#52 神の翼(前編)
突然俺たちの前に現れて「あなた達、冒険者よね?」と声を掛けてきた少女。
訳も分からないままその言葉に俺が頷くと、少女はパルスラと名乗り、さらには自分の家に案内すると言い出した。
チラリとアデスさんの方を見ると、無言で首を縦に振るようなリアクションをしている。
結局、どこに行くアテも無いので俺たちはこの少女の言葉を信じて家に向かう事にした。
道中、何人かの村人がずっと年下のはずのこの少女にうやうやしく挨拶をしていた。心なしか、村人たちの俺たちを見る視線も、さっきまでの冷たさが感じられなくなってきた気がする。
「着いた。ここよ。あ、両親とは別々に暮らしてるから気を遣わないでいいよ」
俺たちはパルスラに連れられて家に入った。
家の中には、古代文字(?)か何かが書かれた柱や金色に輝いた鳥の像が置かれている。
妙といえば妙だ。こんな年端も行かない少女が一人で暮らしてる家なのに、さっきの長老の家よりも内装が豪華に見える。
妙な事はもうひとつある。そこそこ暑いのに、彼女はまるで冬場にでも着るような長袖のローブを着ていた。
パルスラは俺たちを家の奥の広間に案内すると、皆にハーブティーを振舞ってくれた(さっきの長老の家では何も出なかったのに)。
どうやら、俺たちに敵意を持っていない事は間違いないようだ。
皆が席に着くとパルスラは改めて名乗り、俺たちも今までそうしてきたように一人ずつ名乗っていった。
「ごめんね。ここの大人たちみんな頭が固くって。私は、前から*◆■ΘΔ▼を神事の時だけじゃなくて、外の人たちでも本当に困っていれば使わせてあげられたらいいのにって思ってたんだけどね。私にはこれくらいのもてなししか出来ないけど、聞きたいことがあれば出来る範囲で答えるわ」
「その*◆■ΘΔ▼というのは神鳥族のことか?」
ハーブティーに口を付けながらアデスさんが言った。
「ああ、外の人たちはそう呼んでるわね。その名を知ってるのは私と長老の周りの人くらいよ」
「神鳥族の呼び出し方を知ってたら教えてほしいな」
いざという時には礼儀も気遣いも吹っ飛ぶ進藤がパルスラさんに迫った。
「残念だけど、外の人がたとえ呼び方を知っても、呼び出すことは出来ないわ。呼び出すのは特別な血筋の者じゃないと出来ないの」
「それが、さっき長老たちの言ってた『翼の御子』というわけだな」
アデスさんは俺も忘れそうになっていた言葉を持ち出してきた。ゲームと同じく、ちょっとした会話からヒントを掴むのは冒険者にとって重要な資質なのだろう。
「そう。そこまで知ってたのね。でも、残念だけど、御子でも外の人に協力的な者は誰もいないわ」
「・・・・・・」
俺たちの間に澱んだ空気が流れる。せっかく協力してくれそうな人が見つかったと思ったのに、茶でもてなされて終わりなのだろうか…
「しかし、なぜ君は余所者の私たちにこんなに親切にしてくれるんだい?」
場の空気を切り替えるようにエスランさんがパルスラさんに問いかけた。
「・・・あまり気持ちのいい話じゃないわよ?あ、分かってると思うけど外でこの事を不用意に話さないでね」
そう前置きしてパルスラさんは話し始めた。
「遠い遠い昔、私たちのご先祖様と彼ら・・・あなた達の呼び方に倣って神鳥族と呼ぶわね・・・は今とは別の場所で暮らしていて、良好な関係を築いていた。その頃は、今と違って彼らも人前に姿を現すことも結構あったそうよ」
「ところが、それが崩れたのが大魔戦役の時代。どこからか神鳥族の噂を聞きつけた王国の使者が、ご先祖様たちのいる地にやってきた。もちろん、魔物と戦うのに神鳥族の力を借りるためにね。彼らが元来戦いを好まない種族だという事を知ってた里の長はそれを拒んだけど、そしたら次は軍隊を寄越してきて、従わなければ里に火をかけると迫ってきた。それでも長は拒んだけど・・・その後はもう分かるわよね。王国側にしても、自分たちの国や町、大切な人を守るためだったんだろうけどね」
