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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
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#50 ポートタウン・シャッフル・ナイト

「帰って皆と演奏するのが少し楽しみなんだよ」という俺の言葉に、「・・・うん。そう・・・だよ」と力なく同意した後、進藤は俺との会話もそこそこに引き上げていった。

 一人残された俺は戸惑った。何?何か悪いこと言ったか俺?

 そんなことを考えていると、耳に「先輩・・・」という声が飛び込んできた。

「ひっ・・・って、お前か・・・」

 そこには、早坂が立っていた。


「すみません。進藤先輩を追いかけていたら思わず見てしまいました。その・・・進藤先輩は不安なんだと思います」

 それって一歩間違えたらストーカーじゃねえの・・・と思ったがそれには触れずに俺は返した。

「不安?」 

「はい。私、以前に先輩から聞いたことがあるんです。中学の頃、自分は真剣にコンクール出場を目指していたのに、周りは醒めた子が多くて、少し部の中で浮いてしまったって。先輩だって元の世界に戻りたいと思いますけど、また部で中学の時のようになるのが心配なんじゃないかと・・・。私には、それ以上なにも言ってくれませんでしたが」


 その話は聞いたことが無かったが、確かにわかる気がする。

 集団というのは、結局横並びを求めるものだ。一人だけ頑張ったり、出来が良かったりする者は孤立する運命にある。

 俺は、そんな中でも周りと合わせられる自信がある。しかし、進藤(あいつ)なら自分を抑えられないだろうなと思う。きっと、一条寺や早坂も。


「なるほどな。確かに、皆がまとまってないのは辛いよな。吹奏楽は自分だけ頑張れば上手く行くってもんじゃ無えもんな」

 ・・・って、何を言ってるんだろうな俺は。ちょっと前まで、俺もその「やる気のない部員」の一人だったのに。

 そう。周りに合わせるのが悪いことだなんて思ってないけど、今の俺には例え周りからはみ出したとしてもやりたい事がある。そして、それは一人では出来ないのだ。


「とにかく、須賀先輩は先輩を支えていただけませんか。コンクールに出るため力を貸すことは私でも出来ますけど、先輩が弱みを見せられるのは須賀先輩だけなんですから」

「ああ。ありがとうな早坂。何か、お前も変わったよな」

「えっ、そ、そうでしょうか?」

 早坂は戸惑うような少し照れたような表情を見せた。


「だって、元の世界にいた頃は進藤におんぶに抱っこみたいな感じで、自分の意志で行動することなんて無かっただろ?」

「・・・輩が・・・から・・・藤先・・・でs・・・」

 早坂は消え入りそうな声で呟いた。


「え、何て?」

「いえ、何でもないです」

 

 そう言うと早坂は駆け出していった。

 弱みを見せられるのは俺だけ、か・・・。

 確かに俺は、さっき進藤に一番言いたかった、そして、たぶんあいつも一番言ってほしかっただろう言葉を言ってなかったな。

 本当馬鹿だな、俺は・・・


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 一方その頃。

 アデス達はそれぞれの理由で部屋を出ていき、誠矢は一人で寝室の中にいた。想定外の訪問者が来るまでは。


「珍しいな、お前が一人で俺の所に来るなんて。旅をしてから・・・いや、部活でも無かったんじゃないか?なあ、一条寺」

 誠矢は神妙な面持ちをした瑠衣を見ながら言った。


「で、そんなお前が何の用だ?」

「はい。進藤さんの事なんですけど・・・。最近、以前にも増して寂しそうな顔をしてることが多くて、このままでは元の世界に戻ったとしても演奏にも支障が出てしまうでしょう。きっと、須賀絡みなんでしょうけど二人とも僕が焚き付けてもかえって逆効果だろうし・・・それで、先輩からも何か言ってほしいのですが・・・」

「ふーむ、進藤と須賀か・・・。ならば、この俺がキューピッドとなってあいつらを結びつけてやらねばなるまい」

 そう言うと、誠矢は椅子から立ち上がりマッスルポーズを見せつけた。


「・・・先輩、弓を射るときは上腕二頭筋よりもその裏側の筋肉が重要と聞きますが」

「・・・やっぱり、須賀の突っ込みがないと張り合いが無いな」

 瑠衣に無慈悲に言い放たれて誠矢はすごすごとポーズを解いた。


「それだけじゃなくて、月山さんも須賀の奴に好意を持ってるらしいんです。彼女がこれ以上苦しまないようにするためにも、早く須賀と進藤さんを何とかしたほうが・・・僕のエゴだというのは分かってますが、それでも・・・」

「ああ、あの光進学園の娘か・・・。よし、ならば俺があの娘のハートを頂いてやるk」

「・・・先輩!」

「分かった。分かった。まあ落ち着け。何か、この世界に来てから熱くなってきたな、お前。・・・一つ聞きたいが、今お前がやろうとしてるのは本当に進藤のことを案じてか?それとも、単に演奏のクオリティが下がるのが嫌だからか?」

