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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
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#38 合宿に行こう!(狂乱編)

 ゴルビアの喧嘩ショウで結構な額の賞金を得た俺たちは、初めてと言っていいくらい穏やかな気分で旅立った。何と言うか、当面の衣食住の心配がないというだけで随分と心の安定が違うもんだと思った(元の世界にいた時は当たり前の事だったけど・・・)。

 移動時には、賞金を使ってなんと馬車にも乗った。そんなアナクロで、お世辞にも乗り心地はいいとは言えない乗り物であっても、今までずっと歩いていた(船に乗った事はあったけど)事を思えば、文明に触れたような気がして嬉しかった。

 そんなこんなで、俺たちはバディロディアの町へ向かう街道の関所を抜けたのだった。

 もちろん、馬車を使ったのは娯楽でも金持ち気分を味わうためでもなく、出来るだけ早く目的地に着きたかったからだ。イズマールの港でアデスさん達と別れてから二ヶ月と四日。再合流の日まで、あと一ヶ月を切っていた。


「移動だけで大分掛かっちまったなあ。これでバディロディアの町で何の手掛かりも掴めなかったら、本当に骨折り損だぜ」

 関所のあった峠を遠くに見ながら、俺は呟いた。

「町に行くまでにもまだ何日か掛かるからな」

 一条寺がそう言ったのを聞いて、俺は地図を開いてみた。

「えーと、次の宿駅は・・・ゲッ、このペースだと着くのは真夜中になるぜ」

 すでに、太陽はかなり西に傾いている。

「このあたりには未知の魔物がいるかもしれないからな。出来るだけ野宿は避けたい。宿駅に着くまでにもどこか泊まれる所がないか、探しながら歩こう」

 エスランさんがそう言ったのを受けて、俺たちは歩き出した。

 

 しばらく歩くと、前方に建物を見付けた。俺が月山さんと出会ったあの小屋より、一回り大きい。部屋もいくつかありそうだ。

 あわよくば、泊まらせてくれるかもしれない。それがダメでも、もしかしたら納屋くらいは貸してくれるかもしれない。何しろ、馬小屋に泊まったこともある俺たちだ。もう怖いものなんてない。

 

 家に近づいてみたが、周囲に魔物の気配はない。扉をノックしてみても、誰も出る様子はない。

 扉を開けてみる。思った通りに部屋はいくつかに分かれている。しっかりした家の作りから、建物の主はかなり裕福な農家だと思われるが、やはり中には誰もいないようだ。

 主は何らかの理由で出て行ったばかりなのか、屋内の汚れもそれほど酷くはない。寝室だったと思しき部屋には、布団は無かったとはいえベッドもそのままにされていた。しかし、貴重品の類は見当たらないので留守にしているだけと言うわけでもないらしい。

 誰が言い出すというわけでもなく、今夜はここで泊まらせてもらおうという流れになった。


「おい、これまだ食べられそうだぞ」

 竈の方を見ていたエスランさんが、ここでの収穫物らしき野菜を手にしながら言った。

「そう言われると、何か一気に腹が減ってきた気がするなあ」

「私も」

 俺と進藤は言い合った。無理もない事だ。外を歩いている時は、魔物や野盗の襲撃に対して気を張っていて、空腹に気を配っている余裕などないのだから。

「何か、合宿みたいだよね」

 進藤が言った。


 合宿。

 そう。奏南高校吹奏楽部には、文化部のくせに「合宿」という青春真っ只中的イベントがあった。もっとも、俺はひたすら練習と雑用に追われていて、合宿的なイベントは休憩時間にちょっと能登川先輩とトランプをしたくらいだったが。

「じゃあ、あの時を思い出して俺たちで飯でも作ってみようぜ」

「合宿の料理と言えば・・・やっぱカレーでしょ」

「ああそうだな、やっぱ合宿と言えばカレーだよな・・・って、んなアホな」

 進藤のあまりに唐突な発言を、何の疑いもなく冗談だと思って俺は軽く突っ込んだ。しかし・・・


「は?何言ってんの?作るけど?」

 進藤は瞬きひとつせずに返した。

「じゃあさ、ここには米はないからスープカレーっぽくしてみる?」

 月山さんもそれに続いた。

「おいおい、正気かよ。こんな異世界でカレーなんて無茶言うなよ」

「でも須賀、今までだって私たちで道を切り開いてきたじゃない。きっと、今回も出来るよ」

 進藤は曇りのない眼で言い放った。

 その言葉を聞いて、早坂は自慢の(いや自慢はしてないが)腕力で大きな鍋を引っ張り出してきた。というかお前そんな乗りのいいキャラじゃ無えだろ。

 駄目だ。完全に分けわからない物が出来るパターンだろこれ。

「かれー?・・・とは、一体どんな料理なのか?ここでも作れるのか?」

 そうだ、エスランさんがいた。頼むからこいつらを止めてやってくれ。

「カレーというのは・・・肉や、いろいろな野菜をスパイスと一緒に煮込んだ、この世で一番素晴らしい料理です」

「フム・・・どんな料理なのか想像もつかないが、肉を用意すればいいのだな?」

 そう言ってエスランさんは外に出て行った。まさかとは思うが・・・

 そのまさかだった。エスランさんはしばらくして戻ってくると窓の外から大きな鹿を見せつけた。

「とりあえず獲ってきたがこれでいいのか?」

「ナイス、エスランさん」

 ナイスじゃ無え。

 駄目だ。皆、カレーの魔力に取り憑かれておかしくなっている。せめて、エスランさんは俺が暴走した時の最後のストッパー存在のままでいて欲しかったよ。

 そう言えば、一条寺はどうなるのだろう。せめて一条寺だけは俺が守らなければならないのでは?

