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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
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#39 合宿に行こう!(青春編)

 (承前)エスランさんに言われて外に向かいながら、色々な思考が頭を駆け巡っていた。

 なぜ、よりによってあいつと一緒なんだ。神のいたずらという奴なのか。いや、さすがにそれは無いだろう。という事は誰かが決めたんだろうが、誰が決めたんだ。ああそうか、戦えるメンバーをバラけて配置させたいからこういう組み合わせになったのか・・・云々・・・


 外に出た。ほとんど真っ暗だけど(言うまでもない事だが、この世界には外灯なんて無いので夜になれば何らかの方法で火を灯さない限りほぼ真っ暗なのだ)、焚火の近くに誰かの気配がある。

「おーい、進藤か?」

 声を掛けてみる。

「そうだよ」

 声が返ってきた。

 俺は炎に近づいて行った。

 キャンプファイヤーと言うには小さすぎる炎だけど、火は進藤の顔をかすかに浮かび上がらせた。

 16年間色気と言う言葉とは隔絶されて育ってきたような奴だけど、その顔に一瞬今までにない一面を感じてドキリとし・・・いやいやいや、これは炎に照らされてる姿が珍しいからだ。そうに違いない。

 足に目をやると、普段履いている膝丈くらいのスカートではなく俺が部屋の前に置いて行ったズボンを履いているらしい。

「何だ、お前そんなの履いてんのか?」

「べ、別にいいでしょ。こっちの方が動きやすいんだよ」

 進藤は少し慌てたような口調で答えた。

「ああ・・・」

 さっきの、足に筋肉が付いてきた云々を聞いていたとは言えねえな、と思った。


「・・・・・・」

 気まずい。

 普段から嫌というほどあいつの顔を見たり声を聞いたりしてるのに、いざ二人きりになると何を話していいか分からない。

 やはり、ここは近い過去の話題を振るべきだろうか。

「いや、この前の喧嘩ショウはヤバかったよな。あの時進藤が声を掛けてくれなかったら、今ごろどうなってたか」

「何呑気に言ってんの?あの時須賀は死んでもおかしくなかったんだよ?」

 あまり深刻にならないように明るく話しかけたつもりだったが、その気遣いはあっさり否定された。

「そうそう、最近は剣技もけっこう手応えを感じるようになってきたんだ。この間も、稽古でエスランさんに褒められたんだぜ。今までサッカーも勉強もそこそこまでは行けたんだけどな」

「そこそこって、それは須賀が半端な所で諦めたからでしょ」

 進藤は容赦なく心を折ってきた。

「あんたと同じサッカーチームにいた西田君なんて、サッカーで有名な北高で一年でレギュラーになったらしいじゃん」

 進藤はさらに心を折ってきた(というか、西田の奴そんなになってたのか)。

 ああそうだ。こいつはこんな奴だったな。人の心に平気で踏み込む。人を煽るような事を言うのもためらわない。

 でも、特訓あたりからの少し弱気なこいつより、今のこいつの方が何だか見ていて落ち着く・・・


「そうそう、あのショウの時と言えばさ」

 今度は進藤が切り出してきた。

「あの時控室で須賀に言われた事を考えてたんだけど、結局、私は私に出来る事を地道にやっていくしか無いって思ったんだ。戦う事は出来なくてもさ」

「だからって、いきなりあんな料理(カレーとは言いたくない)作り出すのはどうかと思うけどな」

「うるっさい!!」

 そう言った後で、我に返ったように進藤は言った。

「そう言えば私たち、二人っきりでこんなに話すのって、もしかして・・・・」

「ああ。・・・ほとんど無かったかもな。高校に入ってから」


 少し間を置いて、進藤が話しはじめた。

「本当のこと言うとさ、旅に出てから須賀がだんだん変わってくのを見て、少し寂しかったんだよ。何だか須賀が遠くに行ってしまうような気がして・・・」

「変わってくって、ぶっちゃけ俺今もそんなに強くねえぞ?」

「変わったよ。前なら、たぶん戦うのは無理だって諦めてた」

「・・・なんか、微妙に俺の事ディスって無えか?」

 少し気まずさを感じたのか、一瞬間を置いて進藤は話し始めた。

「・・・だから、須賀の事を離したくなくてあのショウの時は引きとめたのかもしれない。ごめんね」

「・・・・・・」

 こいつは判っているのだろうか。俺が、誰の影響で本気で強くなろうとしだしたのか。そして、俺が強くなって一番守りたいのは誰なのかを・・・

 しかし、今夜はいやによく喋るなこいつは。二人きりという状況がそうさせてるのか。 


 そんな事を考えていた俺に飛び込んできたのは、驚くべき言葉だった。

「私さ、高校出たらたぶんもう音楽やめるんだ」

「えっ?」

「私、高校出たら働くと思うし。そうなると、もう音楽やる余裕なんて無くなるだろうから。弟たちの学費の事もあるし、これ以上甘えられないよね。マイ楽器まで買ってもらったんだし」

