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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
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#34 特訓のマーチ(前編)

 小屋へと向かう途中、月山さんに顧問の事について軽く聞かされた。なんでも、まだ20代後半の男で名前は有栖川美蘭(ありすがわみらん)というらしい。そんな名前の男、少女漫画か乙女ゲームの世界にしかいないと思っていたが。小屋の外に出て商人から売買したりこの世界について調べたりする事が多く、それでさっきも居なかったそうだ。

「今は灯りが点いてるから、帰ってるみたいだね」

 見ると、確かに窓からランプの灯りらしき物が漏れている。

 月山さんは、只でさえピンと伸びた背筋をさらに伸ばすようにしてドアを叩き、大きく深呼吸して叫んだ。

「すみません先生、月山です!只今帰りました!」

 思わず耳を塞ぎそうになるほど大きい声だった。

 すると、すぐに同じくらい大きな声が返ってきた。

「うるせえ!今何時だと思ってんだ!挨拶はいいからさっさと入れ!」

 ドアを開けた所に座っていたのは、名前だけでなく顔も乙女ゲーに出てきそうな―――つまりはイケメンだった。

 こんなイケメンからあんな怒号が飛んでくる事を想定していなかった俺は困惑した。

「すみません!この人たちに会っていたので帰る時間に30分遅刻しました!」

 大声を出しつつも、月山さんも緊張している事が彼女の様子から見て取れる。

 そもそも、顧問は目の前にいて、別段耳が遠い様子もないのになぜこんな大声を出し合っているのだろう。

 そんな事を考えていると、顧問の目がこちらを向いた。

「で、こいつらは?」

「はい!私たちと同じ、日本からこの世界に飛ばされてきた吹奏楽部の人たちと、後ろの方はこの世界の女剣士です!彼らは元の世界に戻るため旅をしています!彼らと一緒にいると、私たちが元の世界に帰るためにもなると思い、ご一緒させていただこうと思いました!」

 凄まじい威圧感を感じたが、何とか俺たちは一人づつ名乗った。

「フン・・・」

 と言いつつ、顧問は俺たちをじっと見回した。

「後ろの女剣士はともかく、オマエらはひ弱そうな感じだな。もし月山と一緒に行くなら、ここでしばらく俺がお前らを特訓してやる。それが条件だ」

 突然の発言に、俺たちはざわめく。

「そんな事言われても、俺たち三ヶ月もしないうちにある人と会わないといけないんです。ここでゆっくりしてる暇は・・・」

 そう言う俺の方へ、突然木の棒が投げつけられてきた。棒は、俺の顔をかすめて床に突き刺さった。

 一体何なんだこの人は!?能登川先輩でも、何の罪もないと分かってる人に突然矢を放ったりはしないぞ(多分だけど・・・)

 大体、あまりの緊迫感にスルーしてたけど何で人と会話する時に木の棒を持ってるんだこの人は!?

「口応えするんじゃねえ!どうせ、今までだってギリギリの所で生き残ってきたんだろうが。今までは良くても・・・これから先、いつか死ぬぞテメエら」

 今までの事を振り返ると、残念ながら反論の余地は無かった。

「安心しろ。期間は明日から一週間だけだ。その中で、お前らが効率的に力を付ける方法を俺が考えてやる。・・・俺は明日の準備をする。言っておくが、逃げようなんて考えるんじゃねえぞ」

 そう言って、有栖川さんは外に出て行った。

 俺たち奏南高の四人は唖然としながら小屋に取り残された。

「やっぱり、こういう事になっちゃったか。あの人、言い出すと聞かないから・・・。まあ、私が魔物と戦えるのもあの人に戦い方を教えてもらったからなんだけどね」

「あの人ドキュメンタリーで見た時はあんな感じじゃなかったんだけど・・・」

 進藤がこぼす。つまり、TVではうまく編集されてたって事だな。

 「・・・でも、棒が須賀の横をかすめたってことは・・・須賀に当たらないように気を付けてたってこと・・・だよね」

 進藤は自分を納得させるように呟いた。というか、それ以前に会話の最中に棒を投げる事に突っ込めよ。

「それに、月山さんと一緒に行くなら・・・って言ってたってことは、私たち五人が危険な目に遭わないか気にかけてくれてるんだよね。私も、戦闘の時に何もできないのは嫌だし。私・・・特訓受けてみるよ」

 そう言う進藤の前向きさが羨ましかった(というか、戦闘で大して役に立ってないの気にしてたんだな)。

 俺は、不安の中で一夜を明かした。あんな人の事だから、どんなヤバい特訓をさせられるか分からない。かといって、逃げたらもっとヤバい事になりそうだし、第一月山さんを放ったらかして逃げるわけにも行かないし・・・



