第87話 TRUMP
明瀬さんの傷は浅いと言っても出血が多い。
余り長く戦って傷が悪化してもコトだ。どうにかして、目の前の二人を倒さなければ…。
「──来る!!」
トランプマンが距離を詰め、鉞を大きく振るい勇人に攻撃を仕掛ける。
勇人も剣で対応するが鉞の一撃は重く、少しずつ押されてしまっている。
「スロロロ! 貴方のお相手はこのワタシですよォ!!」
「またあの爆弾か?!」
「『ベルスロットル』!」
ゴォーンッ!!!
身体に打ち付けられたベルが鳴り響く。
腕が大きな鐘になり、振るう度に大きな音と打撃を与えてくるのだ。
『申し訳ございません。あの形状から判断し、防音モードに設定しました』
「いや助かった。直接聞いてたら鼓膜までやられてそうだったからね。
アイ、このままアイツの動きに合わせて機能を使ってくれ!」
『了解ですマスター』
「おんやァ? 普通の人なら一撃で怯むんですがねェ!」
「生憎、此方には優秀な相棒が居るんでね!」
トランプマンはカードを何度もシャッフルさせながら退屈そうに明瀬達の方を観ていた。
「随分と余裕だな?」
「いえいえ、貴方の力に『ジャック』が通用しないのでどうした物かと悩んで居たんですよ☆」
ペラペラと上下に混ぜられるカード。
その内の1枚が弾かれ、トランプマンはカードを見せ付ける様にして微笑む。
取られたカードはスペードのA。
カードは発光して消えると、トランプマンの肉体も同様に輝きを放ち、黒いオーラを身に纏う。
雰囲気が変わった様な気がした。
先程まで握られていた武器が消え、代わりに不気味な魔力の流れが鋭い物へと変わった気がする。
「『エースモード』───」
「はやっ───ぐっ!!」
段違いに速くなった動きに鋭く重い攻撃。
連続で繰り出される攻撃は、一つ一つが鉛の様に重い。
「速くなったら攻撃が軽くなる?
ノンノン☆ 今のボクの力は君が殺したローク・ポスの二倍はあるよ☆」
あのローク・ポスの二倍…?!
出鱈目過ぎる。あの時だって何とか知恵を振り絞って倒した相手だぞ。
それを優に超えた力を持っているだなんて。
「『水流弾』!!」
撃った所で軽々と避けられる。
突進するタイプじゃなく、知能がある相手にローク・ポスと同じ手口が通用するとは思えない。
誘導するにしても開放的な屋上は、先の爆発で更に物が無くなっている。
身を隠す場所も、誘い込む通路も無い。
基本的な行動パターンは全て消されているに等しい。
(もしかして、最初からこれが狙いだったのか?
アイツ等が屋上に居たのは、爆破を回避させないのと同時に、生存していた場合に自分達が有利に動ける場所だから…。
クソっ!まんまと罠にハマっていたのか!)
「何もされないとつまらないですねェ☆」
防戦一方になっているせいか、トランプマンは退屈そうに呟く。
だが攻撃の手が緩む訳では無い。
こうなったら、アレを使うしかない。
勇人は辺り一面に水を出現させ、自らの周りでそれを弾き飛ばした。
「そんなので怯むとでも?☆」
いや、怯ませるのが目的じゃない。
周囲に魔力を含めた水を散乱させる事が目的だ。
「そろそろ止めと行きますか───ね☆」
目を閉じ集中する。
微かな空気の流れも利用し、心を落ち着かせ察知する事だけに意識を向けろ。
大きな魔力の塊。
一つは距離からして出目金、明瀬さんの魔力も感じる。
トランプマンの魔力は感じられない。
この場合は遮断したか、一定の距離を取られてしまったかの2択。
少し待っていると、微かに空中に舞った自分の魔力に乱れが生じる。
「───そこだっ!!」
身体を左に回転させ、右腕を顔の高さまで上げる。
するとトランプマンの身体が現れ、勇人の動きに流されてしまい体勢を崩してしまうではないか。
伸ばされた右腕を自らの右腕でガードし、回転で受け流しつつ一周して背後を取る事に成功。
『良いかい? 格闘術には『剛』と『柔』、『静』がある。
君達に教えたのは戦闘で主に使う剛の基礎、つまり肉体の強化だ。
これは普段から使っているから重要な事だと理解していると思う。
次に教える2つは、戦闘でも重視される精神面等に通じたり。相手が自分より優れている場合に有効的な攻撃になる』
明瀬が特訓で教えてくれた事が脳でフィードバックする。
『攻めるばかりが攻撃じゃない。
静かに待ち、自らの間合いに相手を誘い込みカウンターを仕掛けるのも立派な攻撃だ。
これは『流』とも呼ばれる動きの一つ…』
螺旋を描いた事で攻撃はダメージも無く受け流し、相手は隙だらけとなっている。
勇人は瞬時に攻撃体勢へと移る。
回転の威力を利用しながら拳を握り締め、魔力を込めた拳をトランプマンの背中に打ち付けてやる。
ドッッッッ!!
