#36 ゴルビア喧嘩ショウ(前編)
有栖川さんの元で特訓を受けてから数日。俺たちは、あの特訓が終わった後で話していたゴルビアの町にたどり着いた。見た感じ、町の規模としては中の上くらい。ソガ―ブやガルナレアの町よりは大きいがイズマールの港町よりは小さい感じだ。
ここなら、あの角笛やその他もろもろの謎が解ける・・・のか?もちろん、ここに来る前にも出会った人には聞き込みをしていたが、満足の行く答えは得られていない。いたずらに時間だけが過ぎていた。
俺が宿で休息を取っていると、先に聞き込みに向かった進藤が帰ってきた。
「いろいろ会った人に聞いてきたよ。占い師とか、鍛冶屋とか、機巧職人とか、踊り娘とか・・・」
何となくダメだった気がするが、一応聞いてみる。
「・・・で、どうだった?何かヒントになることは聞けたか?」
「・・・ダメだった」
やっぱダメか。俺は少し、この世界の情報伝達力に期待し過ぎていたようだ。ネットですぐに何でも調べられる元の世界とは違うのだ。
「仕方ねえな。次は俺たちが行くわ」
俺はエスランさんと、俺と同じく宿で休んでいた早坂と一緒に、この町の冒険者のギルドへと向かった。そこなら、あちこちから人が集まっているだろうから楽器について何か知ってる人ももしかしたら・・・もう、藁をも掴みたい気持ちだった。
ギルドの手前まで来た時、小柄で軽薄そうな男が声を掛けて来た。
「いやあ、皆さんお強そうですなあ・・・。申し遅れました。わたくし、<喧嘩ショウ>のスカウトのアレギンと申します。明日のショウに出場する者がおらずに困っていたのです、どうですか、皆様出場されては?」
「喧嘩ショウ?」
「はい。ショウは三対三の勝ち抜き戦で、飛び道具以外なら武器の使用も可能な何でも有りルール。我がショウのチャンピオンに勝てば、皆様に多大な栄光と名声が入るのです」
エスランさんが小声で囁いた。
「観客がその闘いを観ながら賭けをするんだ。私が父と訪れた町にも似たようなものがあった。暇を持て余した金持ちの娯楽だろう」
冗談じゃない。早く楽器の謎を解かないといけないのに、そんな悪趣味な見世物に付き合っていられるか。大体、ギルドに行けばもっと強そうな奴らがいるだろうに俺たちみたいな女と子供のパーティーに声を掛けるなんて、本当にもう誰も出る奴がいないんじゃないか?
「悪いけど、俺たち急いでるんで、そんなショウに出てる暇は・・・」
「ご心配なさらずに。昔は人間と猛獣や魔物を戦わせたりもしていましたが、今はショウに出るのは人間だけでございます」
そんな、元々食べ物で無い物のコゲを取って「美味しくなったでしょ?」みたいな事を言われても困る。
「じゃあ、俺たちはこれで・・・」
誘いを振り切ってギルドに行こうとする俺たちに、アレギンが声を掛けて来た。
「皆様のファイトマネーは100リスラ。もし皆様がチャンピオンに勝てば、さらに手に入るのですが・・・」
その言葉を聞いて、俺の耳はピクリと動いた。
そう。俺たちは相変わらず金に困っていた。特訓を終えて旅立つ時に、有栖川さんにある程度の金は渡されていたが、町に着くまでのあれこれで大部分の金は消えてしまっていた。そして、なけなしの金もこの町でほとんどを宿代に使ってしまったのだ。
「エスランさん、もし100リスラあれば数日間は生活の心配は・・・」
「うむ・・・」
「・・・で、そんな危ないショーに出る事にしたの?お金のために?バッカじゃないの!?」
俺たちが戻った宿屋の一室に、進藤の叫び声が轟く。
