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#60 TRIP~哲太's side~

 俺が目覚めた時、すでに太陽は真上まで昇っていた。

 土日返上で練習に打ち込む奏南高校吹奏楽部にとって久々の休日とあって、昼前まで寝てしまったのか俺は?

 いや、もしかしたら昨日練習から帰ったあといろいろ励みすぎたからかもしれないが。


 あいつ・・・進藤なら、休みの日でも楽器を持ち帰って練習とか考えていたかもしれないが、俺はダチの家に行ってゲーム、帰りにゲーセンに寄ってゲーム、家に帰ったらまたゲーム・・・と、要するにゲーム三昧の一日を過ごそうと考えていた。


 そんな貴重な一日を潰されてたまるかと眠たい目をこすって周囲を見渡してみたら、すぐにそれどころではない事に気づいた。

 周囲にあったのは、一面に広がる草原とどう考えても家の周りにあるとは思えない木々だった。


 今までゲームや漫画で得た知識の集積が「異世界」という単語を導き出す。


 まさか。

 そんな非現実的なことがあるはずないだろう。


 いや、非現実的というなら、目が覚めたら自分が見知らぬ場所に転送されているという事実がすでにそうか。


 そうだ、文明の利器を使えば何とかなるのではないか。今、昨日部屋にいた時の服を着ているという事は、ポケットの中に入れていたスマホもあるはずだ。俺は混乱する頭でそう考えた。


 ポケットの中を探ってみると、思った通りにスマホを見つけた。

 だが、画面を見ると、そこに表示されていたのは「圏外」の二文字だった。まあそんな気はしてたけど。


 取り敢えず、もう一度落ち付いて周りをよく「見」てみよう。他にもここに飛ばされた奴がいるかもしれない。


 そして見てみると、案の定見知った顔が見つかった。

 あれは同じ部活の一条寺、早坂・・・

 そしてもう一人。最もここで見たくなく、そして見たい顔があった。

 ―――進藤。

 いつも俺を煽るけど、何だかんだで付き合い続けてる(恋愛的な意味でなく!)幼馴染。


 皆、俺と同じようにいきなりここに飛ばされてきたのだろう。不安気に辺りを見回している。

 一条寺は「植生が違う。これはこのあたりにはない植物だと思う」とか言ってる。俺みたいに、現実の世界じゃないかも知れないという考えには至らないのだろう。こいつゲームとかしなさそうだし。

 進藤が何かすがるような目を俺に向けてくる。少しドキリとしたが勘弁してくれ。俺も何が何だか訳が分からねえんだ。


 とりあえずスマホが通じないことを伝えると、俺たちはこの状況に押しつぶされるように押し黙った。

 見ず知らずの相手と一緒にいるよりはマシかもしれないが、こうして俺たちで顔を突き合わせていても状況が変わるわけもない。


 なすすべなくこの場に立ちつくしていると、進藤が「とりあえずここにいても仕方ないし、歩いてみようよ」と言った。

 文字通り右も左も分からないが、このままここにいて餓死するよりは生き延びる可能性があるだろう。俺たちは、進藤に従って歩き出した。


 だが、俺たちはここの太陽の強烈さを舐めていた(やはり、ここは少なくとも日本ではないのだろう)。

 すぐに大量の汗が吹き出し、暑さに思考力は奪われていった。


 特に一条寺は、女子の進藤や早坂でさえ辛うじてしっかりとした足取りで歩けているのに、すでにフラフラになっている。

 こいつが少し休む度に俺たちも太陽が照り付ける中で立ちどまらなければならなくなり、それがより苦しみに拍車をかけた(まあ、最初からこいつには何も期待してなかったが)。


 そうして歩いていると、進藤が「きゃっ!」と何かに躓いて転んだ。

 ああ、こいつでもこんな女の子っぽい声出せたのかと思って振り向いて、俺は戦慄した。


 進藤の足下にあったのは、何か得体の知れない大きな生物の頭の骨だった。


「頭蓋骨がこんな形をした生き物、地球にいない…」


 一条寺が怯えた調子で言った。流石に、俺以外の三人も事態の異常さを認識したようだった。


 取りあえず、ここは俺たちの常識が通じる世界ではないことは間違いないだろう。少し、歩き出した事に後悔も覚えたが、このままここにいても、餓死だけではなくあの巨大な生物の同類に襲われる危険もある。それならば、どこかに安全な場所があると言う僅かな望みに賭けたほうがいい。


