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喧嘩

「やめろ!」


 雨。店の裏の細い通りの暗がりの中、倒れた女を繰り返し蹴っていた男に、下男姿のクロビス王子は威厳を持ってそう命じた。

 雨は本降りでクロビスは外套を着ていたが、フードは被らず降りしきる雨に顔を晒していた。喧嘩になるなら、フードは邪魔だと思ったのだ。


「なんだぁ? てめえは」


 通りの店や家から漏れる灯りが浮かび上がらせたのは、歯並びの悪い痩せた男の姿だった。夫だろうか。女は泥と化した路面に倒れこんで動かない。


「やめろと言ったんだ。どんな事情があろうと、動けなくなったご婦人に一方的に乱暴を働くのは非道だろう」


 男は答えず、降る雨を掻き分けるように泥を跳ねながら歩いて来て、そのままクロビスに殴りかかった。クロビスはそれを躱し、二歩退がって間合いを保つ。


「避けるんじゃねぇっ」

「もう一度言う。ご婦人への乱暴をやめろ。私はそういう行いが許せない」

「るせえっ!!!」


 醜い、とクロビスは思った。

 容姿もそうだが、足の運びや体重の移動、拳の引き戻しやその引き絞り。全てがバラバラで中途半端だった。王宮の一等武官であり、クロビスの剣術格闘術の師でもあるクニップローデ卿がこの戦い方を見たなら、怒り狂って城庭を三十周は走らせるだろう。


 再び初撃とほぼ同じモーションで殴りかかって来たその男の拳を、クロビスはさっきとは反対に躱し、すれ違い様に相手の軸足を引っ掛け気味に蹴り抜いた。痩せた男は立っていられずまともな受け身も取らずに顔から地面に突っ伏して呻いた。


「野郎」

「面白え」


 路地の暗がりからのそりのそりと人影が現れた。二人目、三人目。痩せた男は一人ではなかった。他に四人の仲間を連れていたのだ。

 クロビスは想定外の事態に息を呑んで固まった。自分が王子であることを叫ぼうかとも思ったが、それで向こうが平伏するとは思えなかった。


 雨が激しさを増す中、絶体絶命のクロビスは予想だにしなかった突然の窮地に下腹が縮むような思いで彼を囲む男たちを睨み付けた。正面のリーダーらしき男が「殺せ」と短く言った。


 背後の巨漢が返事をして錆だらけのナイフを抜いた。クロビスが囲まれた範囲でなんとかそれを躱せるか周囲に視線を走らせた瞬間、


 ごいん、


 と巨漢の頭から音がして、巨漢はそのまま前のめりに倒れた。


  その後ろに、小柄な旅人風の男が立っていた。トリコーン帽を目深に被っていて、その顔は見えない。


「なんだテメッうわッッッ……」


 旅人は素早かった。

 何かを言い掛けたリーダーの男に急迫すると縺れるように身体を預け、体重を利用して引き倒し、倒れたそいつの顔をフルスイングで蹴っ飛ばして気絶させた。


 クロビスも含めた他の三人は突然のことに驚き判断が間に合わず、旅人のその身のこなしに手出し出来ずに時が止まったようになった。


 止まった時の中、旅人は身を翻すとクロビスの手を取って「逃げるぞ」と短く告げて引っ張った。クロビスは反射的にそれに従い、二人は手を繋いだまま雨の夜道を全力で走り始めた。


 ここでようやく、二人のチンピラの時が動き出した。

 一人は「親方!」と叫んでリーダーに縋りながら「仲間を呼んでこい! あいつらを逃がすな!」と残ったもう一人に指示を出した。


***



「で、どこにいるのだね? キャプテン・アンメアリは?」


 迎えの馬車を裏口に付け、海運王ヴィッラーニを二階席へと案内して来たウルリチは、商界の重鎮にそう問われながら、グリステルもその護衛も席から忽然と消えていることに動揺した。


「ええと……」


 そこへグリステルの護衛に付けていた若いエルフのメロベクスが焦った様子で現れた。


「おおメロベクス。キャプテン・アンメアリは。君の主人はどこにいるんです?」


「そっ、それが」


 メロベクスは泣きそうになりながら言った。


「どちらにもいらっしゃらないんです! 消えてしまったんです! いないんですよ、この店のどこにも!」


 そう絶叫して、彼は本当に泣き始めた。

 ウルリチは、泣きたいのはこっちですよ、と思った。

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