 次の日。俺たちは、軽装で小屋の外に並ばされた。目の前には、有栖川さんが立っている。やはり手に棒を持って。

「まずは、あの木に向かって走って、また戻ってこい。それを5周だ。安心しろ、この一帯に魔物が入って来れないことは確認してある」

 有栖川さんの指した先には、農場の外れにある大きな木があった。あの木までなら、それほどの距離は無さそうに見えた。

 ・・・甘かった。木まで一直線だから短く感じられたが、実際は見た目よりかなり長く、片道でもゆうに1キロはありそうだった。

 おまけに、前にも言ったとおりこの辺りの湿度は高く、しかも木までは緩やかな丘陵になって・・・要は、最も走るのに向いていないような環境だった。

 3周目にもなったところで、もうヘトヘトになっていた。俺でもこんなだから、さぞかし他の皆は・・・と思って後ろを振り返った。進藤、一条寺、早坂がずっと遠くに見える。

・・・と思っていると、後ろから月山さんが迫ってきた。

「やるじゃん。これ、強豪校(ウチ)の部員でも結構キツいメニューだよ」

「俺だって、こっちの世界に来て結構鍛えてたからね・・・」

 そう言いながらも、月山さんはまだ余力がありそうな足取りで俺の横を過ぎて行った。

 マーチング強豪校の体力、恐るべしだな・・・


 結局、俺と月山さんは抜きつ抜かれつしながらほぼ同時に5周目を終えた。俺は、ヘトヘトになりながら地面の上に寝転んだ。

 しかし、(キツいのは確かだけど)割とオーソドックスな体力作りだな。特訓と言うから、もっとブッ飛んだメニューを課せられるのかと思ってたが。

 そう思っていると、頭上に有栖川さんが現れた。

「何だ、もうヘバったのか?これはまだ()()()()だ。あと、腹筋150回、背筋150回、腕立て100回を終わらせたら特訓に入らせてやる」

 俺、思考停止。

 ・・・している場合ではない。こうなったら、早く基礎トレを終わらせてその分特訓に入るまで体力回復してやる。

 俺は腹筋を始めた。しばらくすると、残りの三人も走り込みを終えて筋トレに入った。

 さすがに腐っても吹奏楽部員というべきか、皆腹筋はそれなりにこなしていた。が、腕立てになると、進藤や早坂はプルプルしながら数回こなすのが精いっぱい。その後はやるごとに回数が減って行った。

 進藤の逆上がりとか従競争の練習に付き合ってた頃を思うと、あいつがハードなトレーニングをこなすのを横で見るのは不思議な感じがする。

 月山さんはさすがにもう少し数をこなしていた。が、俺ほどではない。

 そう言えば、一条寺はどうしてるのだろう。俺は、あいつの方を見た。

 一条寺は、三回程度やってはべちゃり、と地面に倒れ伏すのを繰り返していた。

 ・・・マジすか。

「何となくこうなることは予想してたけど、一応そうじゃない事を期待してたんだぜ、俺は・・・」

「ハァ・・・ハァ・・・知らないのか・・・?筋トレと言うのは、正しいフォームで、ギリギリ出来る回数をやるのが・・・一番効果が・・・出るんだ・・・」

「いやまあそうかも知れんけど、男としてのプライドとか無いの、お前?」


 そんなこんなが有りつつも、何とか俺はトップで筋トレを終えた。男子としてのメンツは保たれたわけだ。

 まあ、これで皆が終わるまで少し休めるだろう。そう思って俺は地面に腰を下ろした。

 ・・・ら、再び棒が目の前に飛んできた。

「誰が休んでいいって言った!?オマエは腕立てもう100回追加だ。全く、また新しい棒を探しに行かないといけないじゃねえか」

 「腕立て100回終わらせたら特訓に入る」は、一般的に「腕立て100回以上はやらないでいい」と同義だと思われますが!?というか、(考えないようにしていたけど)やっぱり人に投げるために棒を持ってるんだなこの人・・・

 このままでは、魔物より前にこの人に殺されるのでは・・・。やっぱり、いざとなれば月山さんを残してでも俺たちは逃げよう。そう思った。

 

 結局、全員の基礎トレが終わったのは太陽が天の中心に昇ったころだった。

「とりあえず、今までの基礎練習でお前たちの力は見させてもらった。これから各自特訓に移る・・・まず、そこのボロ雑巾みたいになってるお前!」

 有栖川さんは、すでにグデングデンになっている一条寺を指さした。

「お前はそこで正座していろ。ただし、雨が降ろうが風が吹こうが動物が近づいてこようが、俺がいいと言うまで動くんじゃねえ。物事を、決められたやり方で地道に続けられるのがお前の唯一の美点だ。だから、後は集中力を身に付けろ」

「・・・はい!」

「次・・・早坂!」

 有栖川さんは、いつの間にか太い木に垂らされていたロープを指さした。

「お前はこのロープを伝って木の上まで登れ」

 困惑する早坂に向かって有栖川さんは続けた。

「万が一、戦えるメンバーにもしもの事があった場合、()()たちを守れるのはお前しかいねえ」

「は・・・はい!」

「次、月山と須賀!」

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「お前らは、実戦を想定した訓練をしろ。これから陽が暮れるまで、二人で何度でも戦い合え」