 俺たちは、さらに増していく陽射しの中をふたたび歩きだした。


 仮にこの世界で生きていかなければならないとして、この面子でどうしろと言うのだろう。体力&運動神経ゼロのモヤシ、何考えてるか分からない不思議ちゃん、そして前向きさだけが取り柄の音楽バカ・・・俺だって、別段頭脳や体力が飛び抜けてるわけじゃない。

 こんな事なら、運動部にでも入っておくべきだったかもしれない・・・出来るだけ楽な。


 そんな事を考えながら歩いていると、後ろでドサッという音が聞こえた。

 振り向くと、暑さにやられたのか今まさに進藤が地面に膝を付いて倒れ込もうとしていた。

 

 進藤の所に駆け寄って、抱きかかえようとした俺を一条寺が「待て!」と制した。


「何言ってんだ、進藤を助けないでいいのか!?」

「そうじゃないが、どこに行けばいいかも分からないのに、むやみに動き回ることは避けたい。お前は進藤さんを背負って歩けるか?」

「・・・・・・」


 いつもの俺なら、「お前が言うな」とか突っ込んでるところだけど。


「それに見てみろ、周りは草で覆われているのにこの道筋は地面が剥き出しになっている。この道は頻繁に利用されている可能性が高い。誰かがここを通るまで待ってみた方が得策じゃないか?」

「・・・もしそれで進藤にもしもの事があったら、許さねえからな・・・!」


 俺は何を怒っているのだろう。本当は、何もできない自分の不甲斐なさが歯がゆいだけなのに。


 

 一条寺の言う事に従って数十分ほど待っただろうか、本当に、遠くの方に人影が見えてきた。

 俺たちは、居てもたっても居られずその人たちの方に走り出した。何しろ、この世界に来て初めて出会った人間なのだから。


 俺たちが走った先にいたのは、鎧を着込んだ護衛(?)を付けて、貫頭衣というのか、大きな服から首を出して帽子を被った中年の男だった。後ろに付けた馬の背中に何か荷物を載せている。


「仲間が倒れてしまって、どこでもいいので人がたくさん集まっている所まで、一緒に連れて行ってもらえませんか?」


 不躾にも俺がそう懇願すると、男は「付いてきなさい」と言って進藤の体を護衛の一人に預けた。 


 男は商人のガスベラと名乗り、西方のアクモディアの町まで商いに行く所だと告げた。


「最後までとは行かないが、一番近い町までは送ろう」


 その言葉だけでも、突然未知の世界に飛ばされた俺たちは果てしない心強さを感じた。


 やがて、暑さも少し和らいできた。陽が少し傾いてきたのだ。

 俺たちの世界で言うところの二時間くらい歩いたころだろうか。前方におぼろげに町らしき物が見えてきた。

 内心、この人たち人攫いとかじゃねえよなという不安が生まれてたのだけど、どうやら純粋に善意の人たちだったらしい。


 やがて町の入口まで来て、俺は少しだけホッとした。町が機能しているということは、とりあえず北○の拳的な世界ではないのだろう。


「後は君たちで何とかしなさい。宿屋に行けばひとまずどうにかなるだろう」


 そう言って再び歩き出したガスベラさんに礼を言うと、俺たちは宿屋を探し出した。


 ゲームの中と違って、現実の人間は(現実なんだよな)そう快く情報を提供してくれたりはしない。進藤を背負って宿屋を探すのは骨が折れたが、なんとか通行人から宿屋の場所を聞き出すことができた。


 

 宿屋の扉を開けると、給仕らしき人が何人か働いていた。

 さて、どうすればいい?


 「宿屋に行けば何とかしてくれる」とは聞いたけど、具体的にどう頼めばいいのかは何も分からない。

 とりあえず、ストレートに「仲間が倒れてしまったんですけど、少しだけ休ませて貰えませんか?」と頼んでみた。

 給仕さんは「少し待ってて下さい」と言って宿の奥に駆けていった。


 しばらくして、髭を生やしたごつい男が奥から現れた。

 筋肉の塊、とはまさにこんな体のことを言うのだろう。服の上からでも全身の筋肉がムキムキに張っているのが分かる。少しでも力を入れたら服がはち切れるのではないかとさえ思った。


