叉槍は周りを巻き込み、車を、悪魔を射貫く。
「合格だ。『王の代理者』」
誰も彼に気付く事無く、他の人は皆騒ぎと反対方向へと逃げる。
しかし不思議なのは他にもあった。誰一人ぶつかる事無くまるでそこを避けている様に走ってゆく。
「おい…おい!」
彼は不意に叩かれた肩に驚き見せた。
しかし、相手にはそれを気取られないと必死にソレを飲み込み振り返る。
あぁ、彼は見知った顔だったな。
雷銅 信二。
大きな魔力を幼い頃から持っているだけでは無く、無意識に『見透す』力を使っている天才。
彼にも素質があったのだが、まさかアッチが代わりになるとは…とても面白い誤算だったな。
「雷銅。無事だったか」
「臨也こそ、ずっと連絡を絶って何してたんだ!!
勇人やオレがどれだけ心配したか!!」
心配か。それは一体どちらを心配していたのだろうか。
「それより、早く避難を──」
折角の気分が台無しだな。
下で無様に人の波に逆らいながらもボクを探す彼を一瞥して、視線を騒ぎの方へと移す。
あちらでは丁度、新たな力の開花が行われている頃だ。
崩壊と修復を繰り返され、肉体は徐々に限界を超え。人間から超越した力を得る。
「人間という決められた枠の中で──君はどう進化出来るのかな?
それとも、神の操り人形として先に潰れるか。どっちにしろ、待っている未来は───破滅だけどね」
もう少しばかり進化に手を貸して上げよう。
下級悪魔を一体プレゼントしてあげるよ。
臨也の左腕から黒い種が転がり落ち魔力を発する。
たちまち種は膨らみ、大きな虫へと進化してゆく。
「羽虫くらいなら手頃だろう」
場面は勇人達の居る方へと戻る。
勇人は悪魔を倒した後も変身を解かなかった。
先程から、妙な違和感を感じ恐れていたからである。
妙に肌が張り付く様にピリピリとし、腹の底から言われのない圧迫感を感じている。
しかもソレが今もう1つ増えたのだ。
(向かって来てる…)
空を見るが姿は無い。
しかし向かって来ている感覚があり、何故か確信は無いが時期に此処に来るのが分かる。
「『おっと、その様子だと来るのが分かっていた見たいだね?』」
空から現れたのは自分よりも一回り大きい虫の怪物。
小さな羽虫がそのまま大きくなった見たいだな。
「そんな気がしただけだ」
「『君は直感が鋭い見たいだ。成程、成長の具合を楽しむのなら理解出来る』」
「何が理解出来るって?」
「『君が神に選ばれた理由だよ』」
やはり、この悪魔も俺の力について知っているのか。
「この力の使い方とかは理解出来る。だけど、俺は一体何に選ばれたって言うんだ?
お前等悪魔は一体何をしようとしている?」
勇人の問に羽虫は一度黙り、暫しの沈黙の後に下を前足で指し示す。
地面には何も無い。
何の変哲もないコンクリートがあるだけだ。
「『違うよ、もっと下の──言うなれば『核』を僕達は欲している』」
「核? 地殻とかか?」
勇人の問に今度は首を横に振り答えた。
地殻じゃないとするのなら、更に下なのか。
「『僕達は『内核』のエネルギーを手に入れて、神を全員殺す兵器を造るんだ』」
「──神を全員殺す? 何を言って」
「『僕達は神に創られ、神によって蔑まれ、罵られ、苦渋を啜って生きて来た。君達人間もそうだ。
産まれ、成長し、そして争わされる。比べられる。
この世界は神の娯楽なんだよ』」
「だからって、別にそれが悪い事じゃ」
「『僕達は棄てられたんだ。用済みになり、世界の為に声を上げたら…見事に地の底へ送られた』」
バキリと足場に亀裂が入る。
先程まで抑えていたのであろう魔力が、虫の悪魔から溢れ出し辺りを黒く染め上げる。
「『そして、ある時に地の底から戻って来た悪魔による戦争が起きた。
しかし、その時既に人は増えてしまっていた。だから神も下手に手を出せず、悪魔が神の世界に侵入するまで待つという防衛戦に出たのだ。
人を殺したら創るのが面倒だから。だから神は長年首を捻って考えた。
その行き着いた先が『代理者』の存在。
神の力の1部を授け、悪魔を滅ぼす者を作り上げた。ソレは今でも日本には根付いている筈だ』」
「まさか、陰陽師…?」
「『そう。エクソシストや陰陽師は代理者の名残で出来た組織さ』」
何故かその言葉には説得力があった。
確かにエクソシストは悪魔祓いを主に行っていて、陰陽師は昔から妖怪等を退治していた。
両方の共通点は人に見えないという事。
これは見えないのではなく、見えない様に戦って祓っていたのだとしたら。
とても辻褄が合ってしまうのだ。
「『解ってくれとは言わないけどね。僕達はこっち側であって神側では無いのだから。
逆もまた然り。無理に全て受け入れろとは言わない。
これは僕なりのフェアに戦う為の儀式でもあるのだから。
ソレを理解させた上で尚、君達を潰す』」
羽を鳴らし、悪魔が戦闘態勢に入る。
「意味が分からねぇ…どうして争う事を選ぶんだ!!」
