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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
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#35 特訓のマーチ(後編)

(承前)あれから、早くも六日が過ぎた。その間、俺たちは最初の日と同じように特訓を続けていた(もちろん、最初の基礎トレも続けながら)。俺と月山さんは繰り返し戦ううち、最初感じていた恐怖感も少しづつ薄れて、攻撃する時の気構えも実戦に近くなっていった。(流石に、お互い頭や急所は狙わないという暗黙の了解はあったが)


 何度も戦っていると、次第にお互いの弱点も目につくようになってくる(もしかしたら、これが二人で戦わせた狙いなのかもしれない)。俺たちは、訓練の後に時々弱点を指摘し合ったりもした。

 月山さんは、無意識に曲線的な攻撃に頼る事が多くて直線的な動きが少なくなる特徴があった(恐らく、マーチングバンド時代の癖だろう)。

 有栖川さんは、最初の日と同じように日没の少し前に特訓終わりの声を掛けてきた。

「お疲れ、月山さん。大分直線の攻撃も増えてきたよ」

「ありがとう。須賀君も最後の攻撃結構スジが良かったよ」

 やり切った、とでも言うような雰囲気で爽やかに汗を拭く月山さんを尻目に、俺は地面にへたり込んだ。

 俺の弱点―――それは、単純に基礎体力の不足だった。

 実の所、六日目になっても未だ月山さんに「一本」とでも言うような決定的な一打を与えることは出来ていなかった。戦いは、大体は俺が軽い攻撃を与えるか、または俺の方が決定的な一打を与えられるか、はたまた戦いが長引いて俺がスタミナ切れを起こして中断するのがパターンだった(ちなみに、そう言う時有栖川さんは無理矢理再開はさせずに俺が回復するまで待っているのだった)。


 何とか小屋まで戻った。小屋の中では、進藤がロープの昇り降りを繰り返して掌を痛めた早坂にすり潰した薬草を塗っていた。あの、一日目が終わって進藤とすれ違った時、あいつは有栖川さんに言われて薬草を採りに行っていたのだった(ちなみに、その事の感謝を有栖川さんに伝えたら「回復してまた特訓をさせるんだから当然だろ」と言われただけだったが)。

 普段の様子を見るに、早坂は腕力が強い事をあまり人に知られたくないタイプだと思うのだが、毎日黙々と(まあ、元々彼女はあまり喋らないが)ロープ登りを続けていた。彼女なりに、進藤たちを(進藤の事だけではないと思いたい)守る責任を感じているのだろう。

「ほら、須賀もこっち来なよ。薬塗ってあげるから」

 進藤が、一転してぶっきらぼうな感じで声を掛けて来た。

「ああ?いいよ、俺は」

「何言ってんの、こんな沢山擦り傷作って・・・」

 昔、進藤が逆上がりの練習をして手を痛めたときに絆創膏を探したりした事を思い出した。今、そのポジションが逆転していることに何となく気恥ずかしさを感じた。

「ああ、もういいよ自分で塗るから・・・」

 そう言う俺を、エスランさんが押さえつけ、結局俺は薬を塗られたのだった。


 進藤たちは食事の準備に行き、周りには俺とエスランさんだけになった。

「頑張っているじゃないか哲太。君は女の子と真剣に戦うのはダサいなどと言うタイプだと思っていたが・・・」

「・・・別に、今の俺を格好いいなんて思ってないスよ。ただ、ここで負けるのにビビって月山さんと戦わないのはもっとダサいと思ってるだけです」

「俺なんかを月山さんと同列に語るのはおこがましいんですけど・・・俺、あの子に言われたんです。天辺を目指すなら犠牲にしないといけない物もあるって。もし俺が何かを犠牲にするとしたら、プライドとか『格好いいと思う自分』なんじゃないかって思うんです」