 そう言って、有栖川さんは俺の稽古用の木剣と月山さんの武器の棒を手元に置いた。

「え・・・でも、女子を相手に攻撃するのは・・・」

「あ?何だ、てめえまさか月山になら余裕で勝てるとでも思ってんのか?」

 有栖川さんは俺を睨みつけて言った。

 そうではなくて、女子を相手に本気でぶつかるのは心苦しいと言う話なのたが。 

「まあ、俺も鬼じゃない。この状態で戦えとは言わねえ。これを武器に巻き付けろ。少しは衝撃が和らぐだろう」

 そう言って、寝る時に使ってたらしい毛布を指差した。この人がまだ自分に人の心があると思っている事に驚く。

「私は?私は何をしたらいいんですか?」

 進藤が食いついてきた。

「お前は・・・そこで二人の戦いを見てろ。そして、戦いをしてる二人に的確なアドバイスを飛ばせるようになれ」

「えー」

 進藤は、私も直接戦えるようになりたかったとでも言うように、残念そうな表情を浮かべた。

 だが、俺は進藤が直接戦わないで済む事に、心のどこかで安堵していた・・・


 が、休む間もなく俺と月山さんは得物を持って向かい合わされた。

 戦うって言ってもなあ・・・。あの人にバレないように(無理っぽい気もするが)適当に加減するか?

 そう思って、月山さんの方を見た。

 月山さんは、身体をほぐしつつ真剣な表情でこちらを見ていた。確実に、本気で来るだろう雰囲気だった。

 俺は、月山さんの鍛えられた身体を見ながら、昨日の彼女の魔物との戦いぶりを思い出していた。

 ・・・本当、バカだな俺は。

 やっぱり、ここは俺も本気で行かないと駄目だ。

 ただ危機感を感じたと言うだけではない。

 ずっと真剣に部活に打ち込んできた彼女に向かって、いい加減にしか部活をやってなかった俺が適当に加減しようとか・・・何様だ、俺は。


「・・・行くよ、月山さん!」

 俺は木剣を持って踏み込んだ。

 予想通り・・・いや、予想以上に月山さんは強かった。攻撃を入れようと思っても、まず棒をかいくぐって懐に飛び込むのすらままならない。単に得物のリーチの差だけじゃ無い。彼女の身体能力がそれを可能にしているのだ。

 分かってはいたが、長い間本気で鍛えてた者とついこの間から鍛え始めた者とではここまで差があるのか・・・

 などと落ち込んでいるヒマも無く、月山さんの武器は迫って来る。俺は、何とか剣を振って武器を払い落すのが精いっぱいだった。

「テメエらやる気あるのか!?もっと、お互いを本気で魔物だと思って行け」

 有栖川さんの怒号が飛ぶが、やる気以前に物理的に月山さんに近づけないのだ。

 後ろで進藤が何か叫んでいるが、何を言ってるかは聞き取れなかった。

 ・・・・・・・・・

 

 結局、この日は一日中こんな事を繰り返していた。

 陽が沈む間際になって、ようやく今日の特訓の終わりの声が掛かった。俺は、疲労感と安堵感とで近くにあた木の根元にどっと座り込んだ。

「お疲れ、須賀君」

 月山さんが木の所にやってきて声を掛けて来た。

「ハァ・・・ハァ・・・お疲れ、月山さん・・・やっぱ強いな・・・」

 もはや素直にそう言うしかなかった。

「・・・しかし月山さん、よくあんなヤバい人の所で練習してたよな・・・」

「・・・確かに、あの人を好きと言えるのかは私にもわからない。でも、あの人が部を強くしてくれたのは間違いない。毎年みたいにマーチングで全国大会に出てるんだから。ただ楽しく部活をやっていくならそれでもいいと思う。でも、天辺を目指すなら犠牲にしないといけない物もある。私は、そんな覚悟を持って光進に入ったんだよ」

 そう言って、月山さんは小屋の方に戻って行った。心も体も、本当にタフな子だと思った。

 

 楽しくやる、か・・・。振り返って見ると、旅に出てからは楽しいことなんてそう無かったけど、何だかんだでそんな日々の中で成長していった事は事実だと思う。

 そんな事を考えながら小屋の方へ戻って行くと、進藤とはち合った。

「お疲れ、須賀。・・・何か顔色冴えなくない?もしかして、特訓止めたくなってる?」

 そう言えば、俺よりもっと大変な思いをしてるだろう奴がいたな。音楽を続けるために旅をしてるのに、こんな所で特訓をする羽目になって、得意でも無い運動を続けてるこいつが。

 進藤も特訓を続ける気なら、俺も止めるわけにはいかない・・・か。

「いや、大丈夫だよ。明日もやるぞ」

「・・・良かった。てっきり、ヘバッたかと思ったじゃん」

 そう言って、進藤は悪戯っぽい笑みをこちらに向けた。

「あぁ!?いいよな、ただ戦うのを見てるだけの奴はよ!」

「・・・あっそ!」

 そう言って、進藤はむくれたようにどこかに歩いて行った。・・・何かマズい事言ったか、俺?

 まあいい。あと六日、なんとか乗り切ろう。

 ・・・元の世界に戻ったら、たっぷり人生楽しんでやるけど。

(つづく)



繰り返しますが、「光進学園」に特に現実のモデルはありません。

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