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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
38/74

#32 椿ラプソディー(前編)

 マラスラ村を出てから一週間が過ぎた。あの時エスランさんに自分たちの本当の目的―――元の世界(この世界の人にとっては異世界だが)に戻る―――を言うべきではないかと考えたものの、では今さらその事をどう言うべきかと言われても具体的な考えは浮かばなかった。

 エスランさんがいない時に他の三人にその事について聞いてみたけど、やはり他の皆も(エスランさん自ら望んで旅立ったとはいえ)エスランさんを騙しているみたいで心苦しい思いをしていたようだ。

 しかし、ではどうするかと聞いてみても答えは出なかった。それに、仮に本当の事を言ったところで、信じてもらえるかは分からないのだ。


「どうかしたのか、テッタ?」

 そんな事を考えていると、心ここにあらずという感じに見られたのかエスランさんに声を掛けられた。

「大丈夫か?疲れてるなら少し休んでもいいが・・・」

「いえ、平気ッス」

 とにかく、今は魔法の筒と鉄の棒の手掛かりを求めて前に進むしかない。  


「ちょっと見てくれ。あれは何だろう?」

 歩いていると、一条寺が前方を指さして言った。

「おいおい、また村なんてことは無えよな・・・?」

 見ると、確かに前方には小屋らしき物があった。

「今回は村と言う事は無いと思うが・・・。今度こそ魔物の幻影かもしれない。不用意に飛びこむのは避けるべきだろう」

 村で描き写した地図を見ながらエスランさんが言った。

「でも、もしかしたら何かのヒントがあるかもしれないよ」

 進藤が言う。確かに、今は少しの手掛かりでも見付けたい所だ。

 俺は、周囲を見渡して魔物の気配が無い事を確認した。

「じゃあ、俺があそこを偵察してきます。エスランさんはここで皆を見ていて下さい」

「気を付けろよ。もし何か危ない気配を察したら、すぐ帰って来るんだ」

「大丈夫っス。逃げ足なら自信がありますから」


 小屋の方に向かいながら、俺は周囲の森や草原を見渡した。街道に入ったとはいえ、まだ次の町までは遠い。この広い大陸のどこかに、本当に元の世界に戻る手掛かりがあるのだろうか。こうしている間にも、アデスさん達と合流するまでの期限である三ヶ月は着々と近づいているのだ。


 そんな事を考えているうちに、小屋の方へ辿り着いた。周囲を見渡すと、小屋だけでなく畑や使われてない水車もある。どうやらここは農園か何かだったらしい。割と最近まで使われていたらしいが、今はもう人の気配は感じられなかった。

 まあ、こんなもんか・・・などと考えながら小屋の裏手に回ってみると、奇妙な物を見つけた。まだ新しい焚火の跡。その周りには薪と何か動物のものらしい骨。

 これは・・・つい最近まで、いや、もしかしたら今も誰かがここにいるのか?

 俺は、ゆっくりと小屋の扉に手をかけた。

 小屋の中を見渡しても誰もいない。が、中には毛布が敷かれている場所がある。つまりは、やはり誰かがここで寝起きしているのだろう。俺は、慎重に毛布に手を伸ばしてみた。が。

 「動くな」

 突然、後ろから手を掴まれた。

 その声と感触は・・・女?・・・にしては力が強い気がするが。

「そのまま、持っているものを全部出せ」

 腕を取られたまま、ギリギリと顔面が地面に近づけられていく。俺を賊だとでも思ってるのか。

 などと思っている間にも、頭はどんどん下がっていく。腰に着けていた袋に入っていた荷物も、ボロボロとこぼれていった。あの、魔法の鉄の棒も・・・

「・・・!えっ、あなたもそういう道具持ってるの!?」

 女が叫んだ。

 何でもいいから、早く手を離してくれ。このままでは、(男子センサーが反応して)俺は本当の変質者になってしまう。

 女は、手の力を緩めずに俺に問いかけた。

「・・・今落ちたアイテムの名前は?」

 俺は、さっきの「あなたも」という言葉から彼女の意図を理解した。

「・・・トライアングル」

 やや女の力が緩んだ。

「どうやら、ただの賊じゃないみたいだね。その髪と肌の色・・・もしかして日本人?」

 日本人という言葉が出てくるという事は、もしかして彼女も俺たちの世界から・・・?

