#7 Rhythm&Truth
俺たちにエスランさんが同行してくれる事になり、いよいよ町の外に出られる目処がつきはしたけれど、現実には俺たちは未だ町から出られていなかった。
いや、正確に言うと俺がみんなの足を止めていた。
俺は、俺と同時期に入門した人たちがどんどん上達していく傍らで毎日ひたすら木剣で打ち込みを続けているのだった。
師匠曰く、
「まあ、お前がマトモに魔物と戦えるとは思っちゃねえが、せめて皆の足を引っ張らない程度の力を付けて貰わねえとな」
という事で、俺は師匠の許しを貰えるまでみんなと一緒に町の外に出ることは許されなかった。
吹奏楽部の練習というのは合奏などを別にすれば、基本的に同じ事の繰り返しだ。だから、きつい基礎稽古の繰り返しには慣れていると思っていたが甘かった。何十回かも分からないが、ひたすら剣を振り続けているうちに俺の腕は震え、息は絶え絶えになっていった。
当たり前だ。俺は五年もの間、まともにスポーツもやってなかったのだから。元サッカー少年?誰の事ですかそれは?
へたり込む俺に、師匠が
「お前が皆の足引っ張ってんだぞ。分かってんのか?」
と声を掛けた。
足を引っ張る。
今思えば、練習もろくにしていなかった部活での俺はまさにそうだった。内心、進藤もそう思ってたのかもな。まあ、あいつは思っててもそんな事は口に出さないだろうが。
そうだ。あいつなら「諦めないでもう一回やって見なよ」とか言うよなきっと。
俺は再び剣を取って立ち上がった。
だが、それでも師匠を納得させるだけの一撃は出せなかった。
再びへたり込んだ。人間の体ってこんなに汗を出せたんだなと思うほどの汗が体から噴き出している。
こんな時にまで、頭の中を駆け巡っていたのは、部活でのことだった。
合奏練習で怒られた時、俺は進藤に「基礎の練習をしっかりやってないからこういう事になるんだよ」と言われてたっけ。
基礎。
その通りだ。基本の体力を身につけてこなかった俺が剣技を見につけるなんて、最初から無謀な話だったのだ。
もう駄目だ。
剣は止めよう。
これだけやったんだ、さすがにもう進藤ももっと頑張れとは言わないだろう・・・そう思っていたが、あの頃を思い出しているうちに、何かが胸に引っかかった。
俺はよろめきながら、再び立ち上がった。
もう一度、剣を握り直して振った。気のせいか、さっきより振りが鋭くなったように感じた。
だが、それでも師匠の合格は出ない。
もう一度、二度、三度振る。振る度に、何かを、身体が掴みかけている気がする。
その時俺の頭によぎっていたのは、部活での基礎練習時に言われていたことだった。
スティックを振る時は、腕を落とす瞬間に、手首の余計な力を抜く。
何度も振るうちに、足がもつれて剣を落としてしまった。
「おい、流石にもうそれくらいにした方が・・・」
床に転んでしまった俺に道場の隅にいたエスランさんが声を掛けた。
もう体がフラフラになっているのが分かる。でも、何か体が一定のリズムを掴みかけている。
「大丈夫っス、もう一回・・・」
俺は剣を手に取って立ちあがった。
もはや、ほとんど腕に力は入らなかった。俺はあの体を突き動かすリズムに乗って、無心になって木剣を振り下ろした。
ぶぉん!
と言う風を切る音とともに、剣は力強く打ち込み台に叩きこまれた。
周りの人も思わず振り返ったのが見えた。それぐらい、いい感じで入ったのだろうか。
師匠の声が聞こえた。
「まあいいだろう。実戦という意味ではまだ不安はあるが、その辺りは旅をしながらエスランと鍛えていけ」
マジかよ・・・と思った次の瞬間、俺は全ての気力が尽きてダウンしてしまった。
息を吹き返したが、まだ身体は熱い。いや、きっとこれは疲れだけじゃなくて・・・
「どうした?何か複雑そうな顔だな」
エスランさんが話しかけてきた。
「なんだか悔しいんス、俺にはもう剣はムリだと思ってて、でもそんな時吹奏がk・・・いや、進藤に無理やりやらされて身に付けた事が活きたのが何だかあいつに上手く乗せられたみたいで。でも、全力を振り絞って新しい自分が見えてくるのがこんなに楽しいとは思わなくて・・・」
「悔しいけど楽しい・・・か。・・・フフッ、やっぱり面白いな、君は・・・」
その意味が分からない俺にエスランさんは続けた。
「皆でひとつの目標に向かって突き進む力は強いけど、その勢いはときに危うさにも繋がる。もしそうなった時は、君がみんなを助けてやってくれ」
その後、俺は他の三人に師匠の許しが出たことを伝えに行った。
喜ぶ三人を見ながら、俺はエスランさんの言葉を思い出していた。
元の世界にいた時は、進藤も、他の二人も、顧問や先輩たちの言う通りに一心不乱に突き進んでいた。でも、今はその顧問も先輩たちもいない。いったい俺たちはこの世界でどう進んでいけばいいんだ?そして、そんな中で、俺はどんな役割を果たせばいいんだ?
剣道とかはやった事がないので、これが正しい剣の振り方かどうかは分かりません。あくまで、「この世界の剣技」の話という事で。