「うーん・・・でも私は、自分を犠牲にすると言うのとは少し違うと思うがな」

「そうですかね・・・」

「そうだな・・・分かりやすく言うなら、君は今、本気になってるんだよ、哲太」

 本気・・・?そうなのだろうか。分からない。俺はただ、今のままでは元の世界に戻れないと思うから必死になってるだけだ。

 結局、食事まで少し仮眠をすることにした。

 取りあえず、特訓はあと一日だ。あと一日で、何とか月山さんに一撃を・・・

 そう言えば俺、いつの間にか目標が「何とか乗り切ろう」から「彼女に勝とう」に変わってたんだな・・・


 最後の日。俺と月山さんは実戦練習を繰り返していたが、やはり彼女に決定的な一打を与えることは出来ないままだった。当たり前の事だけど、弱点を修正してくると言う事は、それだけ彼女が強くなっていくという事だ。

「今の攻撃、左!」

 進藤の声が飛んでくる。

 この特訓の間に変わった事―――それは、最初ほとんど聞き取れなかった進藤の声が、少しづつ戦いの間にも聞こえてくるようになってきた事だ。しかも、声が大きくなるだけじゃなくてだんだん互いに対して的確になってきている気がする。俺が特訓に慣れてきたせいもあるかも知れないが、それだけではないだろう。

 だがしかし。いくら「左!」と言われた所で、俺が避けられなくてはどうしようもない。結局、俺はまた彼女に一撃を入れられてしまった。


 !・・・そうか。左から来ると言うことは、もしかしたら・・・

 痛みの中で、俺の頭に一つの考えが浮かんだ。

「須賀、大丈・・・」

 進藤が近寄ってきたが、俺はゆっくりと立ち上がって行く。

「どうする?あの人もう戦えって言わないかも知れないけど、このまま休んでおく?」

「・・・そんなわけ、無えだろ」

 俺が成長してきたことを喜んでいるのか、それとも無事だった安堵感か彼女は少し満足気な表情を浮かべた。

 

 もう陽は沈みかかっている。時間的に、おそらくこれが最後の手合わせになるだろう。何としても、今度こそ彼女に勝ちたい。

 俺は木剣を正面に構えた。悔しいけど、スタミナは彼女の方が上だ。長期戦になればなるほどこちらが不利になる。一撃で決めなければならない。一撃で・・・

「須賀、椿ちゃんは右!」

 進藤のその声を聞いて、俺は()()に踏み込んだ。

 彼女の武器のリーチの長さに近づくのもままならない?

 ・・・なら、いっその事、彼女の攻撃が来る前に懐に飛び込んでしまえばどうだ?

 怖いのは当たり前だ。戦いなんだから。

 でも、だからと言って腰が引けていると余計にヤバい事になる。この世界で俺はそんな経験を何度かしてきた。この前ウェアラビットと戦ったときもそうだ。

 ああ・・・これまともに食らったらかなりヤバくないか?さっきのでもあんなに痛かったんだから。

 でも、まだ痛くないんだから大丈夫なんだろう・・・きっと。

 一瞬が無限に感じられるほどの時間の中で、そんな考えが頭をめぐる。

 その時、進藤の声が響いてきた。

 「()()!!」

 それと同時に、俺は剣を振った。・・・手に、鈍い衝撃が伝わってきた。

 見ると、月山さんは武器を投げ出して後ろに大きくのけぞっていた。

 勝った・・・のか?俺が・・・

 と、俺は我に返った。

 月山さんが倒れようとしている方に走って、おもむろに手を取って頭を抱きかかえる。

「・・・大丈夫だった?月山さん・・・」

 月山さんは軽く笑みを浮かべた。

「須賀君。・・・やられちゃったね、私」

 進藤が大きく息をついた。俺が・・・いや、二人とも無事だったことに安堵しているのだろう。

 その時、有栖川さんの「特訓終わり!」の声が響いた。


 俺が小屋の方に戻ると、井戸で一条寺が顔を洗っていた。正座をしている時に風が吹きつけて来たのか、一条寺の服はあちこちが砂やゴミで汚れていた(こいつの人生で、今までこんなに泥だらけになったことは無いのではなかろうか)。