「向こうに連れてくぞ」


 男はそう言うと、事もなげに進藤をヒョイと担ぎ上げて運んでいった。


 男は部屋のひとつに入ると、進藤をベッドに寝かせた(あとで知った事だけど、この小さな町では宿屋は元の世界で言う診療所のような役割も果たしているらしい)。


「ケガは無いようだし、暑さでやられただけだろう。安静にしていればじき良くなるはずだ」


 その言葉にホッとしたが、次に俺を待っていたのは衝撃的な言葉だった。


「まあ、今までは運良く魔物に襲われずに済んだみたいだが、もし今襲ってきたらお前たちもこの娘を守ってやるんだな」


 魔物。まあ、あの巨大な骨や、この人やあの商人たちの「戦闘」を意識したようなスタイルから何となく想像はしてたけど、やはりここはそう言った存在のいる世界だったのだ。


「守るって、そんな事出来るわけないじゃないですか。俺、戦いどころか殴り合いの喧嘩もロクにした事がないんですよ」


 俺は白く頼りない腕を指さしながら訴えたが、男は首を横に振った。


「確かに腕っ節は強いに越したことは無えが・・・誰かを守るために一番大事なのは相手のために自分の身を危険に晒す覚悟だ、それさえ忘れなければ腕力が無かろうが体が小さかろうが、守る方法はある」


「言い忘れてたが、俺はこの宿の主人のゴンドという者だ。ここは給仕に任せて、お前らは離れの酒蔵の前で待ってろ。彼女が目覚めたら呼ぶから」


 そう言うと、また宿の奥の方に戻って行った。


 俺たちは、暗い気持ちで蔵の前に向かった。魔物に襲われたらと言ったけど、もしかしたら今襲ってくる可能性もあるのだろうか・・・不安に駆られながら外を見ると、子供が何か歌らしき物を歌っていた。

 ああ、この世界にも音楽があると知ったら、あの進藤(音楽バカ)は喜びそうだな。そうだ、あいつの目が覚めたら、このことを伝えてやろう・・・

 そんな事を考えていると、ゴンドさんの「あの娘の目が覚めたぞ」という声が響いてきた。


 俺たちは足早に進藤の元に駆けて行った。まだ状況を把握し切れていないのか、キョトンとした表情を浮かべている進藤に向かって、俺は旅の商人に助けられた事を伝えた。

 さっきの歌の事も伝えてやろうと思ったが、その間もなくゴンドさんが口を開いた。


「あんたら、ここらの人じゃないようだが、どこから来たんだい?そんな若いのだけで、武器も持たずに旅かね?」


 俺がチラリと進藤の方を見ると、何かを決意したような表情をしていた。他の二人も俺と同じようなリアクションをしている。結局のところ最初に歩き出した時といい、俺たちの中で重大な決断を迫られたときに一番頼りになるのはこいつだと言う事は皆が知っているのだ。


 進藤はありのままに、自分たちが別の世界の人間な事、どうやってこの世界に来たのかという事を話した。それを打ち明けるのは、俺たち全員の総意だった。


「ふーむ、別の世界ねえ・・・俄かには信じがたい話だが・・・」


 ゴンドさんは戸惑いながらも、何とか信じてくれたようだった。


 ゴンドさんは「まだしばらくそこで休んでいるといい」と言って部屋を出て行き、後には俺たち四人と給仕さんが残された。


 俺たちは沈痛な表情で座り込んでいた。この宿にいる間はまだいいとして、ここを出たらどうなるのだろう。

 ガスべラさんが俺たちを助けられたのも、結局は護衛を付けられるくらい力のある商人だったからだろう。俺たちには何も無いのだ。


 その時、さっきの子供が歌っていた歌が外から聴こえてきた。

 俺がその事を伝えるまでもなく、進藤もそれに気付いたようだった。


 進藤は近くにいた給仕に楽器の有無について聞いた。大好きな音楽があれば、こんな世界でもせめてもの慰めくらいにはなるかも知れないと思ったのだろう。


 だが、給仕はキョトンとした表情を浮かべた。その感じからすると、どうやら「楽器」と言う物が何なのかさえ分からないようだった。

 

 進藤の落胆ぶりは傍目に見ても痛々しいほどだった。そりゃそうだろう。この世界における、せめてもの心の拠り所になるかもしれない物さえ存在しなかったのだから。

 こいつの事だから、精いっぱいショックを受けたのを悟られないように振舞ってるつもりなのかもしれないが・・・こいつがそんな器用に感情を抑えられる奴じゃないことは、俺が良く知っている。


 そんな事を思っていると、ゴンドさんが「ずっとその服のままもなんだろうと思ってな」と言って衣装箱を部屋に持ってきた。大きさはゲームに出てくる宝箱くらいだったが、年季の入った、いかにも重そうな代物だった(ゴンドさんは軽々と運んでたけど・・・)。

 ゴンドさんも忙しいのか、箱は部屋の入口の近くに置かれ、ベッドにいた進藤は戸惑いの表情を浮かべていた。

 

 その時思った。この、気絶から覚めたばかりでなおかつ精神的にショックを受けている女子に、いつまでもこんな顔をさせていいのか俺は?