 何も言えなかった。言えるわけがなかった。ずっと真剣に打ち込んでた事をやめなければならない奴に、ずっと全てを適当にやってきた奴が何を言える事があると言うのか。

「だから、コンクールで勝ちたいと言うのももちろんだけど、残りの一年、みんなと一緒に演奏したいと言う気持ちが一番強いかな。あ、今の一条寺や早坂さんに言っちゃ駄目だよ?二人のやる気に響いたら駄目だから」

 進藤は、何故わざわざ俺にだけこんな事を言ったのだろう。俺に音楽に興味を持ってもらいたいからか。それとも・・・俺に音楽をやめるのを引きとめてもらいたいのか。

 そもそも、こいつは何故こんなに音楽が好きなのだろう。中学時代に何かあったのか。一人で練習してる時の険しい表情も今の言葉と何か関係があるのか。考えたら、俺はあいつと音楽の関係について何も知らなかった―――。

 確実なのは、こいつが辛い気持ちを押し殺しながら話している事、そして俺に自分と一緒に音楽をやる事を望んでいるということだ。


「一つだけ約束して。何事もなく無事に元の世界に戻って、また一緒に部活に出て」

 「一緒に部活に出る」・・・この世界に来た当初なら躊躇っていたかも知れない言葉だけど。

「約束する。・・・分かってるとは思うけど、これはもう危ないことはしないって意味じゃ無えぞ?」

「うん」

 その言葉に、もう不安や迷いは感じられなかった。こいつなりに、俺が傷つくかもしれないという恐怖を乗り越えたのだろう。

 そして、俺も進藤と一緒に元の世界に戻るために自分に出来る事をし続けなければならない。 


「じゃあ、今から一緒に演奏しようか」

 (おそらく)懐から魔法の筒(リコーダー)を取り出して進藤は言った。

「はっ?ここでか?」

「今、一緒に部活に出るって言ったよね?」

 この、俺が魔法の鉄の棒を持ってきていないとは微塵も考えていないような態度。やはり、進藤は平常運転だ。


 進藤は、夜空に向かってあのソガーブの町の時と同じように「星に願いを」を演奏し始めた。

 上手い。

 俺でも分かるくらい、あの時よりも演奏力が上がっている。

 その音を聴いていると俺も居ても立ってもいられなくなり、魔法の筒の音に合わせて即興で魔法の鉄の棒を鳴らし始めた。

 一通りの演奏が終わると、進藤は筒から口を離した。

「下手くそ」

 その言葉に悪意は感じられなかった。もしかしたら、少し笑っていたような気もする。

 暗くて顔はよく見えなかったが、見る必要もないだろう。進藤が喜んでいる事を俺は知っている。


 俺は空を見上げた。空には、元の世界では見たこともないような満天の星が輝いていた。

「こんな世界さっさとおさらばしたいけどよ、この光景だけは凄いと思うよ」

「ほんとだ」

「じゃあ、もう一回やろうか」

「ああ、今度は下手くそなんて言わせねえぞ!」

 俺たちは、空を見上げるともう一度「星に願いを」を演奏し始めた。

 曲の内容そのままのような星空の中に、俺たちの作りだした旋律が吸いこまれて行く。


 聞いた話によると、吹奏楽部員で大人になっても音楽を続ける者はわずかで、大部分の者は高校卒業と同時に楽器をやめてしまうらしい。―――俺と進藤もそうなるのかもしれない。

 それでも、俺たち二人のこの時間は誰にも渡したくはなかった――――――



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 哲太と香織が建物の中に引き返してしばらく経った後。焚火の前には、椿と瑠衣が座っていた。

「一条寺君。須賀君と香織ちゃんを一緒にしたの、二人の仲が進展してほしいという狙いも少しはあったんでしょ?」

「・・・月山さんにはすまないことをしたと思っている」

「別に謝る必要なんてないよ。誰が見ても・・・私が見たって、あの二人はお似合いだもんね」

 そう言うと、椿はその逞しい足で地面を踏みしめて軽やかに立ち上がり、焚火に背を向けた。

「月山さん、待・・・」

 椿の哲太に対する思いを理解していた瑠衣は、逞しい・・・とは言い難い腕を伸ばして引き止めようとした。

「来ないで」

 椿はしっかりした口調で制した。

「あなた達が気を回す必要なんて無いよ。私の決着は私で付けるから」

 

 椿は瑠衣に自分の姿を視認されない所まで歩くと、暗闇にかすかに浮かぶ手を見つめながら呟いた。

「そう、私にだって分かってるよ。あの二人がくっつくのが一番いい事くらい。・・・それでも、やっぱりこの気持ちは押さえられないよ。私はマーチングコンテストの結果もこの手で掴み取って来た。ここで引いたら・・・やっぱり、そんなの私じゃないよ」

(つづく)



 

文中では触れてませんが、万が一賊に見つかるといけないのでこの回の会話は少し声を潜めてやってます。


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