#55 カルテット(GIRLS SIDE)
(承前)アデスたちのパーティーとエスランたちのパーティーが別行動を開始してからしばらくの後。
「なんで一条寺をこっちに連れてこなかったんですか?正直・・・私たちの方が力も体力もまだマシな感じなのに」
香織が先頭を歩くエスランに問いかけた。
「もしもの時のために、治療ができる者は二手に分けた方がいい。こっちにはもうスナリアがいたからな。瑠衣も、アデスから貰った本を読んでるから簡単な応急措置くらいは出来るだろう」
「本当にそれだけですか?」
「・・・もし瑠衣の心が折れてしまった場合、立ち直らせるのは私たちでは無理だと思ったんだ。私は女を軽く見る男は嫌いだが、確かに男同士でないと通じ合えない何かというのは有ると思うよ」
エスランさんは「男同士でないと・・・」と言ったけど、きっとそれは須賀先輩だからこそ出来ることなんだと、後ろにいた桃華は思った。
昨日のパルスラさんの事といい、須賀先輩には、何か人を奮い立たせるような力がある気がする。
「凄いよね、須賀君」
その心の中を見透かしたように椿が話かけてきたので、桃華は驚いて思わずのけぞった。
椿が仲間に加わってかなり経つにもかかわらず、未だに桃華は彼女のことが苦手だった。彼女が来てから香織と居られる時間が減った・・・と言うのもあるが、椿の性格のもたらす「圧」が内気な桃華には耐え難かったのだ。
「もう、桃華ちゃんを怖がらせちゃダメじゃない」
「アハハ、ごめんごめん」
軽く笑いながら香織が割って入ってきて、桃華は内心でホッとして胸をなで下ろした。同じ快活なタイプでも、彼女には自分を包み込むような暖かさがあるように感じる。
椿だけではない。この世界に来てからというもの、香織は哲太と一緒にいる時間が増えて、自分といられる時間は減っていると感じていた。
でも、今はいい。最悪先輩が部活を引退した後でも、また一緒に音楽をする機会はあるし。
そのためにも、早く元の世界に戻ろう。そう桃華は思った。
やがて一行がしばらく歩くと、前方に小さな洞窟が見えてきた。
「もしかしたら、頂上の方に抜ける道があるかもしれない。このまま外を歩き回っていてもらちが明かないし、思い切って入ってみよう」
エスランのその言葉を聞いて一行は足を踏み入れた。何だか、進藤先輩と須賀先輩と一緒になって洞窟を進んで行った時みたいだな、と桃華は思った。
中は落石が目立つが、何とか全員通れそうだった。
「私が前に出て石をどかそう。誠矢は後ろで守って、スナリアは万が一の時の治療役として必要だから、香織が松明を持つんだ。残った桃華と椿は念のため私の後ろで落石がないか見張っていてくれ」
椿と一緒に行動することに桃華は不安を隠せなかった。思わず心配そうに香織を見つめる桃華を、香織は「大丈夫。私が道を照らしてるから。だから前はお願いね」と諭した。
一行はエスランを先頭に歩き出した。暗い中を、香織が持つ松明の灯りを頼りに手探りで歩いていく。
桃華はその不安に苛まされ、元々少ない口数がさらに減って行った。一方の椿は、こんな状況でもずんずんと前に出て、時には後ろの桃華たちに声を掛けながら歩いていく。
やっぱり、この人は私みたいな人間とは精神的に違うんだと桃華は思う。
椿が何か話しかける度に、桃華は過剰なまでに驚いた。元々桃華は非常に耳がいい上、狭い洞窟の中では声が地上とは違った異様な響き方になる。
「ちょっと、私が話しかけるたびにそんなビビってたら話にならないよ」
そう言う椿を、香織が制する。
「ごめんね椿ちゃん。桃華ちゃん、そういう言い方苦手みたいだから・・・」
香織にそんな風に謝らせてしまった事を情けなく思ったが、それ以上に彼女のことを頼もしく思った。
腕力は私たちより弱いかもしれないけど、進藤先輩はやっぱり凄く強い人なんだ。そう桃華は思った。
やがて、一行が歩いていくと道が上方へと続く坂になっていた。上部まで松明の光が届く気配は―――ない。
「もしかしたら山の頂上へと続いているかもしれないな。まず私が行ってみよう」
しばらくすると、上方の暗闇からエスランの声が聞こえてきた。
「どうやら私たちでも登れそうだぞ。皆も続いてくるんだ」
それを受けて、椿も上に登っていく。
だが、次に続くはずの桃華の姿はそこには無かった。
「先輩、怖いです…」
香織の服の袖を掴みながら桃華は言った。
ほとんど何も見えない中、足場の悪い坂道を進まなければならないし、エスランが居てくれてるとは言え落石などの危険もないわけではない。まして、自分と一緒に登るのは苦手意識を持っている椿だった。
「行こう、桃華ちゃん。二人とも桃華ちゃんを待ってるよ」
香織のその言葉を裏付けるように、暗闇の中から桃華を呼ぶ声が聞こえてくる。
