#51 神鳥の里(簡易的キャラ紹介・最新版付き)
第四章開始です。おそらくこれが最終章になると思います。
<キャラ紹介>
【パーティーメンバー】
須賀哲太:奏南高校吹奏楽部二年パーカッション担当。この物語の(一部除く)語り手。
進藤香織:奏南高校吹奏楽部二年トランペット担当。
一条寺瑠衣:奏南高校吹奏楽部二年トロンボーン担当。学生指揮者。
早坂桃華:奏南高校吹奏楽部一年ユーフォニアム担当。
能登川誠矢:奏南高校吹奏楽部三年コントラバス担当。最初はアデス達のパーティーに所属していた。
月山椿:マーチングの名門、光進学園二年ホルン&カラーガード担当。
エスラン:異世界人。女剣士。
アデス:異世界人。魔術師。14話よりパーティーに合流。
ヤズゥ:異世界人。盗賊。以下同上。
スナリア:異世界人。回復師。以下同上。
【その他】
アクルム:何らかの目的のために哲太たちを追う男。元はガルナレアの町の鑑定屋。
アゼルファルス:かつて魔王を封印した伝説の英雄。哲太たちの異世界転移の秘密を握っている?
ある日突然、何の準備をする暇もなく異世界に飛ばされた。
それは、漫画やラノベみたいなキラキラした展開ではなく、―――いくつか得難い経験をしたことも事実だけど―――全体的には、苦しく恐ろしいことの方がずっと多い日々だった。
正直、心の中で何度神様に恨みの言葉を言ったか知れない。
少し前、ようやく俺たちをこの世界に飛ばした元凶かもしれない存在の手掛かりを掴んだ。しかも、それは神様などではなく人間だという(まあ、話を聞く限りでは「生きている」と言えるかはかなり微妙だけれど)。
俺たちは、何としてもそいつに元の世界に帰る方法を聞き出すべく、神鳥族がいると伝えられる里を目指していた。俺たちが会うべき人物のいる禁封の峰に行くには、巨大な翼を持った神鳥族の力を借りないと不可能に近いからだ。
瞬転の指輪で神鳥の里の入口とされる谷の前まで運ばれていき、そのまま谷に沿って小さな道を道なりに進んで行く。アデスさんの話では、伝承ではあと二日も歩けば神鳥族の里に着く・・・という所で思わぬ障害に阻まれた。物理的な意味で。
俺たちの前には、大きな川が横たわっていた。橋などは見当たらず、深さも相当ありそうだ。
向こう側に渡る以外に道らしい道はなく、迂回しようにも川は相当遠くまで続いている。つまり、神鳥族の里に行くにはこれを渡るしかないといった状況だ。
「これ・・・魔法で何とかなりませんか?」
俺は、淡い期待をこめてアデスさんに聞いてみた。
「まあ、出来ん事はないがむやみに魔力を消費するのは避けたい。いつ魔物が襲ってくるか分からんからな。自力で出来ることはやるべきだろう」
ああ・・・確かに、言われてみればその通りだ。
改めて腹を括ってみると、流れも緩やかだし幅も25メートルプールより短いくらいだ。頑張れば渡ることは決して不可能ではない気がしてくる。
ただ一つ・・・俺たちはみな水着なんて持ってないという問題を除けば。
確か、着衣の状態だと水着よりずっと泳ぐのが難しくなるとか何かで聞いた気がする。
戸惑う俺に向けて、エスランさんが声を掛けてきた。
「そう心配するな哲太。剣と鎧は私が持っていこう。これでかなり泳ぎやすくなるだろう」
そう言ってショードソードと革の鎧を持つと、鎧のままスイスイと向こう岸まで泳いで行った。
・・・そう言えば、ちょっと(?)普通の人間じゃなかったんだよなこの人。
「魔物の気配はしないぞ。皆も早くこっちに来るんだ」
向こう岸に上がって、エスランさんは俺たちに呼びかけた。
「ああ言ってるけどどうする?エスランさんはともかく、俺たちが渡るって言ってもかなり難しそうだぞ」
「泳ぐのが難しいなら、無理して泳がなければいいじゃん。とにかく前に進まないと始まらないじゃない」
進藤は俺の言葉にそう返すと、服を脱いで下着になった。
・・・訳はなく、大きく息を吸い込んで水の中に飛び込んで行った。
「お、おい進藤!?」
叫ぶ俺をよそに、進藤は水に浮かびながらゆっくりと水を掻いて行った。
「成程な。無理に泳がずゆっくり浮かんでいけば、着衣だと空気が服と皮膚の間に入る分、むしろ裸より浮かびやすいくらいなんだ。進藤さんがそれを意識してるかどうかは分からないけど」