「もちろん、進藤さんを思っての事です」


 淀みなく言い切った瑠衣を見て、誠矢は一瞬だけ満足気な笑みを浮かべた。

「じゃあ一肌脱ぐか・・・と言いたいところだが、俺たちには何も出来んよ。道を切り拓いていくのはあいつらだ。俺たちに出来るのは、せいぜいさり気なく背中を押してやる事ぐらいだ。大体、今無理やり二人をくっつけようとしてあいつらの関係にヒビが入っても、俺たちに責任なんて取れんだろう」

「それは・・・やっぱり、あの二人を思うようにどうこうしようとした僕が間違いでしたね」 


 部屋を去ろうとする瑠衣に向かって誠矢は声を掛けた。

「そうだ、お前はさっきエゴがどうのと言っていたが、恋なんて始まりはエゴの極みみたいな物だよ。まったくの他人に自分を受け入れてほしいと願うんだからな」

「・・・心得ておきます」

 そう言って、瑠衣は部屋のドアを閉めた。




 同じ頃、香織は一旦寝室に戻ったものの再び廊下を歩きだしていた。

(部屋に戻ったけど桃華ちゃんも椿ちゃんもエスランさんもスナリアさんもいないし、皆どこに行ったんだろ?)

 

 そう思いながら廊下を歩いていると、前方に立っている椿を見付けた。 

 何となく物思いにふけっているようにも見えたが、こういう時には何を考えているか声を掛けるのが、彼女の第一選択肢なのだった。


「椿ちゃん、こんな所にいたの?珍しいじゃん、一人で何か考え込むなんて」

「香織ちゃん・・・!ごめんね、心配させちゃった?」

「ううん、ちょっと何考えてるのかなーって気になっただけ」


「・・・考えたら、うちら二人だけで話すことって今までほとんど無かったよね」

「二人だけになれる空間なんてそんなに無かったしね。大体、旅してたら、そんな余裕もないし」

 そう言って、二人は女子トークモードに入った。椿はもちろん、香織も互いに出会うまでこの世界で気兼ねなく話せる同性はいなかったのだから無理もない話だろう。


「でさ・・・。香織ちゃんって、須賀君のことどう思ってるの?」

 椿は、香織が一瞬ドキリとしたような表情を見せたのを見逃さなかった。


「あ・・・アイツは、バカだしカッコつけだし訳わかんないゲームとか漫画の話ばかりしてるし・・・そうそう、アイツさ、小学校の修学旅行で隠して持ってきたチョコ食べすぎて、帰りのバスの中でずっと吐きそうになってたんだよ。バカだよねー」

「アハハ・・・」

 笑いながら椿は思う。彼の悪い事ばかり話してるのに、なぜそんなに楽しそうなのと。

 いや・・・それは私も一緒か。


「それだけ?」

 椿は落ち着いた、それでありながら力強い口調で続けた。

「・・・・・・最近は、少し格好いいところも・・・ある」

「・・・・・・」

 良かった、と椿は思う。香織と戦って、もし・・・仮に負けるとしても、想いを自覚してない相手に負けるのは彼女が、何より自分が許せなくなる。


「でも、椿ちゃんなんでそんな事聞くの?」

「・・・秘密」


「香織ちゃんって・・・どうしても掴み取りたいものがあって、それを手に入れることによって友達を傷つけるとしたらどうする?」

「・・・私は・・・それでも掴みたいと思う。もしそれが音楽に関するものならなおさらね」

「良かった。私もそう。・・・香織ちゃんは、中学の頃から吹部だっだんだよね?」

「うん。そう・・・だけど」

 やや口ごもった香織の言葉を、言いづらい事があれば言わなくてもいいと言わんばかりに遮りつつ椿は言った。 


「私さ、中学の頃は金ヶ島中でソフト部に入ってたんだけどね」

「知ってる。マーチングが結構強い所だよね」

「詳しいじゃない。香織ちゃんもマーチングやってたの?」

「うん。中学時代に少しだけね。でも、やっぱり椿ちゃんには敵わないや」


(敵わない、か・・・)

 そう思いつつ椿は続けた。

「その時に金中のマーチングの演技を見て、感動して自分もやりたくなって・・・それで、行ける範囲で一番マーチングが強い学校に行こうと光進に行くことを決めたの。周りからは無茶だと言われたけどね」

「・・・・・・」

「もちろん、光進では周りに経験者もたくさんいた。でも、皆蹴落としてやるぐらいの気持ちでやってた。そこまでしないと、私が光進でレギュラーになることは出来なかったと思う」 

 