 しかし、俺の見た限りでは一条寺が自分から正座を解いた事は一度もなかった。

「何つうか、結構根性あるのな、お前」

「僕は根性論とか精神論とかは好きじゃないが、正座はそんなに苦にならないさ。書道や茶道も習っていたからな」

 一条寺はドライに返してきた。まあそんな気はしていたが。

「お前の方こそ、随分苦しい思いもしただろう。すまない。お前ばかりを戦わせて申し訳ないと思っている・・・僕にもう少し力があればよかったが・・・」

「ええ?何だ、そんな事考えてたのかよ、お前?」

 二人でそんな会話をしながら歩いていると、木陰で休んでいる月山さんを見付けた。見ると、彼女の日焼けした腕には、さっき俺に打たれたのだろう、大きなアザが出来ていた。

「・・・ごめん月山さん。あんなに強く叩いちまって。なんか慣れてないから加減とか出来なくて・・・いや、ぶっちゃけあの時は加減するつもりもなかったんだけどさ」

 月山さんは何故か一瞬、恥ずかし気なような、切なげなような表情を浮かべた。

 が、すぐに笑顔に戻り、わざとアザを見せつけるようにして言った。

「大丈夫だよ。変に加減とかされたらそっちの方がムカつくし。カラーガードやってた頃はこんなアザしょっちゅうだったんだから。・・・それに、十分優しいよ、須賀君は」

 「優しい」・・・今まで褒め言葉と感じた事はなかった言葉だけど、やはり褒め言葉として受け止めるべきなんだろうな、これは。

「それよりさ、香織ちゃんが落として言ったんだけど・・・見てよこれ」

 月山さんが手に持っていたのは、俺と月山さんの攻撃パターンの説明が細かく書かれた紙だった。・・・間違いなく、進藤の字だった。

「あの子、私たちにアドバイスを出すために、特訓が終わった後も私たちの攻撃パターンを覚えていて、こうして書いてたんだろうね・・・」

 ああそうか。アドバイスが的確になってきたと思ったのは、やっぱり気のせいじゃなかったんだな・・・

「・・・あの子の所に行ってやりなよ、須賀君。多分キミに声を掛けられるのが一番嬉しいだろうから。―――()()、人を見る目だけは本当に確かだから・・・そんな先生が直接戦闘に関わる特訓をさせなかったんだから、あの子戦いには向いてないと思う。だから、キミが・・・」

 そこまで言って、月山さんは声を詰まらせてどこかに歩いて行った。

 多分、月山さんが言おうとしたのは「守ってやって」的な言葉だろう。でも、何故言葉を詰まらせたのか。

「なあ一条寺。なんで月山さんはどこかに行っちまったんだと思う?」

「本当に分からないのか?お前・・・」

 一条寺は呆れたように言った。

 

 俺は進藤がいるであろう小屋の中に向かった。

 俺はとんでもない思い違いをしていた。俺たちの中で一番つらい特訓をしていたのは、きっとあいつだ。俺たちが傷つくかもしれない戦いを、ただ見てアドバイスを送るしか出来なかったのだから。

 いや―――俺たちじゃなく、()の事なのか・・・?まあいい、とにかくあいつの元まで行こう。

 小屋のドアを開ける。果たして、そこに進藤はいた。

「須賀・・・。元気なんだね、良かった」

「進藤・・・。紙にいろいろ俺たちの戦いのこと書いてくれてたんだってな。・・・・・・サンキュー」

「見たの?あれを・・・そう、私が書いたんだよ。須賀・・・たちが傷つくのなんて見たくないから」

 おかしい。いつものこいつなら、「別に?須賀なんかに礼なんて言ってもらわなくていいし」とか強がりそうなものだが。

「・・・覚えてる?あのジャイアントバットに須賀が襲われた時の事。あの時、須賀に声を届けられなくて・・・それから戦いで私なりに何をしたらいいか考えてたんだ」

「お、おう・・・。悪かったな。一日目のとき戦いを見てるだけなんて言っちまって。・・・本当は、お前が・・・その、一番つらい思いをしてたかもしれないのによ」

「あ・・・あと、最後の俺の事を下の名前で呼んだの・・・ああいうのは、何か恥ずかしいから・・・止めろ」

「あ・・・あれ聞いてたの・・・?別にあれは、とっさに言ってしまっただけで、別に深い意味なんてないよ」

 進藤は顔を赤くして否定した。ようやく、いつものこいつに戻りつつあるか?

