表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
52/74

#45 夢魔の世界・破章

 椿は、暗い空間を歩いていた。

 あの屋敷の中で意識を失って、気が付くとここに立っていた。どう考えてもあの屋敷にこんな空間があるとは思えないので、きっとあの悪魔の作りだした幻か何かだろうが・・・

 とにかく今は、進んでみない事には脱出の糸口も見いだせない。

 

 やがて、目の前に土人形のような魔物が姿を現した。

 椿は、今まで何度もそうしたように鉄球付きの棒を取り出すと、土人形に向かって振るった。

 別段動きが早いわけでもなく、遠い間合いから攻撃してくる様子もない。難しい相手ではない―――そう思っていた。

 だが、倒してもその度に新しい土人形が現れてくる。それも、次第に数を増やして。

 

 ついに、土人形は椿の武器の間合いの内側に入り込んできた。

 椿が棒を持って身構えたその時、一つの人影が椿と土人形の間に割って入り、瞬く間に剣で土人形を両断した。

 椿がゆっくり顔を上げると、そこには何度も見た背中があった。

 しかし、それはここでは闇の中に差す光のような、あたたかい背中―――


「・・・須賀君」

「大丈夫だったか?椿」

 

 椿は改めて哲太を見つめた。この、決して大きいとは言えない体で、一体今までどれほどの恐怖を乗り越えて来たのだろう。考えたら、私は自分と出会うまでの須賀君のことは大して知らないんだ―――

 そう思ったところで、椿の頭の中を一人の少女の姿がよぎった。自分と出会うずっと前から彼と旅を続けてきた、いや、それ以前からさえも彼と一緒にいた、()()()―――


「どうかしたのか?何か考え事でもしてるのか?」

「え?ちょっ・・・」

 まじまじと自分の目を見つめながら聞いてきた哲太に、椿は戸惑った。


「じゃ、一緒にここを出ようぜ」

 躊躇わずに自分の前に出た哲太を、椿は少し不思議に思った。

「私を守ってくれるんだ?」

「当たり前だろ、俺はお前が()()()()なんだから」

 

 そう言って差しだされた手を、椿は見つめた。

 彼について行けば、夢にまで見た、須賀君と私との二人だけの世界が待っているのだろうか。

 彼の言葉にまだ違和感はぬぐえないけど、これに付いて行けば須賀君にとっての「一番」になれるのなら、今ここで―――

 

 そう思って手を差し出そうとした時、椿はハッと気付いた。

 違う。手が綺麗すぎる。もっと、手がボロボロになっても頑張るのが現実の須賀君だったはず。

 こんなに躊躇わずに魔物を倒したりしない。私を「椿」だなんて呼びはしない。そして、何より―――

 

 椿は思った。これは、彼に想いを伝える事を恐れる自分の心が作りだした幻なのだと。

 意を決して椿は、差しだされた手を払いのけた。

「どうした?一緒に来なくていいのか?」 

「・・・黙れ、偽物」

 静かに呼吸を整えると、椿は哲太に向けて、棒を一閃した。


 ―――数秒後。

 彼女が目を開けると、目の前の暗闇が少しずつ崩れ始めていった。


 


 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 気が付くと、俺はベッドの上に寝そべっていた。

 一瞬、元の世界に戻ったのかと思ったけど、起き上がって周囲を見渡すとそこには奇妙な空間が広がっていた。

 残念ながら、まだここはあの世界のようだ。

 あそこで気を失ってから、どれだけこうしていたのだろう。俺は、なぜここで一人でいるのだろうか。訳が分からないが、俺は歩き出した。取りあえず仲間を見付けないと・・・


 しばらく歩くと、前方に小さな人影が見えて来た。

 近づくと、それはTシャツにスニーカーを履いてサッカーボールを持った10歳くらいの少年だった。

 なぜ異世界(こんなところ)にこんな格好の奴がいるんだ、と突っ込むのも馬鹿らしくなってくる。百歩譲って他はいいとしても、サッカーボールは無えだろ。

 

 俺はまだ夢でも見てるのだろうか。訳が分からないがとにかく今はこいつに聞いてみるしかない。

「なあ、連れを探してるんだけどここを出るにはどうしたらいいんだ?」

 

 少年はぎこちない動きでリフティングをしながら答えた。

「出口なんてないよ。ここはお兄ちゃんが心の中で望んでいる世界なんだから」

 そう言われて辺りを見ると、確かに妙に落ち着くというか、どことなく色調とか空気感が俺の家に似ているかもしれないと思った。

 