 尊敬と感動が入り混じったような目で見つめる香織に向かって、椿はあえて見せつけるように誇らしげな口調で言った。

 いつまでもぼやぼやしていると、私が先に須賀君の心を掴むかもしれないよ、という思いを込めて。




 エスランは、一人で宿の屋上に向かっていた。

 遠くから微かに波の音が聞こえ、眼下には小さく街の灯りが見える。

 誰が言い出すともなく、ここは過酷な旅の中で束の間の安らぎを求める者たちが集う場となっていたのだった。

「やはり貴方もここにいたか、アデス」

 エスランは、眼下の街を見下ろしながら佇んでいるアデスに声を掛けた。


「哲太たちがこの世界の人間でないという事に気付いていたのか?」

「まあな。といっても、実際にあいつらから聞くまでは半信半疑だったが・・・イチかバチか、あいつらが釣られるかもしれないと思って聞いてみたんだが。素性も分からないような奴らと旅をするのはこっちも避けたいからな」

「・・・やはり、流石だな、貴方は・・・」


「それにしても、この世界のことも知らない甘ちゃんたちのお守りも大変だったろう?」

「甘ちゃん、か・・・フフッ。私も確かに最初は少し思っていたがな。だが、もうダメかもしれないと思っても、その度に彼らは支え合って、高め合って立ち上がってきたんだ。貴方と別れた時に比べたら、みんな肉体的にはもちろん精神的にも見違えるほど成長している。単に若いからというだけじゃない。何か、目に見えない繋がりが生む力のような物を感じる。貴方もそれに気づいているのだろう?」

「確かにな・・・。再会した時の哲太(あいつ)の目、何か俺たちと違う強さのようなものを感じたが、きっとそれがあんたの言う支え合う力から生まれた物なんだろう。」

「ああ。戦う事しかできない私たちには持てない力だ。・・・きっと、彼らのいた世界は平和で豊かな世界なのだろうな」


「戦うことしかできない、か・・・」

 そう言いながらエスランの方を見て、アデスは一瞬目を奪われた。

 この屈強な女剣士も今は剣も鎧も脱ぎ捨て、薄いランタンの灯りが彼女の恵まれたボディラインを服の下から浮かび上がらせている。

 それは、彼が初めて見る彼女の姿だった。

 

 一瞬、(もう戦いなんて止めときな。あんたには、俺と違って帰る場所があるんだろう・・・)という言葉が口をついて出そうになる。しかし、その言葉を一度口に出してしまったら、それは覚悟を鈍らせることに繋がってしまう。もちろん、エスランもそれは理解していた。

 

 彼らは、僅かな覚悟の揺らぎが命を落とすことに繋がる旅をしている。


「そろそろ戻るか。また、明日からガキ共のお守りが待ってるぜ」

「うむ・・・」

 

 先に部屋の方へと戻ったアデスを見送ると、エスランは目の前に何か光る物があるのに気が付いた。

「これは・・・」

 見ると、赤い微かな光が、彼女の凛々しくも端正な顔を照らし出した。

 きっと、空気中の僅かな塵のようなものをアデスが去り際に魔法で光らせたに違いなかった。


「フフ・・・素直じゃない男だ・・・。今日のあんたは綺麗だったぜ、とでも言いたかったのか・・・」

 

 共に、明日も知れない命。お互い深入りしない方が楽しいぜ・・・そう思いながら、アデスは階段を降りて行った。


 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 夜が明けた。あの後進藤の部屋の前に行ってみたが、どこか部屋を出ていたようで結局あいつに会うことは出来なかった。

 そして、また旅が始まる。おそらく、俺たちが元の世界に帰れるかどうかを決定付ける旅が。

 

 皆で町の出口の所に集まると、アデスさんが言った。

「お前ら、イズマールの港で別れる時に誠矢が渡した瞬転の指輪は持ってるか?あれがあれば、神鳥族がいると言われる谷の、入口あたりまでは行けるはずだ」

「あの、それって・・・」

「まだ俺が駆け出しの頃、行ってみたことがあるんだよ。その時は谷の奥までは行けなかったが、今なら行けるかもしれねえ」


 俺たちは、ガルナレアの町まで行くためにそうしたように、アデスさんを中心に手を繋ぐと、光の膜で包まれていった。

 こうすると、色々なことが思い出されてくる。

 

 何度も恐ろしい目に合った。死ぬような思いもした。でも、今は隣に掛けがえの無い仲間たちもいる。 

 その旅も、もうすぐ終わるのだろうか・・・いや、あれこれ考えるより、とにかく俺たちは何としても元の世界に戻ろう。

 仲間たちと、この世界で出会った人たちの想いを心に刻みながら。

(第三章、完)


「イズマールの港で別れる時に」→#28「船出のクレッシェンド」参照。


P.S.桃華が言った言葉は「先輩がそんな人だから、進藤先輩のことを任せられるんですよ・・・」です。


とりあえず、これで第三章は終わりです。この後また番外編的な話を少しやってから、第四章(おそらく最終章)に進む予定です。


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