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#54 カルテット(BOYS SIDE)

 俺たちは、神鳥に運んでもらって禁封の峰の頂上近くまで来た。この先の切り立った峰の頂上に、きっとアゼルファルスがいるはずなのだ。


 辺りは静かで、大きな動物の気配は感じられなかった。アデスさんによると、この高さまで来ると魔物も含めて生物はほとんど登って来られないらしい。

 ・・・と、言うことは当然俺たちにとっても過酷な環境だ。


 辺りは一面荒涼とした岩山で、距離は短いもののかなり急な斜面も所々にある。気温もさっきまで居た地上とは比較にならないほど寒い。つまり、元の世界の高山となんら変わりない環境だった。

 

 とりあえず、寒さはアデスさんの防護壁(バリア)の魔術で凌げたものの、道自体の険しさは如何ともしがたかった。というか、そもそもどの道を進めば目的地である頂上にたどり着けるのかも分からなかった。


「誰かが登れるようにしてあると考えるのが自然だろう。万が一魔王に復活の兆しがあれば、アゼルファルス一人では止められるか分からないからな。どこかには頂上へと続く道が隠されているはずだ。」


 アデスさんが言った。なるほど、確かにその通りだ。

 ・・・しかし、じゃあその道と言うのはどこにあるんだろう。


「とりあえず、二手に分かれて探してみよう。辺りをくまなく探せば頂上に続く道も見つかるかもしれない。ある程度探してみて、またここに戻ってくればいい」


 アデスさんの提案で、アデスさんは険しい岩山の道、エスランさんは比較的なだらかな道を行くことになった。

 そして、ドッジボールのチーム分けのようにお互いが連れていくメンバーを選んでいく。


「やっぱり、俺としてはヤズゥがいると心強い」

「念のため、遠距離攻撃が出来る者がほしいから私は誠矢を連れていきたい」

「だったら、俺は椿を連れていきたい」


 そうアデスさんが言ったが・・・そんな険しい道に月山さんを行かせるのはやっぱりマズいだろう。俺の方が強いか・・・はともかくとして彼女も女子なわけだし。

 

「アデスさん!月山さんの代わりに俺が行きます!」


 俺がそう言うと、月山さんは一瞬驚いたような表情を浮かべたがすぐに笑顔になって、


「じゃあ、任せたよ須賀くん」


 と言って力強くハイタッチしてきた。それを見たエスランさんとアデスさんも、「ああ、いいぜ(よ)」と言いながら笑顔で顔を見合わせる。

 一体、月山さんは何故あんなに嬉しそうなんだ・・・とジンジン痛む手を見ながら俺は考えた。

 

 やがてメンバーも決まって行き、最後に残ったのは、やはり・・・と言うべきか一条寺だった。

 

 「瑠衣は・・・俺たちの方に加わってもらうか」

 「・・・だな」

  

 意外だった。一条寺はてっきりなだらかな方の道に回されると思ってたのだが。見ると、あいつも戸惑ったような表情を浮かべている。自分自身険しい方の道に行くとは思ってなかったのだろう。


 これで、俺達のチームは、アデスさん、ヤズゥさん、俺、一条寺となった。向こうの方に比べて人数は少ないが、アデスさん達は他のメンバーに険しい方の道はキツい(エスランさん、先輩、月山さんはともかくとして・・・)と判断したのだろう。


 一条寺はまだ狐につままれたような表情をしていた。

 こっちの道に回されたという事はアデスさん達はあいつに何らかの役割を期待してるのだろうけど、正直あいつの体力で俺たちについて行けるのかは疑問だった。


 実際のところ、あいつがブギーマンに襲われて以降、腕立てや腹筋とかのトレーニングを頑張ってたのは知っている。きっと、以前より強くなってはいるだろう。

 しかし、いくら「頑張った」とは言っても、周囲のレベルに付いて行けなければ容易に命を落とすどころか、仲間まで危険に晒しかねない。

 俺たちは今、そういう世界に生きているのだ。


 とにかく、今はあいつの力を信じるしかない。



 俺たちは岩山を上に向かって歩き出した。

 案の定、一条寺の息はすぐに荒くなり、足取りを緩めたり、時には斜面を一条寺の手を引いて登ったりしながら俺達は歩いて行った。


 息を切らしながら一条寺は俺に語りかけてきた。


「すまない・・・僕のために無理をして・・・。さっきも・・・自分から月山さんに変わったけど・・・お前は・・・怖くないのか?」

「・・・ぶっちゃけ怖くないと言ったら嘘になるよ。でも、月山さんがこっちの危ない方の道に行くと言ってるのに、男の俺があっちに行くわけには行かないだろ」

「そうか・・・。俺はあの時そんな事を考えられなかった・・・。凄いなお前は・・・」


 俺としては当たり前の事をしただけだと思っていただけに、思いもよらない事を言われて戸惑った。確かに、怖いのは俺も同じだったとはいえ、あいつの力でそれをするのはより勇気の要ることなのかもしれない。