「でも、元の世界に戻るにしても先立つ物がないとしょうがないだろ。日雇いの仕事をするったって大した金にはならないんだしよ」
「黙って」
俺は弁明するも、進藤の迫力に押されてしまう。
「いや、哲太の言うことも正論だ。それに、勝ち抜き戦なんだから私が最初に出て全員倒せばいい話だろう」
「そりゃ、エスランさんに勝てる人はそういないでしょうけど・・・椿ちゃんも何か言ってよ」
俺は話を振られた月山さんの方を見た。三人出場するのなら、俺とエスランさんの他は当然彼女になるだろう。
「私は構わないよ。特訓の成果も試したいしね」
月山さんはそう言うけど、やはり高校生の女の子がそんな危険なショーに出るのはあまり良い事ではないと思う。
正直、俺もエスランさんが何とかしてくれるだろうと信じてるけど、もしもの時は俺が月山さんの前に出て彼女を守らないといけない・・・んだろうな。
「ああもう、私寝るから!」
そう言って、進藤はベッドに向かった。
進藤のいなくなった部屋の中で、俺はあの特訓の後、進藤に会いにいった時の表情を思い出して気まずい気分になる。
元の世界でもこの世界でも、結局人は金に振り回されるんだな・・・
翌朝。重たい気分で朝を迎えていた俺たちに、宿屋の主人が、「皆様にご来客ですが・・・」と声を掛けてきた。
言われて宿の入口に行ってみると、無精髭を生やした無愛想な男が立っていた。
「どうも。俺はショウからの使いのザグスンと言う者だ。これから、お前たちの世話は俺がさせてもらう」
彼に付いてショウの会場まで行く道すがら、町の人たちが話すのが聞こえてきた。
「今度はあの人たちがショウに出るのか・・・」
「何だ、女とガキじゃねえか」
「あの人たちの体も無事では済まないかもしれないねえ・・・」
その言葉に、嫌でも不安が強まってくる。
「あの、俺たちの対戦相手ってやっぱりヤバい奴らなんですか」
「・・・公正を期すために、対戦相手と会う前に情報を伝えることは禁じられている」
またも無愛想に言い放つザグスンに、ちょっとぐらい良いじゃねえかケチと言いたくなる。
だが、すぐに俺の願いは嫌な形で叶えられることになった。
ショウの会場に入った所で、俺は何か硬い物にぶつかった。
最初、岩か何かだと思っていたそれは、俺を頭上高くから見降ろして言い放った。
「何だ、もしかしてお前が今日の対戦相手か?フン、まだガキじゃねえか。精々、俺に踏みつぶされないよう気を付けるんだな。ハハハ・・・」
その巨体と鋭い目付きを見て、俺は威圧感に震えた(というか、あんな事言う奴現実にいるのか)。
ザグスンが近づいて来て言った。
「もうお前たちも見たから言うが、あれがお前たちの相手のブータ。他に、フータ、ウータと合わせて三兄弟だ。普通はいきなりチャンピオンに挑戦させることなんて事は無いが、もうあいつらの対戦相手もほとんど見つからないからな・・・」
俺は納得した。確かにあれが相手なら、ショウに出場しようと言う者もそうそう出ないだろう。
俺たちはザグスンに控室まで案内された。
「試合が始まるまで、ここで待機していろ」
そう言われて座りながら、さっきの事を思い出していた。あのブータとか言う奴の体、普通の服を着てるだけなのにまるで鎧のように硬かった。身長だけではなく、身体の至る所が鋼のような筋肉で覆われているに違いない。この世界で出会った人で、あれに匹敵するような身体の持ち主はゴンドさんくらいか。きっと、残りの二人もあんなヤバい奴らなんだろう。もし・・・もしも、エスランさんが負けたら俺があいつらと戦わないといけないのか?・・・マジで・・・?