「一条寺・・・、ここは俺が引き受ける。せめてお前だけは無事でいてくれ・・・」

「分かった」

 そう言って、一条寺は別室に消えて行った。

 いや・・・確かにあいつを守りたいとは思ったけど、普通もっと俺に気を使うものではないだろうか。


 エスランさんが獲ってきた鹿を解体する中、進藤と月山さんは鍋に水を入れて火を掛け、さらに玉ネギやニンジンなどの野菜を切って行った。ここまではまだマトモだが・・・

「香織ちゃん、カレー粉なんて無いけど味付けはどうするの?」

「うーん、とりあえずこの間商人から買った香草をいろいろ入れてみようか」

 進藤はそう言って鍋に草をドバドバと放り込んだ。スープは見る間にグロテスクな緑色へと変わって行った。

「これでいいの?香織ちゃん」

「まあ、グリーンカレーなんてのもあるしこれで行けるでしょ」

 とりあえず、お前らはグリーンカレーに謝れ。

「香織ちゃん、せっかくだから近くにあった川から魚なんかも獲ってきてシーフードカレーっぽくしようよ」

「そうだね。というわけで須賀、あれで魚を獲ってきて」

 進藤の指さした方を見ると、何故かおあつらえ向きに釣竿とランタンが用意されていた。

 もはや反論する気力も失せていたので、俺は進藤の言葉に従った。

 川に行って釣り糸を垂らすと、暗くて警戒心が薄れていたのか、すぐに数匹の魚や川エビが釣れた。

 釣り上げた魚を見ながら、俺はこの狂気の宴の犠牲になる魚たちに対して同情の念を禁じ得なかった。


 建物に戻ると、さらにグロテスクな色に変わった鍋に進藤が肉や野菜を放り込んでいた。こいつらを止めるのは不可能だと悟った俺は、魚やエビを調理台に置くと粛々と椅子を並べ始めた。

「うーん・・・やっぱりちょっとスパイスが足りないかな?」

 この美味しいとも不味いとも知れない(それ以前に食べ物なのかこれは)物体の味を見るという信じ難い行動をして進藤が言うと、エスランさんが口を挿んだ。

「刺激が足りないのか?ならば、●▲▼×★■*を入れてみるか?」

 ●▲▼×★■*と言うのが何なのか分からないが、とりあえずカレーに入れていい物ではない気がする。

 ・・・・・・・・・


 そんなこんなが有りつつも、進藤たちが「カレー」と称するその物体はついに完成してしまった。

 テーブルの前に座らされた俺の前に置かれたのは、魔女が作るあの変な鍋(見たことはないが)の方がまだマシなのではないかと思える、表現するのも困難な色のスープの上に得体の知れない具の浮いた、形容しがたい物体だった。

「イヤ、コレハ、ヤッパリツクッタヒトガサキニタベルベキジャナイッスカネ・・・」

「何を言うんだ哲太。人の好意は素直に受けるものだぞ」

「そうだよ。いつも私たちのためにガンバってくれてる須賀君が先に食べないと。ねえ、香織ちゃん」

「ちょっと恥ずかしいけど・・・頑張って作ったから食べてほしいな」

 そう満面の笑みで言う進藤を見て、俺はこの世には絶対に逃れられない運命もあるのだと悟った。

 

 親父・・・おふくろ・・・能登川先輩・・・ゴンドさん・・・師匠・・・アデスさんたち・・・ごめんなさい。俺の冒険は、もうここで終わってしまうかもしれません・・・

 意を決して、俺は皿に入れられたその物体に口をつけた。

「!マジか・・・これ・・・美味いぞ・・・!」

 意外な展開に驚きつつも、俺は皿をテーブルに置いた。

「でも・・・・・・カレーじゃ無え!!」

(おわり)


 



 いや、おわりではなく。

 狂気のカレーパーティーが終わった後、俺は一条寺の逃げたあの部屋に引っ込んだ。寝室として使われていたであろう部屋は女子が占拠してしまったのだ。

「これ、まだ使えそうだぞ」

 衣装棚を見てそう言う一条寺の方を見ると、前の住人のものらしい服やズボンがあった。

 使える物はこの際何でも使いたい。他人の使った物なのはアレだけど、俺は女子たちのいる部屋の方へ持って行った。

 部屋の前に行くと、中から進藤の声が聞こえてきた。

「ずっと歩いてたら、足に筋肉がついて来ちゃうよねー」

「私なんて、マーチングやってたから腕も脚もホラ」

「わっ、凄ーい!」

「「・・・エスランさんって、筋肉すごそうですよねー」」

「バッ・・・私のなんて見たら、お前たち引くぞ!」

 一つの部屋に集まって、互いの「逞しさ」を比べ合う女子たち。一部のマニアックな奴を除いて女子に幻滅しそうな場面だが、俺は動じない、動じないぞ。吹奏楽部に入ってたら、結構な確率でこういう場面に出くわすからな。

 しかし、このままここに居るのも気まずい。俺は、衣服をそっと部屋の前に置いて元の部屋に戻って行った。


 部屋に戻ったら一条寺もどこかに行ってしまっていたので、一人でゴロゴロしていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「おい、居るか哲太」

「わあっ、エスランさん!?」

 さっきの筋肉云々の会話を聞いてたのがバレたのかと思った俺は慌てて叫んだ。

「何を慌てている?獣が来るかもしれないから焚火をしたぞ。交代で番をしよう。次の当番は君と・・・香織だ」

 何ですと?

(つづく)

ちなみに、作者は「一部のマニアックな奴」です(爆死)。

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