 考えたら、俺はこちらの世界()()まだ何も真剣にやっていない。


 俺は、箱の前まで歩くと側面を持って進藤の前まで運ぼうとした。

 やはり箱は思った通り・・・いや思った以上に重く、すぐに手はプルプルと震えだした。

 

 俺だって腕力に自信があるわけじゃない。でも今、○○をやっておけば良かったなんて言っても始まらないじゃねえか。


 何とか目の前まで箱を運んだ俺を見て、進藤は驚いたような表情を浮かべていた。

 俺は、極力苦しい所は見せないようにして「何驚いた顔して見てんだよ。こっちは何度もティンパニを4階まで運んでんだ、これくらい余裕だよ」とこいつに言ってやった。


 どうだ、いつも煽ってばっかいるけど、ちょっとは俺の事見直したかよ。

 俺は、荒くなる息と手の痛みの中でさっきのゴンドさんの「自分の身を危険に晒す覚悟さえ忘れなければ腕力が無かろうが体が小さかろうが、守る方法はある」という言葉を思い出していた。


 きっと、これが俺のこの世界で生き抜くための第一歩だ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 あの夜から一晩明けて、昨日アゼルファルスが言っていた祠に向かう途中、俺はこの世界に来た日のことを思い出していた。

 あの時ゴンドさんはああ言ったけど、結局のところ、腕力が無ければ誰かを守れないこともあるという事は旅の中で嫌というほど思い知らされた。

 それは、きっとこの世界だけじゃなくて元の世界に戻ってもそうなんだろう。

 それでも、俺は元の世界に帰ろうとしている。

 

 俺は、前を歩いていたエスランさんに語りかけた。


「その・・・少しだけとは言え、俺を鍛えてくれてありがとうございました。本当はもっと稽古つけて貰いたいんですけど・・・」

「・・・確かに、君は体力という意味ではまだまだだな」


 エスランさんは、帰宅部と文化部で育った体に申し訳程度に筋肉を纏った俺を見て言った。


「だが、所詮その程度の事。君なら大丈夫だ」


 それが、何かすごい才能を秘めているという意味ではない事は俺にも分かったが、その体力の無さを補うのが勇気なのか、知恵なのかは俺にも分からなかった。


「何か、昨日と顔つきが変わったな。昨日の夜()()あったのか?」


 アデスさんが俺の顔を覗き込んで言った。


「はわっ、べ、別に何も無いっスよ」


 昨晩のあの出来事を思い出して、俺は慌てて否定した。

 あの後、月山はどうなったのだろう。そう思って彼女を見ると、まったく何事もなかったように今まで通り明るく振る舞っていた。本当に気丈な子だと思う。

 進藤は・・・と見ると、やはり特に変わった様子はない。でも、昨夜のことでこいつにも何らかの変化が生まれてるんだろう。そう信じたい。


 やがて、俺たちは祠まで来た。積まれた石をどけて行くと、アゼルファルスの言う通り、そこには柔らかな輝きを放つ石があった。


(魔石を受けとったね。この石を通して私と交信できるようにしてあるから、私の元まで持ってくるんだ)


 頭にアゼルファルスの声が聞こえてくる。これで、長かった旅もようやく終わるんだ・・・


 俺たちは石を手に取って歩き出そうとした。


 その時だった。突然、耳に轟音が響き渡ってきた。


「何だ!?」

 

 続いて、俺たちを爆煙が包みこんだ。


「くっ・・・、敵か!」


 エスランさんが叫ぶ。


「そんな、魔物はここに入ってこれないはずじゃ・・・!」


 煙の向こうから、男の声が響いてくる。


「おいおい、敵が魔物だけだなんて誰も言ってねえぜ?」


 煙がゆっくりと晴れて、声の主が姿を現してきた。


「てめえは・・・ガルナレアの町のアクルム!」


 魔物とも戦ってきた。悪魔の罠も切り抜けてきた。でも、一番恐るべき存在は一番身近にいるという事に、俺たちはようやく気づかされたのだった。

(つづく)

 



 

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