「ああ・・・こんな事ならやっぱ出るの止めた方が良かったんじゃ・・・。完璧に噛ませ犬扱いじゃねえか俺たち。ちょっと前に鍛え出した俺が敵うわけ無くないかこれ?何だよあの大胸筋・・・」
あの体と自分の体を見比べながらそんな風に呟いていると、部屋の隅で立っていたザグスンがガタリと動いた。
「大胸筋?大胸筋って言ったのか今?」
「はいっ?」
「驚いたな。ショウに出る奴で、人体についてそんな詳しい知識がある奴がいるとは思わなかった・・・お前ら、どうやら訳有りらしいな」
「は、はい・・・少しある物についての情報を集めてて、この町に滞在するのに金がいるんです」
「成程な・・・おっと、お前たちだけに言わせるのは不公平だな。俺はこれでも医者を目指してな。南方の学園都市にあるバディロード大学に入るための金が必要で、身体についての勉強も兼ねてここで世話係の仕事を始めたんだが・・・まあ、お前たちも見ての通り来る日も来る日もここで安い金で働いてるという訳だ。・・・あと、敬語はいい。俺はまだ17だ。お前たちもそれぐらいだろう」
「17って、俺とタメ!?」
「タメ?」
「いや・・・それより、筋肉とかの知識のある人ってそんなに少ないのか?」
「少ないな。俺みたいに庶民で医者を目指すのも居るっちゃあ居るが、医術学府に通う奴らは大抵良家の坊っちゃんお嬢ちゃんだ。少なくとも、ショウに出る奴でそんなのはほぼ居ねえよ」
と言う事は、このショウは身分の低い連中を金で釣って戦わせて、それを安全な所から金持ちが見物してるというわけか。胸糞悪くなる話だ(結局、ショウに出る事にした俺が言える義理でもないが)。
ん?さっきの話、学園都市と言う事は・・・
「なあ、その大学って、生物について学ぶ所もあるのか?」
「あ?まあ、そりゃあるだろうな。この大陸でもトップクラスの大学だからな」
「なあみんな、もしかしたらその大学に行けばあの角笛の元になった動物について知っている人もいるんじゃないか?」
俺の発言に、皆は色めき立った。
「確かに、手当たり次第聞きまわるよりその方が効率的だな。それに、大学があるバディロディアの町はアデス達との約束の場所であるセドリナ港にも近い」
地図を見ながら、エスランさんが言った。
「確かに思ってたほど簡単な相手ではないかもしれないが、今の私たちなら負けはしないさ」
「よし・・・学園都市に行くことで決まりだな」
不思議な事に、あれほど感じていた恐怖感が少し薄らいだ気がした。
「お前たちの探し物の事はよく分からないが、上手くまとまったようだな。・・・じゃあ、俺もそろそろ動き出すとするか」
そう言って、ザグスンは控室を出て行った。
しばらくすると、客席の方でざわつく声がした。微かに聞こえた声によると、対戦相手の三兄弟だけじゃなく、俺たちにも賭け金が入ったことに驚いているようだった。
しばらくすると、ザグスンが帰ってきた。
「俺もそろそろここでこき使われる生活を脱したいからな。お前たちに賭けさせてもらったよ。本来なら俺たちみたいな庶民には手が出せないくらいの金じゃないと賭けられないんだが、係にちょっとしたチップを渡したらしぶしぶ賭けさせてくれたよ。あのままでは賭けが成立しないからな。」
「妙だな。何故会って間もない私たちにそこまで肩入れする?」
エスランさんが問いかける。
「一つは、お前たちは今までの挑戦者にない能力を持っている。その可能性に賭けたいからだ。もう一つは・・・今さっき学園都市に行くと決まった時の喜びようを見てると、何か奇跡でも起こしてくれるんじゃないかと思えてな」
ザグスンはさっきの無愛想さとは一転した柔らかい表情で答えた。
何となく、この人となら上手くやって行けそうな気がした。