 俺はこくこくと頷く。

 女の手が俺の体を離れた。が、(当然のことではあるが)結局俺の体は地面に倒れたのだった。

「いいよ。信用してあげる。あなたには色々聞きたいこともあるしね」

 そりゃどうも。

 改めて、俺は女の方に向き直った。ポニーテールの髪型に半袖の服、元の世界で言う短めのミニスカートのような、太ももの中頃あたりまで露出したズボンだ。正直、思春期の男子にとっては刺激的にすぎる格好だ。後ろで手を掴まれていた時のほうがまだマシだったかもしれない。

 そして、綺麗な褐色の肌をしている。もし彼女が日本人なら、相当日焼けしないとこうはならないだろう。

「勝手に入ったのは謝ります。誰かいるのか気になったので・・・。俺の名前は須賀哲太。あっち・・・いや、元の世界では一応パーカッションをやってました」

 女の表情がようやく崩れた。

「私は、光進学園吹奏楽部二年のホルンパート担当の月山椿(つきやまつばき)。三週間前、練習が終わって夜に家で休んでて、気付いたら顧問と一緒にこの近くに飛ばされてたってわけ。それで、この小屋を見つけて拠点にしてたの。この小屋の周りには怪物も出てこないみたいだし」

 自分から名乗るのは一種の賭けだったが、どうやら信用を得ることには成功したらしい。

 光進学園・・・確か、TVにもちょくちょく取り上げられているような、マーチングの強豪校だ(進藤がテレビを観た事を話してたな)。

 改めて彼女を見てみると、身長は進藤とそんなに変わらないが「厚み」が大分違っている。太ももに至っては、俺より筋肉あるんじゃないかと思えるほどだ。それだけでも、彼女の今までしてきた努力の凄まじさが分かる。

「俺は奏南高校・・・と言っても知らないでしょうけど、吹奏楽部二年。さっきも言ったけどパーカッション担当してます。この世界には、二か月と少し前に他の三人の部員(本当はもう一人いるけど)と一緒に飛ばされてきました。で、さっきあなた()と言ってたけど、月山さんも楽器を?」

「そう。これだよ。あっ、同じ学年なんだしもうタメでいいよ」

 すっかり警戒を解いたのか、屈託のない口調で月山さんは言いながらズボンのポケットから何かを取りだした。

「これは・・・」

 見せられたのは、動物の角を使った笛の様な道具だった。ゲームや漫画で、何度かこういう物を見た気がする。

「いわゆる角笛って奴だね。この周りを探索してたら、近くのほこら・・・って言うのかな、で見付けたんだけど・・・この小屋の前の道を通る人に聞いても、誰も見た事ないどころか何をする道具かもわからないみたいだから、もしかしてここは『楽器』という物自体がない世界なんじゃないかと思ったんだけど」

「ビンゴ。俺もさっきのトライアングルの他に、ある所でリコーダーみたいな道具も見付けたんだけど、やっぱり皆何をする物かは分かってなかった」

「で、とりあえず『音の角』と名付けてこれの秘密を探っていこうと思ってたんだ」

 何かずいぶんと安直なネーミングだ。いや、「魔法の鉄の棒」も五十歩百歩か。

「まあ、ホルンの語源は「角笛」だからある意味私にぴったりな道具だと思うけど。・・・もっとも、ホルンを吹いてたのは座奏の時でマーチングでは主に担当してたのは()()だけどね」

 そう言って、彼女は小屋の壁に立てかけていた木の棒を手に取った。

「フラッグ。カラーガードだったんだよ」

 彼女は棒をマーチングで使う旗のようにクルクルと回してみせた。

「この棒はこの小屋に置いてあったんだけど。たぶん農作業か何かで使ってた物だね。それで、これにこの鉄の玉を取り付けると、動物を獲ったりとか木の枝を折ったりとか、いろいろ使えるんだよね」

 そう言って彼女は棒に鎖の付いた、小さなトゲ付きの鉄球を取り付けた。

 ファンタジー風に言うとフレイル、となるんだろうが要は(小さいとはいえ)鉄の付いた棍棒だ。長さは月山さんの背丈ほどもある。それなりの重さもあるだろう。俺と同年代の女子が使うには、少々厳つい感のある武器だが。