 改めて少年を見ると、どことなく子供の頃の俺に似ている気がする。いや・・・もしかすると、俺自身なのかもしれない。


「こんなのも出せるよ」

 少年が手を振ると、元の世界では誰もが知るゲーム機・・・S〇itchが現れた。

「ハハ・・・本当何でもアリなんだな・・・」

「当たり前だよ。ここはお兄ちゃんの心が作りだした世界なんだから」


 どうやら、あの悪魔の力で俺は自分が心の中で求めていた世界に放りこまれてしまったらしい。

 とにかく、今までそうしてきたように冷静に周りを見てみよう。コイツは「出口なんてない」と言ってたけど、落ち着けばきっと脱出の方法はあるはず。


「出口を探してるの?さっきも言ったけど、ここから出る方法なんてないんだよ」

 俺は少年の言葉を無視して、疑問に思ったことをぶつけた。

「なあ・・・ここが俺の望んでる世界だってんなら、なんでここには仲間達(あいつら)がいないんだ?」

「それはそうだよ。周りに誰もいないのが、お兄ちゃんの望んでいる世界なんだから」

「・・・違う!」

「違わないよ」

 

 少年はこちらに顔を近づけてきた。

「本当は分かってるでしょ?周りに仲間がいるから、こんな辛い思いをしてきたんだよ。最初に、香織ちゃんが元の世界に戻ろうと言い出さなかったら、ソガーブの町で平和に暮らせた。守るべき仲間がいなかったら、戦いで怖い思いをすることも無かった。そもそも、香織ちゃんに吹奏楽部に入れられてなかったら、こんな世界に飛ばされる事も無かった。大体、今みたいにムキになって否定したのが僕の言うことを内心認めてる証拠じゃないか」

「・・・・・・」

 少年は顔に手を伸ばしてくる。

「この顔の傷。痛かったでしょ?」

「・・・これは、ジャイアントバットと戦った時に・・・」

「ほら。お兄ちゃんはもう十分頑張ってきたんだよ。もう苦しい思いも怖い思いもしなくていいんだ。・・・本当は、誰よりも怖い思いをするのが嫌なんだから」

「・・・ここに居れば、もう怖い思いをしなくてもいいってのか?」

「そうだよ」


 確かに、こいつの言う通りかもしれない。今まで魔物と戦って来ても、いつも内心は心臓を吐き出しそうになるくらい震えていた。何度も逃げ出したくなっていた。何で他の三人が戦わないのに俺だけが・・・と思った事も一度や二度じゃない。

 そうだ。こいつの言う通り、今まで頑張ってきたんだから少しくらい楽になってもいいよな・・・。

 俺は、剣を地面に放り出した。

「ハハ・・・剣が無いと、こんなに軽くなっちまうんだな、体・・・」


 俺は、地面に寝転んだ。しばらくすると、

「カッコ悪っ」

 という、今まで幾度となく聞いてきたあの声が脳内に蘇ってきた。

 ・・・もう、こんな所まで勘弁しろよ進藤。大体、俺があんな怖い目に遭ってきたのもお前が旅に連れ出したからだろうが。

 俺は、改めて寝っ転がって休もうとした。


 ・・・いや、違うな。

 進藤じゃなくて、本当は俺自身も「カッコ悪っ」と思ってるのに、いつか俺は気付いたじゃないか。

 思えば、この声が響いて来るのは随分と久しぶりな気がする。懐かしささえ感じられるようだ。

 ・・・進藤(あいつ)と一緒に旅をする間に、俺は随分と変わってきていたらしい。

 

 そして何より、今俺が頑張れるのは元の世界に戻ってあいつと一緒に音楽をやりたいからなんだ。

 あいつのせいで怖い目に遭ってきたんじゃない。あいつがいたから、俺は恐怖に立ち向かえたんだ。

 ・・・だから、もう黙れよ少年(オレ)・・・


 俺は剣を手に取ると、地面のS〇itchを踏みつけて立ち上がった。

「悪いが、やっぱり俺はここを出るぜ。俺が欲しいのは、こんなチンケな楽しみじゃねえからな」

「だから、ここからは出られないって言ったじゃん。なんべん言えば分かるのさ」

「それは、俺自身が内心望んだ世界だからだろ。今俺が求めてるのは、あいつ・・・進藤のいる世界なんだよ」

「あの子がいれば、また辛いこともあるかもしれないよ」

「知ってるさ。あいつは人の都合も考えずに振り回すし、人の心に遠慮せず平気で入りこんでくる困った奴だってな。でも、そんなあいつと一緒にいた先にある物も悪くないって、俺はこの世界に来て気付いたんだ。苦しさや怖さを越えた先に待ってる世界・・・お前にも見せてやりたいくらいだぜ」


 歩き出そうと振り返った俺の前に、少年が回り込んできた。

「本当に、本当に行っていいの?」

「うるせえな」

 そう言うと、少しずつ少年の体が崩れて来た。いや・・・この空間全体もだ。

「死n・・・ゃう・・・も・・・れn・・・いよ?」

「・・・分かってるさ」

 

 どうやら、今の会話が決定打だったらしく、さらに空間が崩れて元の屋敷の壁が姿を現してきた。

 

 ―――あばよ、ダサい俺。


 ・・・とか格好付けてる場合じゃねえな。

 きっと、他の皆も同じような夢を見させられてる。早く何とかしないと・・・

(つづく)








 

  

 

 

 

 

 


「ジャイアントバットと戦った時」→#12「BAT STRIKE」参照。

「いつか俺は気付いたじゃないか」→#26「かわるせかい(前編)」参照

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