「・・・でも、お前だって凄いヤツだって思ってるよ。お前の頑張りがなかったら、ブギーマンに襲われた時だって切り抜けられなかったしさ」

「・・・・・・」

 

 それも、俺の本心だった。



 それからしばらくの後。歩くにつれ、俺も少しづつ息の切れが激しくなってきた。

 アデスさん達を見ても、俺ほど苦しんでいる様子はない。そんな事を考えているうちに、一条寺以上に俺の息遣いは荒くなってきた。

 そして、ついに俺は歩けなくなってしまった。


 俺たちは道が比較的平坦になっている場所を選んで休息した。


「高地だからな・・・」


 そうアデスさんが言った。


「それだけ息もしにくくなるだろう。まして、哲太は()()()()()()()()()()()一番体力の消耗も激しかったからな。取り敢えずここで休もう」


 沈痛な表情で一条寺が言った。


「すまない。僕なんかのために・・・。やっぱり、僕みたいな足手纏いがこっちに来るべきじゃなかったんだ・・・」

「うるせえ・・・誰もお前のせいだなんて思ってねえよ・・・。つーか・・・()()お前本気でダサいぞ。皆より強いとか弱いとか関係ねえ・・・皆()()()力を必要としてるんだよ」


 俺がこんなにもイラつく理由は分かっている。賢く自分の力をわきまえたフリをして、自分の「出来ないこと」から逃げる今のこいつは、この世界に来る前の・・・俺の大嫌いな俺と同じなんだ。


「で、どうする?このまま引き返すか?」


 そのアデスさんの言葉を聞いて、俺は立ち上がろうとした。

 エスランさんどころか、月山さんにも俺は勝てないかもしれないけど、進藤の前で、何も見つけられないで帰ってきましたなんて格好悪いところを見せてたまるか。


「もちろん・・・行くっスよ・・・」


 そう言って立ち上がろうとしたものの、身体に力は入り切らず、俺は足をよろめかせて倒れそうになってしまった・・・


 が、その時俺の肩を掴む手があった。

 俺は振り向いた。


「・・・一条寺?」

「しっかりしろ。僕がついているから、一緒に進もう」

「・・・でも、大丈夫なのか、お前・・・?」

「大丈夫だ。・・・と言い切ったら嘘になるかもしれない。でも、今のお前を見てたら僕もお前みたいに意地を張ってみたくなったんだ。もちろん、僕に出来ることなら手当てもする。進藤さんの前でそんな苦しそうな顔を見せるわけには行かないだろう?」

「・・・・・・」


 きっとこいつは、俺みたいに「なれない自分」と心の底では「なりたがっている自分」がいることを認め、少しでもそんな自分を乗り越えようと努力することを決めたのだろう。俺が進藤に対してそうしているのと同じように。


「ヘッ・・・そうだな。じゃあ、頼むぜ・・・」


 それからしばらくの後。休息と地上から持ってきていた薬草により、俺の身体も少し落ち着いてきた。


「・・・よし、それじゃあ行くか・・・!」


 と威勢よく言ったが、俺は一条寺に右肩を、ヤズゥさんに左肩を貸してもらって歩き出したのだった。

 その時、一条寺の腕が見た目よりも硬く引き締まっていることに俺は気付いた。本人が意識してるかは分からないが、きっとずっとトロンボーンを持っていた経験の賜物だろう。


 ・・・待てよ。トロンボーンの経験、か・・・

 俺はヴァンプマッシュルームに襲われた時やこの前川を渡った時のことを思い出した。

 