暗澹たる気持ちになる。今まで大魔戦役については、何となく人間側=正義、魔物側=悪みたいに捉えてたけど、少なくとも「正義」なんてものはどちらにも無かったんじゃないかと思えてくる。
「そして、神鳥族たちはそんな姿を見て、人間たちを見限って今私たちがいる、深い谷の奥に隠れていった。ご先祖様の数少ない生き残りも、それを追いかけて谷の中に身を隠した。それが今私たちのいる里の始まりよ」
「そして今では、神鳥たちも再び争いに巻き込まれるのを避けて人前に姿を見せなくなった。・・・どういうわけか、今でも年に一度の神事の時には神鳥も姿を現すんだけどね。私たちの中にも、一世代に何人か、遠いご先祖様の血を受け継いで神鳥と心を通わせる力を持った者が現れる。それが『翼の御子』というわけ」
「いまいち要領を得ないな。それは、あんたが俺たちに親切にすることとどう結びつく?」
アデスさんが問いかける。
「私の先祖が、その王国の兵と里の娘が結ばれて出来た子供だったのよ。もちろん二人は引き離されてしまったけど、その子孫である私が里と外の世界との架け橋になる。素敵じゃない?」
「・・・その目的を通すために、翼の御子という立場は都合がいいってわけか」
アデスさんが言った。
「なぜ私が?」
「とぼけるなよ。あんたみたいな若い娘が長老よりいい暮らしをしてるなんて、何らかの神聖な存在として敬われているぐらいしか考えられないだろう」
「・・・・・・その通りよ」
何故自分の立場を隠してたのかは分からないが、きっと、俺たち全員が心の中で快哉を叫んだに違いない。ついに・・・ついに、禁封の峰にたどり着くまであと一歩という所まで来たのだ。
俺たち全員の気持ちを代弁するようにアデスさんが言った。
「率直に言う。あんたの力が借りたい。俺たちは、禁封の峰まで行かなければならないんだ」
「禁封の峰ですって・・・?」
パルスラさんは驚いた顔を見せたが、やがて俯きながら言った。
「何か、相当な事情がありそうね。あなた達の覚悟は分かったわ。・・・でも無理よ」
「何故だ?」
「それは・・・これよ」
そう言って、パルスラさんはローブの袖をまくって腕を見せた。
細い。
単なる痩せではなく、まるで健康な人間のものとは思えないような・・・
「病なのよ。神鳥を呼び出す時に捧げるのは御子の生命力。弱った体で呼び出せば、神鳥に襲われてしまいかねないわ」
「しかし、君は外も出歩いていたし、私たちを自らもてなしてくれた。もう元気になっているようにも見えるが?」
そう言うエスランさんに向かってパルスラさんは言った。
「・・・ええ、そうよ。病はもう治ってはいる。長老にも、もう神鳥を呼び出しても大丈夫と言われてるわ。・・・でも、無理なのよ」
「どうして・・・!」
そう迫る進藤に向かってパルスラさんは涙声になりつつ言った。
「怖いのよ。神鳥に襲われるかもしれないのもだけど、もっと怖いのは自分の存在が否定されること。私は翼の御子という存在であることに誇りを持ってるわ。さっき言われたように御子だからこそ外の世界との架け橋になることが出来るんだし。もし神鳥を呼び出すのに失敗したら、そんな私の全てが失くなってしまうのよ。その気持ち、あなた達に分かる?」
「甘えるな」
アデスさんが突き放したような口調で言った。
「あんたにとって御子という立場がどれほどの重さか知らんが、ここで怯えているならずっとそうしてるがいい。別に、御子はあんたしか居ないという訳じゃないだろうからな」
エスランさんもドライに言い放つ。
「神鳥を呼び出せなくなった罪滅ぼしのために私たちに優しくしてるのかもしれないが、そんな怯えた心で里と外の世界との架け橋になるという夢を叶えられるとは思えないな」
「ち、ちょっと、二人とも・・・」
俺は戸惑った。まさか本気でパルスラさんを見放すつもりは無いだろうけど、これで彼女の協力を得られなくなってしまったら俺たちはどうなるのだろう。
