表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/90

絶命

「ザジッ!」


 グリステルは短く叫んで駆け寄った。

 彼女はザジの隣に屈みこんで彼の豚の顔のマスクを外すと、顔、頭、身体の各部を手早く確認したが、欠損や致命的な破壊はないようだった。


「ぐ……ぅ」

「ザジ、無事か?」

「無事じゃねえよ。あちこちぶつけて体中が痛え」

「大丈夫なようだな。……と、いう事は、あの血の跡はあの蛇の血か」

「俺のハルバードを咥えてたろ? 暴走してる途中に何処かに引っかかって、あのバケモンの頬と口ん中を斬り裂いたんだ」

「成る程。それは痛そうだな。何故その隙に手を離さなかったんだ?」

「次があったらそうするぜ。おー痛え」

「平和な新時代を見届ける目や耳が残っていれば問題ない」

「問題大アリだ。それを一人でやる気かよ」

「やって見せるさ。必要ならな」


 グリステルは立ち上がり剣を抜いた。


「アレとやる気か? 逃げようぜ」

「きみを抱えて逃げてる途中に襲われたら二人とも一巻の終わりだ。まずその危険を除く。それに、ティタの女王としての帰還の為に必要なものを二つ、あの大蛇は持っている」

「姫さんに必要なもの?」

「バーブレフェンの首と、古の邪竜の首さ」

「俺も行くぜ」

「いや。ザジはここで休め。もし頭を打っていたら、すぐ動くのは良くない」

「……死ぬんじゃねえぞ。百年戦争を止めるなんて気違い沙汰、俺は一人じゃやんねえからな」

「分かっているよ」

「ついでに俺のハルバードを見掛けたら拾っといてくれ。ドタバタでどっかにすっ飛んじまって影も形もねえ」

「新しいのを買っていい。ここは鉱山だ。きんには事欠かないだろう」

「これだから騎士サマってのは。全ての鉱山からきんが出るわけじゃないんだぜ?」

「ここを出られたら、ハルバードの出る鉱山を探してやる」

「そりゃいいや。エール酒の井戸に寄ってからな」

「それは魔窟の妖精姫に頼もう。エルフに酒を飲む習慣があればだが」

 グリステルはそういうと闇に松明を突き付け、その奥に向けて一人歩き出した。

 足元には錆びたレールが敷かれている。

 恐らく掘り出した鉱石を運ぶ為のトロッコの為のものだ。

 彼女はそのレールの導くままに、邪竜と呼ばれた大蛇の巣穴の最深部へと進んで行った。


***


 大きな何かの気配を感じて、グリステルは立ち止まる。

 レールは彼女を広い空間へ連れ出した。雰囲気から察するにトロッコの駅であり、そして何かの作業場のようだ。鉱石を流す為だろう何本もの長い台や何かの荷箱、大きな釜戸などが並ぶちょっとした工房のような空間だった。

 かざす松明の光に、縦に割れた瞳孔の黄色い瞳が二つ浮かび上がる。

 蛇も弱ると肩で息をするのだと、グリステルはこの時初めて知った。僅かに頭を上下させながらゼハゼハと苦しそうに呼吸している。余程強く引っかかったのだろう、成る程その頬は深く裂け、口の中からぼたぼたと血を流し続けている。小さくはない怪我だがそれにしても、大蛇の様子は衰弱し過ぎに見えた。

 その時、大蛇がむせるように咳き込んで泡を吐いた。


「……エルフの毒か」


 ティタの追手のエルフたちが射掛けた毒矢の毒が遅ればせながらその効を示し、傷付いた大蛇の身体を蝕んでいるのだ。それはグリステルに取っては勝機と言えた。


「お前に恨みはないが星の巡りだ。その命……ここで絶つ!」


 グリステルは松明を自分と大蛇の中間地点に投げ、剣を両手で構えた。蛇は獲物の体温を嗅ぐ、と育った教会の本で読んだことがあった。それが真実なら、松明の炎の熱は大蛇の嗅覚からグリステルの姿を隠してくれるはずだった。


 大蛇が大きく鎌首をもたげた。それは攻撃の合図だ。グリステルはやや前屈みの姿勢を取り、踵をほんの少し浮かせて、相手の動きに備えた。深呼吸。集中。剣越しに見る大蛇は、さっきより小さく見えた。


 しゃあっ‼︎


 大蛇は威嚇の咆哮を上げながら飛び出した。グリステルは落ち着いていて、その頭が松明を超える直前に左に身を躱した。そして迫る蛇の黄色い眼球を目掛け、名工クイジナートの手で鍛えられた剣の切っ先を、大蛇の勢い利用するように突き出した。

 彼女の計算通り、それは勢いに乗った大蛇の質量に逆らうことで柄元まで深く刺さった。だが大蛇は止まらず、そのしぶとい生命力を断つに至らず、怪物はその勢いのままグリステルを跳ね飛ばし、苦痛に悶えて暴れ回った。しかし毒の為か大蛇の激突の威力は精彩を欠いていて、グリステルは跳ね飛ばされながらも頭を庇って受け身を取ることが出来た。くるりと身を回して起き上がったグリステルは、周囲の状況と大蛇の様子を同時に確認する。

 剣は大蛇の右眼に刺さったまま。代わりになる武器は……。

 その時、彼女は地面に長柄の武具が落ちているのを発見した。ザジのハルバードだ。グリステルは思わず口の端で笑みを作った。

(ザジ……きみには世話になってばかりだな)


 グリステルは飛び出すと前回りしながらハルバードを拾い上げ、立ち上がる勢いのまま振り上げて渾身の力を込め、暴れる大蛇の頭の付け根、脛骨を狙ってそれを思い切り振り下ろした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