魔窟
自分以外の生き物が動く微かな気配を感じて、ティタは目を覚ました。
意識は目覚めたものの体は疲れ切っていて、瞼を開けるのすら億劫だった。
朦朧とした心の霧の中、それでも身体感覚は次第にはっきりしてゆき、彼女に周囲の状況を伝えて来る。湿った服。凹凸のある床。いや、地面か。どこか蒸し暑い……まだ、春も初めの筈だけど。その瞬間、彼女は自らの身に何が起きたのかを一編に思い出した。
嘘と裏切り。罠。暴力。逃走の先で地面を踏み抜いて──。
そうだ、オベルは⁉︎
彼女は兄妹のように育った、彼女の大事な友人のことを思い出してがばっと身体を起こした。彼は彼女を庇って斬りつけられ、傷付いた筈だ。急に身体を起こすと、身体の端々が痛んで、彼女はうっ、と短く呻いた。顔を上げて辺りを見回そうとして真っ先に目に入ったのは
しゃあっ
ティタのすぐ鼻先で鎌首をもたげ牙を剥いてこちらを威嚇する至近距離の蛇の顔だった。ティタはヒッと息を飲んで固まった。
そうだ、ここは村で魔窟と呼ばれている洞窟で、自分とオベルは追い立てられてここに落ちたのだ。
私も、一緒に落ちただろうオベルも、ここで魔物の餌食となって死ぬのか──。
彼女の心を絶望が満たそうとした瞬間、視界の端で何かが鋭く閃いた。
それと同時に眼前に迫った蛇の頭は消え、鈍い音と共に真っ赤な肉と白い骨の断面に変わった。ティタの頰に僅かに蛇の返り血の飛沫が掛かる。彼女には何が起きたのか分からない。
「大丈夫か?」
女性の声だった。
なんだか分からないが、彼女は救われたらしい。命の恩人の姿を確かめようと彼女が顔を上げると、煤けた鎧を纏った女戦士の姿があった。
その後ろから、ひょい、と豚の顔をした大柄な魔物が顔を覗かせた。
ティタは再び気を失った。