「『当たり前だろ。僕達は神を──殺したい程憎んでいるのだから』」
風がうねりを上げて勇人を吹き飛ばす。
吹き飛ばした勇人に猛スピードで追い付くと、悪魔は大きく腕を振って打撃を叩き込む。
「ぐぁっ───!!」
叩き付けられた衝撃でコンクリートに衝突。
更に追い討ちの如く膝蹴りを腹に喰らってしまう。
肺の中の酸素を一気に吐き出し噎せる。
鎧越しでも十分なダメージを与えて来る。
コイツは前の猿達とは違う、別格の強さだ。
前回猿に叩き付けられた時は振動を利用した攻撃。
今回のは単なる打撃攻撃だけでの純粋なダメージなのだから恐ろしい。
悪魔の足を掴み、横へ力いっぱい投げる。
幸い、こちらの力も強化されているので難無く離れる事が出来た。
(はぁ…はぁ…。だけど、このままだとヤバいな)
先手を取られ、ダメージを受けてしまった為。
現状ではこちらが少し不利になってしまっている。
また空中へと飛び上がり、悪魔は何度も攻撃を仕掛けて来た。
3撃目は伏せて回避する。しかし、何度も避けているだけではダメージを与えられない。
かと言ってあの攻撃を受けて、更に反撃をするとなると難しくなる。
(速さもあっちの方が上だな。
旋回した所を狙おうにも、空中に居るからこちら側の攻撃は届かな──)
閃く。
先程の攻撃を思い出し、勇人はある賭けに出る事に決めた。
可能性は低いが腹を括り、逆転への糸口を作り出す。
「っ…『擬似三叉槍』!!」
力を集中し黄金の三叉槍を作り出し構える。
歪な形をし、微かに光が漏れる黄金色の槍を投擲のするかの様に構え───
旋回しようとした悪魔の背中目掛けて放つ。
「『おっと、中々の威力だ』」
掴まれた。
地面を抉り、悪魔を纏めて屠った武器を。
奴は軽々と受け止めてしまったのだ。
「『確かポセイドンの持っている武器か、フェイクとしても発想は中々だが…脆い』」
バキン!!と三叉槍は握り潰され消滅してしまう。
「『さて、そろそろ終わりにするか』」
「なっ…くそっ!!」
勇人は悔しながらも手に魔力を込めるが、何度も光は散り散りになり集中しても形は保てなくなっていた。
「出ろッ!出ろッッ!!」
「『魔力切れだ──君は技量や力の限界も分からない愚か者だった見たいだね。これで…さようならだ!!』」
ドッッッ!!!!
砲丸の様に空中から放たれた悪魔は、勇人へと迷い無く高速で突撃する。
勇人はソレを見てニヤリと微笑む。
まるで、何かあるかの様な含み笑いに気付くのは距離が近付いたギリギリの所だった。
悪魔は勢いを殺せずに勇人へと突っ切る。
勇人はそれを間一髪で避け、後ろに用意していたモノへと視線を移す。
そこにはもう1本の黄金色の三叉槍があった。
ビルの壁にめり込み、こちらの方へ矛先を向けて──
ズドンッッッッ!!!!
重い衝突音。
悪魔は顔から槍へと突っ込み、そのままの勢いでビルを壊して衝突したのだ。
土煙が舞い上がり辺りを埋め尽くし、暫くして晴れて悪魔の姿が再び顕になる。
深く突き刺さった槍は、悪魔の頭を捉え突き抜けていた。
脳や血を吹き出し崩れていた姿に、勇人は吐き気すら覚える。
「流石にグロいな…おぇ…」
「『成程、1本目は油断させ。2本目を隠す為にわざと光を発光させていたのか』」
「なっ、生きてるのか!?」
頭を潰されて尚語り掛ける悪魔に寒気がした。
確認すると、口元も槍が刺さりグチャグチャになっている。
とても話せる状態ではないはず。
「『僕自身は他に居るからね。この声も魔力を通して肉体を媒体にし、声を発声させているに過ぎない。
さて、君は神の代理者として戦うのだろうけど。君の思考は僕達に限りなく近い筈だ。
元々は神を憎む程嫌っていた事だってあるのだろう?』」
「──何でソレを知っている?!」
「『さぁね。だけど僕達悪魔は神から創られた闇である為、君達人間の負の感情を酷く捉えやすい。
いつでも…君がこちら側に来たいと言うのなら、僕達は歓迎するよ』」
「ふざけるな! 罪の無い人達を殺して、こんな事をする奴等と組むわけねぇだろ!!」
「『これは裁きだ。神を苦しめる為の戒めでもある』」
ダメだ。全く話にならん。
コイツは悪魔なだけあって、人の命なぞどうとでも成れという事なのだろう。
反逆の為に沢山の人を殺すなんて、そんなの戦争と変わらないじゃないか。
「『君の考えは今はソレで良い。その内、僕達に着く事も視野に入れて見定めるんだね』」
そう言い残して、悪魔の亡骸はボロボロと塵の様に崩れて風に舞う。
逃げ出していた人達は皆足を止め、彼を消えた悪魔を見て戸惑いの眼差しを浮かべ。
その後に辺りは歓声に包まれた。しかし、その中には不審がる人も居たのは事実。
あんな事があって、状況を呑み込むのが無理な人は少なからず居る。
家族や友人、知人を失った人達は…泣き崩れ、叫びを上げていた。
俺は歓声と怨念の混じった声を聞き、空を見上げて立ち尽くす。
何故、こんな日でも空は蒼空なんだろうか。