「グァッ!!」
「捉えたぞ!お前の姿!!」
逃がさないとばかりに、勇人は剣を出現させ斬り付ける。
地面に体を叩き付けたトランプマンは、起き上がろうとしていた所。コレは当たると勇人は確信していたが、次の瞬間、トランプマンは残像となり消えてしまう。
「クソっ、素早い奴め!」
「──グフッ、今のは驚きましたよ…☆」
ダメージがあるせいか、トランプマンは遠くに移動せずに、勇人の少し離れた目の前に膝を抑えて立っていた。
「何も、速い奴との戦闘を意識しなかったワケじゃない。
前もって色々と試行錯誤しといて正解だったよ」
「流石は…和道に弟子入りしただけはありますね☆
危険分子として前回の戦で狩尽くせなかった事を、非常に悔やんでいますよ…☆」
「あの世で人間に詫びるんだな。今までの事を全て!!」
「──グッ…。エースモードの速さを舐めないで頂きたいですねェ☆」
またも剣は空を斬る。
「何度やっても同じだ!」
姿の消えたトランプマンをまたもや捉え、勇人は正面に向かって剣を振るう。
ズバッ!!
紫色の血が吹き荒れる。
トランプマンの右肩を剣が斬り裂いたのだ。
「ガァッ───ぎ…ッ…」
苦痛の表情を浮かべ倒れ込む。
手応え有り。勇人は警戒をしつつトランプマンへと近付く。
「終わりだ」
「ぐっ…仕方の無い。 ボクサーのエースモードがいとも簡単に破られるとは…」
「消滅する前に幾つか聞きたい事がある。
お前達の王は誰だ?」
「───ハッ、どうしてそんな質問を?」
実現している魔王はベルゼブブ。
だがしかし、ルシファーという存在があると知ってから、勇人は妙な違和感を感じていたのだ。
「良いから答えるんだ!」
「…ベルゼブブ様ですよ☆」
「なら、この間現れたルシファーという存在は知っているか?」
その問にトランプマンは目を丸め、しばらく俯いてからニヤリと微笑み。「そうですか、彼は戻られたのですね☆」と呟くが、勇人にはその言葉は届いていないらしい。
「────ククッ、ならば今暫くこのショーに御付き合い頂きましょうか☆」
「なにっ?!」
シャッ!!
投げ付けられたカード。勇人は素早くカードを避けるが、次の瞬間、目の前からトランプマンが消えてしまう。
カードが投げられ、避けた瞬間までしっかりと姿は確認していた。それなのに何故?
「残念でした☆」
「なっ──」
いつの間にか背後に回っていた彼の攻撃を、勇人は避ける事も出来ずに喰らってしまう。
「『8切り飛ばし』」
素早く手を地面に付き、倒れる衝撃を和らげる為に体を回転させて勇人はトランプマンと向き合う。
張り詰めた空気に魔力の粒子が飛ぶ。
攻撃した側のトランプマンは、腕を擦りながら何かに気付いて笑い出す。
「ボクの姿が消えたと同時に、魔力を纏って防御に回したのですか☆
神代の魔力は流石に硬い──まるで子供が岩を素手で砕くかの様だ☆」
「嫌な予感がしたからな。
それでも、アンタの攻撃は随分効いたよ」
防御に回していたとはいえ、殴られた衝撃は相当な物だった。
だが、その攻撃も連発は出来ないと踏んだ。
──集中しろ。
辺りを見渡し、1つでも多くの道を探れ。
崩れた壁の瓦礫。壊れた貯水タンク。壊れた梯子。
屋上からの転落防止のフェンス。
使える物は覚えとけ。
そして、そこから活路を見出せれば、流れは此方のモノとなる。
「『水流連打』──」
瞳の色が鎧の中で蒼色に変わる。
頭の中がサッパリしたかの様に雑念が消え、周囲がより鮮明に映る。
空気中の水分をかき集め、水の弾丸を連続で放つ。
「無駄です☆ 『8切り飛ばし』!!」
マシンガンの様に放たれた弾丸を避けるべく、トランプマンは3枚のカードをバラバラに投げると姿をけした。
視える。魔力の籠ったカードがある。
それは投げられた3枚ではなく、地面に落ちた1枚のトランプ。
「───そこだ!!」
「くぅっ☆ 中々や──るね☆」
カードから姿を現した彼に、勇人は迷い無く斬り掛かる。
ガンッ!!!
盾で剣は防がれ、今度は鉞が勇人を襲う。
交互に斬撃が繰り出され、周囲に振動が走り抜ける。
ガンガンガンガンッッッ!!!!
(急に動きが良くなった?
いや、先程のボクの動きを予測した事と良い。この子は進化しているね☆)
幾度と繰り返される攻防。
不思議と疲れは無い。それどころか相手の動きがスムーズに視える。
だがこれでは埒が明かない。
そろそろ隠し玉と行きますか…
勇人は剣に込める力を先程よりも強める。
体重を掛け、只管に前に押し込む様に。
「おっとと☆
それじゃあ、重いけど隙だらけだ───ッ?!」
ザパァァァァァァァ───!!!
油断していたトランプマンの背後から大きな水柱が立ち上る。
(咄嗟に前に出たせいか、背中を掠めるだけでダメージが殆ど入らなかったか…)
「コレはコレは☆
──凄い高圧の水だが、一体何処から…」
見ると横に設置されていた大型の貯水タンク2つに大きな穴が空き、そこから水が溢れ出ているではないか。
「先の攻撃はボクじゃなくて、貯水タンクを狙っていたのかい?☆」
「あと少しだったんだけど…な!!」
水柱に押し込む様に鍔迫り合いで攻める勇人。
しかし、もう少しという所でトランプマンは動かない。
細い手足なのに、まるで大きな岩みたいに動く事はなく。只管に力を込めている勇人の方が疲れ始めてゆく。
「ぐぅぅぅ───!!」
「アハハハ☆ ガンバレガンバレ☆」
余裕を持って煽るトランプマンに、何か手段が無いかと思っていた刹那──
ブシュッ────