まだ前座の戦いが繰り広げられていて、俺たちが出るまでは少し間がある。
「じゃあ、今のうちにルールを説明しておくぞ。まあ、試合前にもう一度説明されるだろうが。試合は、両サイドとも男女、体格別に分けられた同じ形の防具を着けて行われる。防具くらいは皆で合わせないと賭けにならないからな。スカウトからも言われたかもしれないが、武器は近接攻撃用の物に限られる。決着は降参の意思を示すか、審判が戦闘続行不可能と判断した時に付けられるが、これは無視される事も多い。贔負の選手が相手を一方的に叩きのめすのを見たがる奴も多いからな」
万が一俺が戦う事になったら、すぐにギブアップすればいいか等と考えていたが、どうやら厳しそうだ。
「あと、バトルステージから転落するという決着の付き方もある。勝負に意外性を持たせるためだが、まあ気休め程度だと思ってくれ。ああ、もちろんいかなる形であっても控えの選手が戦っている選手に手出しする事は禁じられている」
俺は、おずおずと先刻から気になっていた事を聞いてみた。
「その・・・やっぱりショウで死んじまったりする奴っているのか?」
「流石に、モロに人死にが出そうになった時は大抵は審判が止める。町長もうるさいからな。ただ・・・打ち所が悪かったりして、結果的に死ぬ奴はいない事もない」
気勢が上がったとは言っても、そう言われるとやはり恐怖心を感じる。
「・・・怖くなったか?しっかりしろ。三人の中で『戦士』は他にもいるが、『男』はお前だけなんだからな」
言われてハッとした。ギブアップすればいいだの何だの言ってるが、そうなったら月山さんがあいつらと戦う事になる。やっぱり、男としてそれはいけないだろう。
そうか。さっきザグスンはバトルステージから落ちたら負けと言っていた。 それなら・・・
俺は一条寺と早坂を呼びよせ、ある物を買ってくるように頼んだ。
そして、ついに前座も終わって俺たちが出る時間が近づいてきた。
俺は、ザグスンに部屋にある仕切りの内側に連れて行かれた。
「じゃあ、そろそろ着替えるぞ。ここで下着一枚になれ」
「えっ、ここで気替えるの!?」
仕切りと言っても、外とは薄い布一枚で隔てられてるだけだ。
「・・・・・・」
ザグスンは、服を脱いだ俺を見て何かを考えているようだった。
「どうした?・・・余りにヒョロい身体だから驚いてるのか?」
「お前、自分の背中を見た事はあるか?」
「え?いや・・・」
「剣技に必要な筋肉がバランス良く鍛えられてる。いい師匠に恵まれたな。それに、身体の前面に比べて背中の傷が圧倒的に少ない。怖い時でも必死に前に出てたんだろう。立派な『男の背中』だよ」
そう言われて、嬉しいような少し照れくさいような何とも言えない気分になる。ああ、これが自分を本気で鍛える事から逃げていた頃は感じられなかった「成長する喜び」なんだな・・・
「・・・ありがとう。何だか、俺でもやれるかもしれないと思えて来たな・・・叶えたいな、あんたの夢」
そう言うと、ザグスンは防具を着けた背中をドンと押した。
「お前たちの夢も、だろ?」
俺はその言葉に無言で頷きつつ、仕切りを開けた。見ると、エスランさんや月山さんも既に着替えを済ませて待機していた。
「じゃあ、そろそろステージに行くぞ」
ザグスンの言葉に合わせて、エスランさんたちが部屋を出ていった。
それに続いて俺も出て行こうとした時、防具を付けた背中に何かの感触を感じた。
ゆっくり振り返ると、進藤が俺の背中にすがっていた。
「進・・・藤・・・?」
「須賀・・・。どうしても、行っちゃうの・・・?」
えーと、進藤・・・さん?
(つづく)
#19で「16年間の人生で・・・」と言ってた哲太が17歳のザグスンをタメと言ってるのは、設定変更ではなく旅の途中で誕生日を迎えたという裏設定です。