だが桃華は、さらに続けた。
「私、先輩と離れて進むのは嫌です。本当は、ずっと先輩と一緒にいたい・・・」
香織は大きく息を吸い込むと、桃華の肩に手を置いて話し出した。
「いい?桃華ちゃん。よく聞いて。私も、ずっと桃華ちゃんと一緒にいられるわけじゃないの。それはこの世界にいる時だけじゃなくて、元の世界に戻ってからもそう。・・・私は、高校を卒業したらもう音楽は辞めてしまうの」
桃華の驚きをよそに、香織はさらに続けた。
「・・・だから、桃華ちゃんもこれからは私に頼ってばかりいてはだめ。私に残された時間も限りがあるの。私が・・・私が一緒に居たいのは・・・」
言いづらそうに口ごもる香織の言葉を遮って桃華は言った。
「・・・分かりました。もう良いんです、先輩」
その続きを私に言えば、きっと先輩に辛い思いをさせてしまうから。
桃華は香織に背を向けて歩き出した。
私は馬鹿だ。先輩も怖くないはずなんてないのに。みんな・・・須賀先輩も一条寺先輩も月山さんも必死に今を生きようとしてるのに、私はこの先の、あるかどうかも分からない希望にすがって。大体、未来なんて私が今しっかりしないと訪れないじゃないか。
桃華は香織の手を見た事がある。トランペット奏者特有の、何度も小指が指かけに押し付けられてタコが出来ている手。これほどまでに打ち込んだ吹奏楽を自ら辞めるとは、一体どれほどの葛藤があるのだろう。自分には想像もつかない。
そんな先輩を支えられるのは、きっと須賀先輩しかいない。「弱い」自分には無理だ。
―――あんなに強い先輩が、須賀先輩のことを求めるという弱みを自分に見せたのは、それだけ自分を信頼しているということ。
そして、弱い者が持っているのもきっと弱さだけではない。
桃華は椿の後ろまで来た。
「お待たせしました。行きましょう、月山さん」
「・・・どうする?怖いなら、私の後ろから付いて行く?」
「いえ。その必要はありません」
桃華は、暗闇の中で椿が少し微笑んだような気がした。
そして、一行は暗い中登り坂を上に向かって歩き出した。
桃華は、椿の助言をしっかり聞きながら暗い中を登って行った。さっきまで自分を苦しめていた耳の良さも、腹を括ってみると自分にプラスした。そして、時には自分も、椿や後ろにいる香織たちに声を掛けて行った。
後ろにいるであろう香織に声を掛けたときは、しっかりと「ここにいるよ」という声が返ってきた。以前行った洞窟では手を繋いで行った香織が自分の後ろを歩いていることに、桃華は不思議な気持ちとある種の誇りのような物を感じた。
そうやってしばらく進んでいくと、周りの空間がほんの少しではあるが明るくなってきたような気がした。
「見るんだ。やはりこっちには外への出口があるようだぞ」
エスランが指差した方を見ると、確かに道の先には穴があり、そしてうっすらとだが空のようなものが見えていた。
あそこに行けば、哲太たちと合流できるかもしれない。そして、山の頂上へと行けるかもしれない―――
一行は、穴の方に向けて歩みを進めていった。
穴の前まで来てみると、穴は小さく、何とか一人が出られるぐらいの大きさしかなかった。
まずエスランが穴から出て、外の様子を確認する。
そして、どうやら出ても問題なさそうだったので続けて桃華たちも出ようとした、その時だった。
桃華は、持ち前の鋭い音感で何か異様な音を感知した。
やがて、音はだんだんと大きくなってくる。
落石―――どうやら、どこかの壁か天井から落ちてきた石がこちらに向かって転げてくるらしかった。
道は下り坂になっている。このまま行くと、後ろの先輩にぶつかるかも・・・エスランさんも能登川先輩も間に合いそうにない。
桃華は、音から大体の石のある場所を感知すると、ありったけの力で受け止めた。
「桃華ちゃん!?大丈夫!!?」
「大丈夫です・・・私が受け止めているうちに、先輩は早く外に出てください・・・誰よりも早く須賀先輩のところに行かないといけないのは、先輩だから・・・」
香織は逡巡したが、その間にも桃華の腕は限界に近づいていった。
有栖川さんの所で特訓したとはいえ、所詮はただの女の子なんだ。やっぱり、私なんかじゃダメかも・・・
そう思ったとき、桃華の横から手が伸びて岩を支えた。
「月山さん・・・?」
「勘違いしないで。私は香織ちゃんに花を持たせたいなんて思ってないから。ただ、あなたの勇気に感じ入っただけだよ」
それを見ていた香織も、ついに意を決したように外に走り出した。
手は千切れそうなくらいに苦しかったが、外に出て行く香織を見る桃華には満ち足りた思いが浮かんでいた。
少し、あなたに頼らなくてもやっていける自信が出来ました。先輩。