 そうだ・・・こいつにも、一つだけ体力的に俺より上回ることがあるじゃないか。


「なあ、お前腹式呼吸出来るだろ?大きく息を吸いながら歩いてみたらどうだ?」


 俺はすでに呼吸が荒くなりつつある一条寺に言った。


「・・・!なるほどな・・・。大きく息をすれば、高所でもそれだけ酸素を多く取り込める・・・!」


 一条寺は大きく息を吸いながら歩き出した。さっきまでフラついていた足取りが少しづつ力強くなってきた。

 よし、思った通りだ。見ると、さっきより呼吸も楽そうになっている。

 あのブギーマンの時のように、またこいつの頑張りが自分も、そして俺も救ったのだ。


 そのまま俺たちはゆっくりとだが歩いた。さっきまでと比べると傾斜もマシになってきた。これなら、今の俺たちでも進藤達との合流の時間ぐらいまでは歩けそうな気がする。


 だが、そんな希望を抱いていた俺たちの前に文字通り大きな壁が立ちはだかったのだった。


 道の先には、そこそこ急な角度の岩場がそびえていた。他に上まで登る道はありそうにない。かろうじて手足を掛ける場所はあるものの、この上に誰かを引き上げるのは万全な時の俺でも無理だろう。


 万事休す・・・か?


 まずアデスさんが先に登り、次にヤズゥさんが登って俺の片方の手を持って引き上げようとした。しかし、それに加えて下から持ち上げる力がないと俺の体は上に上がりそうになかった(自分で言うのも何だけど・・・)。


「・・・・・・」


 黙って何かを考えこんでいる一条寺に俺は言った。


「もういいよ、無理して持ち上げなくても。お前はよく頑張ったよ・・・」

「『よく()()()()』じゃ駄目なのはお前が教えてくれた事だぞ須賀・・・。大丈夫だ。息はまだ続く」


 息は続く?さすがの俺もわけが分からない。一体何を言ってるんだコイツは?


 一条寺は持ち前の肺活量で大きく息を吸うと、ヤズゥさんの俺を引き上げる動きに合わせて、


「おおおおおっ!」


 と叫んで俺を持ち上げた。

 俺の体は勢いよく岩場の上まで引き上げられた。


「すげえ・・・お前こんなに力あったのかよ」

「ああ・・・。叫びながら力を出すと、普段より力を引き出せると以前聞いたことがあるんだ」

 

 そう言われて、俺の頭に以前何かのスポーツの番組で観た光景が甦った。 


「ああ、ハンマー投げの選手とかがやってるみたいな・・・」


「でも、僕ももう体力が限界だ・・・」


 そう言って倒れそうになった一条寺をアデスさんとヤズゥさんが上から引き止めて、こいつも上に上がったのだった。



 それから俺たちは、岩場の上で体を休ませた。そんなに長い時間ではなかったかも知れないが、俺には永遠のように長く感じられた。


 ようやく普通に立って歩けるまでに回復したので、俺は一条寺に語りかけた。


「有難うな。・・・やっぱ凄え奴だよ、お前は」

「・・・いや、今のはお前が教えてくれた火事場の馬鹿力という奴だ。・・・こっちの世界に来てから、お前にはいろいろ教えられてばかりだな」

「・・・俺は必死にできる事を頑張ってただけだよ。お前だってそう・・・いや、俺よりずっと前からな」


 一条寺は、少し柔らかな表情になった。

「・・・だな」


 そう言うと、俺は上体を起こしている一条寺に向かって右の拳を差し出した。一条寺は、一瞬僕がこんな事をするなんて、とでも言うような戸惑った表情を浮かべたが、すぐに軽い笑みを浮かべて左の拳を差し出してきた。

 そして、俺たち二人は軽く拳を突き合わせた。



「おう、起きてたかお前ら」


 周りを探っていたらしいアデスさんが近づいてきた。俺はさっきの行為を見られてたかと思い、何となく気恥かしさを覚えながら振り返った。


「な、何スかアデスさん」

「ああ。ちょっと、あっちの方を見てみろ」


 アデスさんの指差した方を見ると、岩山の中腹に小さな洞窟らしき場所があり、その入口に厳重に格子のような物がはめ込まれていた。


「これは・・・何かの結界、ですか・・・?」


 そう言う俺の背中に、誰かの手が伸びてきた。

(つづく)






「ブギーマンに襲われて以降」→#41「少年、苦悩を突きぬけて歓喜に至れ」

「ヴァンプマッシュルームに襲われた時」→#22「恐怖の吸血菌(後編)」

「火事場の馬鹿力という奴だ」→#48「再会(前編)」


P.S.毎度の事ですが、実際に高山に登るときはこれを鵜呑みにせず、ご自身で対策をお願いします。

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