「でも、本当に俺たちよく乗り切ったよな・・・」

「本当だよねえ・・・」

 俺たちは軽く笑い合った。やっと、いつもの俺たちの空気が戻ってきたような気がした。


 

 その後、食事をして明日からの支度を済ませた。他の皆はポツポツと有栖川さんに声を掛けている。

「最初、須賀たちにそんなひどい事させないでって思ってましたけど・・・今は、旅の中でもっとひどい目に合わないようにするためだって思ってます。ありがとうございました」

 進藤が言った。皆、自分の中でこの特訓の意味を考えていっている。

「最初何させるんだこの人はって思ってましたけど、この特訓のお陰で戦うと言うのがどういう事か何となくわかった気がします。ありがとうございました。もし旅をする中で壁にぶつかったら、また特訓をつけてもらってもいいかな・・・なんて・・・」

「何か勘違いしてねえか?俺は旅にはついて行かねえぞ」

 え、そうなん?正直ホッとしてしまったけど。

「俺はまだここで調べたい事があるからな。聞いた話だが、遠くの場所と交信する方法もあるんだろ?」

「夜交泉の事っスね」

「そして、お前らが元の世界に戻る方法を見付けたら・・・すまないが教えてくれ。何とか帰るから。そうだ、これを持っていけ」

 有栖川さんは何やら紙を取り出した。

「これには、今まで俺が調べたこの辺りの魔物と地理についてが書いてある。」

 わざわざ旅に出る時に困らないように調べてたのか。もしかしてこの人いい人かも・・・

「あ、ありがとうございます。わざわざこんな・・・」

 と言い終わらないうちに、また例の棒が目の前に突きつけられてきた。

「月山に一回勝った程度で調子に乗るなよ。本来ならばオマエはまだ半人前にもなってないレベルなんだ」

 やっぱ、やっぱヤバい、この人は。

「ありがとうございます先生。もし私たちが元の世界に帰る方法を見付けたら・・・先生も帰って、また私たちに練習を付けて下さい、お願いします」

「言われなくてもそうするさ。俺は、お前たちの顧問だからな」

「ありがとうございます!」

「月山はともかく、他の連中の声が聞こえねえな。お前ら、俺をナメてんのか?」

「「ありがとうございます!!!!!」」

 結局、俺たち皆、最初月山さんと有栖川さんがそうしていたように大声で挨拶する事になったのだった。

 そう言えば、特訓が終わってから月山さんは有栖川さんの事を「あの人」ではなく「先生」と呼んでいた。形式的にそうしてるのか、本心から出た言葉なのかは分からないが、自分を鍛えてくれたことへの感謝の気持ちが込もっている事は間違いないだろう。

 感謝の気持ち・・・か。俺も、もっと強くなればそう感じられるのだろうか?


 それからしばらくの後。俺たちは、有栖川さんに貰った紙を見ながら今後の予定を話し合った。

「特訓に集中して忘れそうになってたけど、俺たち月山さんの持ってた角笛について調べないとなんだよなあ」

「ならば、ここにあるゴルビアの町がこの街道沿いで一番大きい町のようだから、そこに行けば何か分かるかもしれないな」

 エスランさんの言葉を聞きながら、俺はさっき月山さんに進藤を守ってやってと言われた(であろう)事を思い出していた。

 この世界で俺もそれなりに魔物と戦い、そして実際に何度か皆を守ってきた。

 もちろん誰を守れても嬉しいけど、進藤を守れた時は、特別に身体の芯が熱くなるような、胸の中に温かい物が流れ込むような感覚を感じた。

 ・・・俺も、もっと自分の心に素直にならないといけないのだろうか・・・

(つづく)


※「ジャイアントバットに須賀が襲われた時」→#12「BAT STRIKE」

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