やがて誠矢が岩を受け止め、ようやく桃華たちもこの状況から脱することが出来たのだった。
二人で外へと向かう道を歩きながら椿が桃華に語りかけた。
「あなた、『そばに居てほしい』と思う気持ちを自分の意志で経ち切ったんだ・・・」
一体何を言われるのだろうと思った桃華に椿は言った。
「・・・・・・やるじゃん」
戸惑いながら、外に出る椿を見送る桃華の後ろで岩から逃れた誠矢が言った。
「同じ、憧れる存在を持った者ならではの共感・・・」
誠矢の言うことは桃華には良く分からなかったが(まあ誠矢の言う事は大体彼女には良く分からないのだが)、椿が近い将来、何らかの自分の想いに決着を付けるであろうことは予想できた。
その結果が、彼女にとっての勝利になるのかは分からなかったが。
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結界の張られた洞窟の前で、俺は背中に伸びてくる手の気配を感じた。
俺はさして警戒もせずに、ゆっくりと振り向いた。
こんな風に無遠慮に手を伸ばしてくるのは進藤しかいないと思ったからだ。
「よっ、須賀。また一緒になっちゃったね」
「もう少し、いろいろ見つけてからにしたかったけどな」
俺は、つとめてさっきまで苦しかったことを悟られないように振る舞った。一条寺たちの頑張りを無駄にしたくない・・・というのもあったが、結局一番は、こいつに格好悪いところを見せたくなかったというだけだ。
「それはそうと見ろよ、あの洞窟。絶対に何かあるに違いないぜ」
「みんな集まってきたな」
アデスさんが言った。
「あの格子だがな、どれだけ押してもビクともしない。あれは魔法が掛かっているに違いない。それでさっき周囲を見ていたんだが、あの岩場の裏側に何かの絵の彫られた岩が散らばってるのと、明らかに人工的に作られた窪みを見つけた。どう見ても絵に合わせて岩をはめ込むと結界が解ける仕掛けだが・・・ひとつ問題がある」
「問題?」
「相当昔に作られたものなんだろう。所々彫物の模様が見えなくなっている所がある。これを並べるのは骨が折れるぞ・・・」
俺ははたと気付いた。
「あの・・・別に絵にこだわる必要はなくて、要は岩を正しい並べ方ではめ込めばいいんですよね?たぶんそんな均等な形ではないだろうから、うまく岩の形を見ていけば・・・」
「!そうか・・・あの遺跡の隠し部屋を見つけた時のようにすれば・・・!」
皆の視線が俺に注がれる。
そう、皆と同じように俺にもあったのだ。部活を続ける中で身に付いた、俺だけの力が。
あの遺跡の時はこんなパッとしない能力が身に付いたことに戸惑ったけど、今は、それがほんの少しだけ誇らしく思える。
俺は疲れた頭を奮い立たせるようにして仕掛けの方に行くと、岩の形を見ていき、そして皆と力を合わせて並べていった。
岩をすべてはめ終えた。俺たちは洞窟への入口のほうに向かった。結界は解ける様子はない。
いや、もしかしたら解けるまで多少時間がかかるのかもしれない。俺たちは固唾を飲んで見守った。この世界に来てからと言うもの、神も仏も信じられなくなっていたが今ばかりは神に祈りたい心境だった。
―――やがて、ゆっくりと洞窟にはめ込まれていた格子が開いて行った。
当然のことながら、俺たちは一斉に歓声を上げた。
「すごい、すごーい!」
「天才か、お前は」
こんなにも大勢の人に褒められる経験などほとんど無かったので、俺は気恥かしさを覚えた。
「と、とにかく中に入ってみましょうよ」
「まさか、この洞窟を通り抜けたら魔王が待ち構えてたりしないだろうな」
俺は洞窟を進みながら呟いた。
「そんなの、行ってみないと分からないじゃない。今さら後戻りなんて出来ないでしょ」
まあ、進藤ならそう言うだろうとは思ってたが。
「まあ今のは冗談だけどよ、何か話が出来過ぎてないか?楽器には、ご丁寧にはっきり分かる形で自分の力を込めて。神鳥という移動手段もちゃんとあって。今だって、こうやって通路を用意して。まるで、俺達を招き入れてるみたいな・・・」
いや・・・RPGのお使いイベントじゃあるまいしやっぱり考えすぎかもしれない。
まあいい、進藤じゃないけどこの先に行けばきっと分かることだ。
そうして、俺達は洞窟の外に出た。
さっきまでのゴツゴツした岩場とはうって変わった、なだらかな空間がそこに広がっていた。
(つづく)
「アデスから貰った本」→28話「船出のクレッシェンド」参照。
「洞窟を進んで行った時」→17話「早坂桃華の場合」参照。
「遺跡の隠し部屋を見つけた時」→24話「大魔戦役・300年の謎」参照。
P.S.本筋には関係ないし、皆すぐに気付くことかもしれませんが、メインキャラ4人の下の名前の最初の文字を並べると「か・る・てっ・と」になります。