一条寺が言った。
「えっ、そうなん?」
なるほど、進藤の場合は服と胸の間の空間に空気が入りやすいからその分浮きやすいのか・・・って、そうではなく。
「それに、進藤さんは大きく息を吸い込んで肺に空気を溜めてた。そうするとますます浮きやすくなる。彼女の肺活量の賜物だろう」
「みんなー、流れはそんなに早くないよ。ゆっくり進んでいけば大丈夫だよ」
岸に上がると、大して息も乱してない様子で進藤は言い切った。
昔は、泳ぎなんて俺の方がずっと上手かったのに・・・
何となく、この川の隔たりがこの数年間の俺と進藤の努力の差を表しているような、そんな気がした。
進藤に続いて、同じように早坂と月山さんも渡っていった。・・・そして。
「その・・・凄え失礼なこと聞くんだけど、お前って泳げるんだよな?」
俺は、自分も渡る気マンマンで準備運動をしている一条寺に聞いた。
「心配いらない。25メートル泳げたことはある」
「いや『ことはある』ってマグレかもしれないだろ。着衣だぞ?足つかないんだぞ?」
「・・・進藤さんたちと同じようにしたら、たぶん大丈夫だと思う」
そうして、俺がハラハラしながら見守る中、一条寺は進藤たちがそうしたようにゆっくりと水の中を進んでいった。向こう岸に近付いたところで水を掻く力が尽きそうになるも、月山さんが伸ばした木の棒に掴まって何とか渡りきったのだった。
「須賀君も早くこっちに来なよー」
こちら側に残された俺に、月山さんの声が飛んでくる。
「アイツの事だから、女子と一緒のやり方で渡るのは格好悪いとか考えてるんでしょ」
小さく、進藤の声が聞こえてくる。
うるせえな・・・その通りだよ。
しかし、格好よく泳ごうとして溺れたりするのはもっと格好悪いし・・・それに、そうなったら進藤たちも悲しませるだろうし。
ええい、もう何度も皆の前で格好悪いところを見せてきたんだ。今さら格好付けてなんになる。
俺は、皆と同じように大きく息を吸い込むと、水の中に飛び込んだ。
・・・ところで気が付いたけど、そもそもこのやり方で俺も渡れるのか?
まだ少ししか進んでないのに息が切れそうになる。やはり、努力の差だけではなく肺活量では管楽器組には敵わない。
何度か顔が水に浸かったが、その度に顔を上げて息を吸う。そうして何とか向こう岸までたどり着こうという所で、また沈みそうになった。
「くそったれ・・・!」
俺はありったけの力をこめて鎧下の服を脱ぐと、岸辺に生えていた木の枝に引っかけた。
そのまま、服を伝うようにして何とか陸に上がることができた。
陸に上がると、上半身裸の俺と服をびしょびしょに濡らした進藤の目が一瞬合ったが、当然のごとく俺たちは目を逸らした。
身体が冷えそうになってきたので、俺は服を濡らした(そして、おそらくその中身の透けた)女子たちを眺める余裕も無く(エスランさんが怖い顔をしてこちらを見ていたというのもあるが)、慌てて服を着直す。そうしているうちに残りの四人も渡ってきた。
全員が渡り切ると、安堵感からか皆脱力したようにへたり込んだ。気力の回復と服を乾かすのを兼ねて、俺たちは開けた場所に出て焚火を囲んだ。
「あんまり、無茶するんじゃねえよ」
俺は、あのとき脇目も振らずに飛び込んだ進藤に言った。
「ごめんね。でも、いざとなったら須賀が助けてくれるって、そう信じてたから」
俺は驚きと恥ずかしさが入り混じったような気持ちで進藤を見た。今まで俺がこいつに引っ張られたことは何度もあったけど、俺の助けを信じてるなんて言われたのはもしかしたら始めてかもしれない。
「まあ、もし須賀が本当に溺れそうになっても私が助けるつもりだったんだけどね」
「ああ。・・・ありがとな」
「珍しいじゃん。もっと、そんなの要らねえよとか強がるかと思ったのに」
「うるせえな。俺にも、そう言いたくなる時くらいあるよ」
自分の力だけで川を渡り切りたかったのは本当だ。でも、今はその進藤の俺を思う気持ちが嬉しかった。
そして、それからちょうど二日ほど歩いた時。繁みの向こうに、何かの建造物が見えてきた。
さらに近づいてみると、それはまさに門だった。
マジか・・・あったんだな、本当に・・・!
