野郎達の修行の裏側で
地味な仲間のパワーアップイベントです。
今回は主人公不在のため三人称。
Sランク冒険者【音切】のヘルムホルツと、ジャックナイフの襲撃の後、ガイによるサーガ、ブラド、ついでにサムの修行が始まった。
一方その頃、四人が村を空けている間、レインはこれからの戦いで使えそうな魔導具の調整をしていた。収納袋から金属の髪飾りが転がり落ちる。それを見たレインは三年前の出来事を思い出していた。
レインはクラン【銀狼】の先代リーダーにしてSランク冒険者【銀狼】ロイド・ボーグマン冒険伯の姪として生まれた。物心ついた頃には既に両親とは流行り病で死に別れ、幼い彼女の生活のほとんどはロイドが面倒を見ていたため、旅から旅の毎日だった。仕事の依頼に合わせて東奔西走する冒険者の生活は幼いレインにはなかなか厳しいとロイドも考えていたらしく、12歳になると魔導具作成師に興味をもったレインのためにラフィムに拠点を移し、魔術学院に進学をさせてくれたのだった。18才で一流の魔導具作成師になったレインは小さな店を開きつつ、ロイドのクランで冒険者としてもデビューした。そんなある日のことだ。
「今度、王都ドミニアで、大きな仕事があるんだ、店もようやく軌道に乗ってきたみたいだし、レインは残って留守番しててくれ」
「うん。気を付けて行ってきてね伯父さん」
「ああ、気を付けるよ。お前の結婚式に義父として参加させてもらうまでは死んでる場合じゃないしな。サーガとか良いと思うぞ、つきあっちまえよ?」
「もう、またそんなこと言って!知らないんだから!」
ニヒヒヒと笑うロイドの肩を頬を膨らませたレインが叩く。他愛のないやり取りはずっと続くと思っていた。しかしこれがレインとロイドの最後のやり取りになった。
ロイドが大きな仕事に出掛けている間の三ヶ月で22歳のサーガはメキメキとリーダーとしての才覚を現していった。
「サーガ殿は無茶苦茶にござるなぁ。仕事はとにかく早いし性格もまじめでござる。リーダーはサーガ殿しかいないでござるよ?しかしロイド団長がいない穴を埋めたい気持ちはわかるでござるが、即断即決、強行突破の連続は命懸けすぎるでござるぅ」
昨夜サーガのクエストに付き合ったコンゴウがテーブルに突っ伏してピクピク痙攣しながらぼやいていた。街道に現れた肉食象という恐ろしい魔獣の討伐依頼を受けてきたは良いが、肉食象で消耗しきっているにも関わらずその足で盗賊退治までやったのだとか。Bランク冒険者サーガの無茶ぶりは有名な話だが、ロイドという強力な保護者ありきの無鉄砲だというのが周囲の評価だった。しかしいざロイドと別動隊になってもその無茶ぶりは治まるどころか、より過激で大胆なものになっていったのだった。
「そうね、結構大きい怪我することも多いし、頑張りすぎも心配だものね」
コンゴウのぼやきに返した言葉はサーガの無茶に対する苦言ではなく彼の身を案じるものだった。
「レイン殿ー、やはりサーガ殿にホの字にござるか!?クランのアイドルがスキャンダルは勘弁でござるよー、てその殺気は怖いでござる!拙者が悪かった、話せばわかる!だからその花瓶は下ろしてくれでござるよおおおおって、拙者の頭は敷物には向いてないでござる!」
茶化したコンゴウの頭に花瓶を設置して身動きできないまま放置したレインは自室に戻る。
「私ってきれいじゃないよね」
自室で鏡を見ながらレインは呟く。母親はコンゴウのような東の島国出身の人種で比較的平たい顔の人だったらしい。一方父親は美形なロイドとはかけ離れた、ラフィムの農民顔と呼ばれる彫りの深い顔立ちだったとか。レインは幸運にも奇跡のようなバランスでそれぞれの良いところ取りをしたような顔立ちだった。切れ長で艶のある眼差し、高すぎず低くもない形の良い鼻、瑞々しい唇は噛み合わせの良い綺麗な顎のラインと合わせて、口許を見ただけで美人だと連想できるレベルのものだった。しかし元々化粧気のない冒険者稼業について回っていたレインはお洒落なんてしようという考えがなく、それは同年代の貴族の娘が通う魔術学院においてはあまり良いことにはならなかった。