そんな俺の心の中を見透かすように、進藤がパルスラさんに語りかけた。
「大丈夫。長老にももう出来るって言われたんだから。きっと呼び出せるよ」
俺はパルスラさんの境遇を思った。元の世界と違って、こっちの世界では生き方の選択の幅もごく限られている。こんな世界で、ずっと自分の誇りに思っていた役目が出来なくなるというのはどれほどの苦しみなのだろう。
・・・・・・
いや、違うな。
俺は、あの小屋で進藤と二人で演奏した時のことを思い出した。
好きで好きでたまらない事をやめないといけないのは、進藤だって同じじゃないか。
そいつは、自分も苦しい事を表に出さずに今でもパルスラさんの事を励まして。
俺には、この二人ほど情熱を傾けてきたことなんて無いけど。
今でも、何て言葉を掛けていいかなんて分からないけど。
・・・・・・
いや、言葉がどうとかより、俺が傍に立ってあいつらのためにしてやれる事を精一杯やるしかないんだろう。結局。
俺は、パルスラさんの前に立った。
「その、俺たちにはパルスラさんがどれだけ御子という役目に情熱を掛けてきたかなんて分かりませんけど、やって見ましょうよ。怖いかもしれないけど、俺たちがついてますから・・・」
「あなたが・・・?自分だって震えてるのに・・・?」
分かっている。戦いになるかもしれない時は怖いのはいつもの事だ。
パルスラさんは、俺たちを一通り見回した。
「・・・どうやら、皆引きさがる気は無さそうね。・・・・・・分かったわ、私ももう逃げない。やってみるわ」
「おおおおおっ!!!!!」
誰からともなく俺たちは声を上げた。
「と言っても、少し準備に時間が掛かるわ。ここに泊ってもらっていいから、明日の朝にまた集まりましょう」
そして翌朝。俺たちは、再び昨日のあの部屋に集まった。
俺たちの前にパルスラさんが姿を現した。その姿を見て俺たちの中から「おおっ!」という声が上がる。
彼女は例のローブを脱ぎ捨てて神事用のものらしい服になっていた。
「あの服はもう着ないでいいの?」
進藤が声を掛ける。
「ええ。あれを着て自分が病だという事にして、御子という役割から逃げようとしていたの。だから、もう私には必要ないわ」
「どう?久しぶりにこの服を着たけど・・・似合ってるかしら?」
「とても素敵な御子の姿だよ」
進藤の言う通り、所々痩せ細った身体が見え隠れしてるけどその姿には確かに御子と呼ぶにふさわしい輝きが宿っているように見えた。
「じゃあ、いつも神鳥を呼び出してる<飛翔の祭壇>まで行きましょう。里の土地の中だから魔物は出ないけど、長老たちに見付かるといけないから静かにね」
俺たちはパルスラさんの言葉に従って裏口から出た。そして、病み上がりの彼女に配慮しながら半日も歩いただろうか。目の前に、祭壇のような物が見えてきた。
俺は剣の柄に静かに手を掛けた。自分で言った以上は、万が一神鳥にパルスラさんが襲われそうになったら身体を張ってでも彼女を守らないといけないだろう。
「ここよ。じゃあ、これから儀式を始めるわ」
そう言って、彼女は懐から何かを取り出した。
!?
「それは、魔法の筒・・・」
「静かに!」
そう言って、彼女は静かに魔法の筒(?)らしき神具を吹いて―――と言っても、単調に一音を吹いただけだったが―――両手を天に掲げた。
「この谷の奥にまします翼の王よ、今こそ我らが願いに答えてその神威を示したまえ!」
その言葉に応じて、映画やアニメで「何か」が降臨する時のように空が暗くなってきた。
「*◆■ΘΔ▼Γ●☆Φ×・・・」
それに続いて何か呪文(?)のような言葉を唱えると、暗い空はますます暗くなってこちらに迫ってきた。
そこで俺たちは、空が暗くなったのではなく何者かによって暗くさせられたのだという事に気がついたのだった。
(つづく)
「あの小屋で進藤と二人で」→39話「合宿に行こう!(青春編)」参照。