「失礼なこと聞くかもだけど・・・月山さんはそれ、使うのキツくないの?」

「別に?元の世界にいた頃は、毎日真っ暗になるまでフラッグを振ってたんだから。他の人と動きを合わせなくていいんだから、あの頃よりも楽なくらいだよ」

「それにしても、そんな鉄の玉、良く手に入ったね」

「これは、前の道を通りかかった商人から買ったんだ。動物の毛皮とか売ると結構な金になるんだよ。いつか元の世界に戻れるとしても、金がないと生きていけないでしょ」

 俺はチラリと鉄の玉の先端を見た。血の跡らしき汚れがあったのは見ないことにした。

 しかし凄まじい適応力だ。・・・感じる。この子は能登川先輩(あのひと)と同じ人種だ・・・

 

 何にせよ、彼女にも元の世界に戻る意思がある事がはっきりしたわけだ。もちろん角笛の謎も気になるが、何よりこの世界で新たに元の世界の人間に出会えたことが嬉しかった。

「雲を掴むような話に聞こえるかもしれないけど・・・もしかしたらほんの1ミリくらいの可能性かもしれないけど、元の世界に帰れるかもしれないアテがあるんだ。だから、その顧問の人の了解が取れたら、一度俺たちの所に来てくれないかな。いろいろ情報交換もしたいしさ」

「本当に?いいよー。先生は多分まだ帰って来ないから、さっそく今行こうか」

 随分とあっさりOKされた。何となく、その顧問から逃げたがっているようにも見えるが・・・

「そうだ、まだ言ってなかったね。よろしく、須賀くん」

「あ・・・ああ、こちらこそよろしく」


 二人でさっき来た道を戻っていく。さっきは魔物もいなかったし、そんなに長い距離でもないから危険はないだろうと思っていた。だが、さっきは中に潜んでいたのか、それとも俺たちが小屋の中にいるうちに入ってきたのか、繁みの中からそれは現れた。

 レッサードラゴンフライ。ドラゴンと言うのは名ばかりで、元の世界のトンボを少し大きくしたような魔物だが、素早く動き回る機動力は今の二人には脅威だろう。しかも、相手は三匹もいる。

「マズい。月山さん、逃げよ・・・」

 俺が言い終わらないうちに、月山さんは落ちついた動きで棒に鉄球を取り付け始めた。そう言えば、さっきここには怪物も出てこない云々と言ってたから彼女も「魔物」の存在は知ってるのか。

 彼女は棒を、マーチングでカラーガードがするように胸の前で構えた。

「・・・行くよ」

 魔物が彼女に向かって飛んでくる。彼女は間合いを測ると、軽いステップで横に飛びのいて片手で棒を振った。()()()のついた鉄球を叩きつけられた魔物は無惨にも地面に真っ逆さまだ。

 戦闘中でありながら、思わず見とれてしまいそうな見事な動きだ。

 二匹目はさすがに警戒を強めたのか、彼女の周りを旋回しながら、時々彼女に突っ込んで来ている。その度に彼女は体勢を崩しそうになるが、下半身をブレさせることなくすぐに攻撃の出来る体勢に移っている。俺も一応サッカーをやってたから、彼女がとても強靭な体幹をしていることが分かる。

 この魔物は、トンボと同じように飛行しながら一瞬動きが緩慢になる特徴がある。彼女はその瞬間を見逃さなかった。

「五月蠅い」

 一瞬の隙を突いて鉄球が叩きつけられ、やはり魔物は地面に落ちていった。

 最後の一匹は、背後から月山さんに向かって行っていた。彼女は魔物の方に振り向いたが、それより少し早く俺が魔物と彼女の間に入った。

 俺は既に剣を抜いていた。

 落ち着いて、いつもやってる稽古を忘れないように・・・そう念じて、俺は剣を振った。

 胴体を斬られた魔物は、羽をバタつかせながら地面に落ちた。

 

「別に、私一人でもどうにかなったんだけどな」

 棒から鎖を取り外しながら、月山さんは言った。おそらく、それは事実だろうが。

「男には、女が強いと分かっていても女だけを戦わせたくない時があるんだよ」

 そう言う俺の背中を、彼女は力強く叩いた。

「いいね、何か凄い男の子って感じじゃん」 

 どうも、さっきからずっと彼女のペースに流されている気がする・・・


 騒ぎを見ていたエスランさんたちが駆け寄ってきた。

 月山さんも一緒に居れば、エスランさんに真実を伝えても信じて貰いやすくなるのではという下心を俺が持っている事は言うまでもないだろう。

(つづく)

「光進学園」に特に現実上のモデルはありません。

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