平民のくせに、魔力の低い落ちこぼれのくせに、そう言って彼女の同級生たちは彼女にきつく当たったのだった。そのくせ優れた容姿に目をつけた意中の貴族の子弟がレインに優しくするのだから嫉妬に狂った女生徒のメンタルは更なる醜い嫉妬にかられたことだろう。そんな彼女たちの心ない言葉は、レインの容姿に対する自信を粉砕してしまった。その結果、今では母親譲りの黒髪を伸ばし放題になり美しい顔は隠されてしまっていた。
転機は突然やって来た。【銀狼】メンバーが酒場で食事中、サーガがじっとレインを見つめている。心当たりのないレインは居心地が悪くなってしまい席を立ったのだが、突然無言のまま近寄ってきたサーガがレインに剣を抜いたのだった。
「え?」
一瞬のことだった。剣閃が目の前を通りすぎ、暗かった視界に光が飛び込んできた。混乱するレインの髪にそっと何かが差し込まれる。それは金の髪飾りだった。
「ロイドさんからレイン宛に誕生日の贈り物をしてほしいとこれを預かりまして。良かった、とてもきれいですよ」
レインは意味不明すぎるサーガの行動にパニックを起こして思いきり頬を張り飛ばして自室に帰った。鼻血がでるほどしこたまひっぱたかれたサーガの突然の無断断髪事件はしばらく噂が飛び交い、サーガの無茶苦茶ぶりを彩るエピソードとして、有名になった。
自室に逃げ帰ったレインは鏡に写る自分の姿を見て、固まっていた。ロイドの金の髪飾りと、絶妙な位置で正確にカットされた黒い髪は、レインの美しい顔立ちを見事に引き立てていた。
この日レインはわけもわからずたくさん泣いてふて寝をした。しかし翌日からサーガとの距離は確実に縮んだのだった。
「女心はわからんでござるなあ?」
「確かに、普通あんなことしたら2度と会話してくれないわなあ」
コンゴウと酒飲み仲間のバウンスが街中で二人の買い物してる姿を見かけて酒の肴に話し出す。
「ロイド殿、この調子でいったら帰ってくる頃にはお祖父ちゃんにされてしまうでござるよ」
「あ、ありうる。サーガ坊主ならいつ何をしてもおかしくないぞい」
そんな穏やかな日の数日後、【銀狼】のメンバーは絶望に晒された。
ロイド達の攻略中のダンジョンが突然のスタンピードで他の冒険者もろとも全滅したとの情報が入ったのだった。ドミニア付近はそのときわき出た魔物の群れに分断され、定期的な駆除は行われているものの三年後の現在も他の領地との交易は正常化していない状態である。ロイドの遺体は未だに見つかっていない。サーガとレインはロイドに関する話題を意図的に封印してしまったのだった。
時は流れ、レインは再び冒険者として活動することになった。切っ掛けはサーガだ。
「レイン、力のない僕の武器は技と勝負勘にかかってます。無茶しますがついてきてくれませんか?」
丸々二年、レインは引きこもって塞ぎ込んでいた。しかしサーガはその二年、より無茶を重ねて逞しくなっていた。サーガが無茶をするからレインはついてきた。今そのサーガはロイド仕込みの技の他に新たにガイという師匠を迎え、この絶望的な戦いに光明を得ようとしている。自分自身も成長しなくては、そう思っていた矢先に仕舞い込んでいた形見の金の髪飾りが出てきたのは偶然ではないのだろう。
「あー、レインさん珍しいのあるねー?ちょっと貸して?」
ガイの連れのプリメーラが金の髪飾りに興味を示した。正直この二人はある意味冒険者ギルドの陰謀より遥かに危険な匂いがする。賭け札の死神や道化のような切り札が二枚。しかしレインはサーガの勝負勘に便乗するのみと思っていた。
「あ、直ったよ?」
「あ、どこか壊れてたかしら?久しぶりに見たから・・・・・・て、え!?」
プリメーラは金の細工が施された複雑な髪飾りをパズルのように組み替えていた。すると隠蔽されていた魔力回路が繋がっていた。
「これ魔石付け替えれば魔法使い放題できるやつだよ」
レインは魔法を使う才能はあったが魔力はほとんど持っていなかった。まさかこんなところでその悩みを解決されるとは思ってもみなかった。
レインは亡き伯父にして義父がどんな思いでこの髪飾りをくれたのかを思い、咽び泣いた。プリメーラはそれを見てもらい泣きしていた。二人はガイとサーガが帰ってくるまで抱き合って泣き続けたのだった。