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逆上

 松明を持っていたグリステルが倒れ、視界は一瞬闇になった。その筈だった。

 だがティタには世界が真っ赤に染まったように見えていた。

 たぎった血。その逆流はしかし次の瞬間には完全な静寂に変わり、彼女の研ぎ澄まされた感覚は朱に染まった世界の中にグリステルを射た射手の輪郭をはっきりと浮かび上がらせていた。松明を持った男。その先のもう一人が、背負った矢筒から次の矢を弓に番えようとしている。こいつがグリステルを射た下手人だ。次の矢は倒れたグリステルにとどめを刺す為か、オベルかザジを射る為か。


 瞬間。ティタの脳裏にここ三日の出来事がフラッシュバックした。森の中を逃げ惑う自分とオベル。グリステルとザジ。焚き火と温泉。松明。最後に耳の奥で、グリステルがオベルを助けた時の叫びがたった今聞いたかのように蘇った。


 人としてだ!


 その叫びが心に弾けた時、彼女は自分が敵の集団に向かって駆け出しているのを知った。グリステルを射た射手の二の矢は彼女に向かって放たれたが、そのやじりは彼女の頬と髪を掠っただけで、岩壁に跳ねて闇に消えた。真っ赤な世界。時間の流れが遅くなる。誰かが狼のような唸りを上げた。いや、それは自分だっただろうか。


 気が付くと彼女の手にはグリステルから譲り受けたナイフが握られていて、そのナイフは射手の喉に柄元まで埋まっていた。その射手は細身の剣を帯刀していたが、その剣が自分の手を吸い寄せたようにティタは感じた。身体の動くに任せると彼女の手は血を吹き上げて倒れる射手の腰から剣を抜き放った。彼女の足はその場で回転するように身を翻し、彼女に握られた剣は今度は驚いて立ち竦む松明の男の首筋に吸い込まれていった。


せ!」


 制止の言葉が確かにティタの耳を打ったが彼女の全身は全くそれに応じず、片刃の剣の峰に手を添えて体重を掛けながらもう半周ぐるりと舞うように回った。真っ赤な世界に真っ赤な雨が降った。


 射手の更に奥にいた二人が、その一瞬の出来事にヒッと息を飲んだのを背中に感じながら、ティタは振り向きざまに次の獲物目掛けて剣を突き出した。その切っ先は突然の出来事に固まった三人目の胸当ての下の腹の部分に重い抵抗を受けながらも埋まり、進み、そのまま背中まで抜けた。最後の一人は返り血を浴びたティタが三人目から剣を抜くのにほんの少し手こずった隙を突いて、踵を返して逃げ出した。

 ティタは追おうと走り掛けたが、その顔の直ぐ横を細い光がキラリと輝いて通り過ぎ、逃亡者の背中に当たって突き刺さり鈍い音を立てた。


 光の出所を目で追うと、それは投擲動作を終えた姿勢のザジだった。

 逃亡者はヨタヨタと三歩歩くと、どう、と音を立てて倒れた。


 世界に色が戻った。

 ザジが松明を拾い上げ、グリステルを抱き起こす。


『大丈夫だ。浅い。当たりどころも良かった。やじりに返しもないし毒矢でもなさそうだ。運の良い女だぜ』


「グリス……テル」


 ティタは震える唇で女戦士の名を呼び、自分の声がその名を呼ぶのを耳で聞いた。そして吸い込んだ空気にむせ返るような血の匂いを感じた時、彼女は気を失った。

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