俺たちは、はやる気持ちを抑えようともせずに息をせかして門をくぐり抜けていった。
ここが神鳥族の里なのか・・・。
周りを見渡してみる。何人か人が歩いている。見た感じは普通の村のようだ。
しかし、その人たちは一様に見慣れない民族衣装(?)のような服を着ている。それに、宿屋のような旅人向けの施設も見当たらない。
この世界のことを詳しくは知らない俺でも、他の土地とほとんど交流を持ってない場所だという事が分かる。
周囲の人々は興奮する俺たちをよそに、俺たちを少し一瞥して足早に歩き出して行った。
この感じ、コモ達の村と似ているけれどそれとも少し違う。
忌み嫌っているというより根本的に俺たちに興味がないような、そんな感じだ。
しかし、このままでは埒が開かない。俺は、歩いている村人に話しかけてみた。
「あの・・・ここには、伝説の神鳥族がいると聞いたんですけど」
「・・・?」
村人は、スタスタと去っていった。まさに取り付く島もない。
「アデスさん、どうしましょうこれ・・・」
「まあ、こういう時は村の中で一番偉い奴に聞くのが筋というものだろう」
言われてみればもっともな話だ。・・・でも、ゲームでは大体頼りにならないんだよなそういう人って。
俺たちは、道を歩いていた衛兵らしき人に「ここで一番偉い人に会いたいんですけど・・・」と尋ねた。衛兵は怪訝そうな表情をしつつも、「しばらく待て」とどこかに消えていった。
しばらくして衛兵が帰ってくると、「こちらに来い」と案内された。
俺たちは、周囲の中でもひときわ目立つ大きな屋根の家に入った。家の中には、大きな鳥が描かれた宗教画らしきものがある。やはり、ここは神鳥の里なのか・・・と否が応でも緊張感と期待が高まる。
しばらく入口近くの部屋にある椅子に腰掛けていると、白い髭を腰のあたりまで伸ばしたファンタジックな風貌の老人が従者とともに現れた。
「こちら、我が里の長老のザラトクス様である」
老人を見てみると、確かに服も他より上等のものを着ていてある種の気品を感じさせた。
「いかにも、儂が長老のザラトクスじゃ。で、旅の人、こんな所まで来て何用じゃ?」
「不躾なのは承知している。ここには神鳥族にまつわる伝説があると聞いてきた。もし召喚する方法があるのなら教えてほしい」
そう聞くアデスさんに向かって、長老は溜息をつきながら言った。
「はあ・・・大方そんな事だろうと思ったわ。何年かに一度お主らのような者が来るが、主らが神鳥族と呼んでるものを呼び出すことはこの里に代々受け継がれる秘儀。外の者に教えることはまかりならぬ」
「そこを何とか・・・」
食い下がる進藤に向かって、長老はさらに言い放った。
「ならぬ物はならぬのじゃ。こうでもしないと引きさがらぬと思って儂が出向いたが、この里で主らに協力しようなどという者は誰もおらんよ」
「しかし、あの翼の御子様は・・・」
そう言いかけた若い従者を制して、長老は冷たく言い放った。
「さあ、本来ならば旅の者がこの地を踏むことすら許し難い。帰るがよい」
こうして俺たちは、追い出されたも同然で長老の家を出ていった。
やはり思った通りだった。ゲームの世界と同じく、こんな閉鎖的な場所の人たちがあっさり余所者に協力してくれる筈はなかった。
でも。ようやく元の世界に帰る手掛かりを掴んだのに、せっかく誰かと一緒に演奏する楽しさが分かってきたのに、簡単に引き下がってたまるか。
「とりあえず、ただの伝説じゃない事ははっきりしたんだ。ここまで来たんだから諦めずに何とか神鳥族を呼び出す方法を探ってみようぜ」
「そうこなくっちゃあな。しかし、やはりお前も変わったな。前は、こんな時仲間を鼓舞するのは大体香織の役目だったのにな」
アデスさんに言われて、何となく俺は気恥ずかしさを覚える。
「と、とにかく、こうなったら片っ端から村の人に当たってみましょう。もしかしたら、一人くらい協力的な人もいるかも知れませんし」
そうして歩き出すと、後ろから、
「ねえ、あなた達って冒険者よね?」
という声が聞こえてきた。
声のした方を振り向くと、そこには俺と同じくらいの歳の少女が立っていた。
(つづく)
「コモ達の村と」→#29「マラスラ村①」参照。
P.S.正しい着衣泳のやり方についてはご自身で調べて下さるようにお願いします。念のため…