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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
36/74

#31 ピアニシモ・ヒーローズ

※今回、やや残酷な描写があります。ご注意ください。

 俺はいなくなった()()()サリノを探しに走った。子供の足だから、多分それほど遠くには行っていないはずだ。

 あの時二人が遊んでいた場所へ行ってみたが、やはり二人ともいなかった。繁みや子供が隠れられそうな所も見たが見当たらなかった。

 二人の親たちも探しただろうから、大人には分からないような所かもしれない―――そう思って探してみると、藪の奥へと伸びる小さな獣道を見つけた。子供の体なら身を隠しながら通れそうだ。俺は、その道へと足を進めた。子供ならいいかも知れないが俺の背だと、何度も木が頭にぶつかってくる。

 しばらく歩くと、獣道が途切れて森の中に出た。まだ日没には早いはずだが、周囲は暗く鬱蒼としている。日本の雑木林とはまるで違う、本物の森―――。俺は、危険な動物を刺激しないように静かに歩いて行った。

 歩いて行くと、茂みの中に古びた看板が立てられていた。恐る恐る裏側に回って字を読むと、「この先マラスラ村」と書かれている。もしこの先に二人が出ていたら、確かに大変なことになりかねないだろう。

 

 どれだけ歩いただろう。周囲は木々で覆われているので距離感が掴めないが、左手の方から女の子のものらしい小さな歌声が聞こえてきた。もしやと思って枝葉をかき分けてそちらを見ると、やはり、そこにはコモとサリノがいた。動物や魔物を刺激することを避けているのか、声を押し殺しているがそれは確かに、あの時聴かせた曲、グリーンスリーブスだった。

 歌が終わるのを待って、俺は二人の方へ行った。

「お兄ちゃん・・・?」

「よお、コモ。探したぜ・・・。何でこんな所に・・・?」

「あの後二人で遊んでて、それで二人で今まで行った事のない道を探検しようと言ってたら迷ってこんな所に来てしまって・・・それでも、ここでサリノを守ったらこんな俺でも村の皆に認められるんじゃないかと思って。でも、村に帰ろうとしてもどこに行けばいいのか分からなくて、それで怖くて足が動かなくなって・・・」

 それで俺は理解した。それで守るはずだったサリノにあの曲で励まされていたんだな。

 とりあえず、助けが来ることは期待できないし、暗くなる前に二人を村に連れて帰らなければならない。さっきの獣道沿いに戻れば村までたどり着くはずだ。

「とにかく、一緒に帰ろうぜ」

 みんな心配してたぞ、という言葉が口をついて出そうになる。しかし・・・それでいいのか?俺はコモがいなくなった時の村人たちの反応を思い出した。

 この世界の人たちと深く関わらずに、さっさと元の世界に還るならそう言うべきだろう。実際、この世界に来た当初ならそう言っていたかもしれない。だけど・・・

 この世界に来てから色々な人と関わってきた俺は、もうコモを放っておく事は出来なかった。それに、今のまま村に戻ったとしても、また元の毎日に戻るだけだということは、コモ自身が一番よく分かってることだろう。

 俺は「自分の気持ちに嘘をついてるんじゃないのか?」という一条寺の言葉を思い出す。

「・・・よし」

 俺は軽く頬を叩いて気合いを入れた。

「コモ、サリノは村に帰るまでお前が守れ」

「・・・な、何言ってるの、お兄ちゃん・・・?」

 コモは引きつった顔で俺を見る。

「ずっとヘタレなまま生きていくのって、やっぱり良くない事だと思う・・・。あっ、別にお前だけで守れって言ってるわけじゃねえぞ。俺もいるからな。・・・まあ、俺も無事に村まで帰れるかは分かんねえけどな」

 こんな時、進藤なら「大丈夫だよ」とか言うのかも知れないが。

「・・・お兄ちゃん、もしかしてそんなに強くないの?」

 ややジト目気味に聞いて来るコモに思わずコケそうになる。この流れで言うことか。

「・・・まあ、そういう事だよ。戦闘でも大体あの姉ちゃんに頼りっぱなしだしな(・・・それに、ずっと進藤に尻を叩かれっぱなしだし・・・)。お前とそんなに変わんねえよ」

 コモは失望したような表情を見せた。

「やっぱ、もうダメだよ。お兄ちゃんは頼りにならないし、こんな兄ちゃんと俺だけじゃ・・・」

 駄目だ、このままではまたコモがヘタレてしまう。

 今更ながら、俺がこれだけコモに肩入れしてしまう理由がはっきりした。

 何故なら、何の力も持たずにこの世界に飛ばされて、どこにも逃げ場のない中で何度も諦めそうになっては女子に励まされている俺はこいつと同じなのだから。

 俺はコモの肩に手を置いて続けた。

「つーか、だから俺たち二人で力を合わせるって言ってるんだよ」


「怖くないの?お兄ちゃん・・・」

 コモは未だ怯えの残る目で尋ねた。

「怖いよ。何度も魔物に死にそうな目に遭わされたしな。でも、怖さを知ってるからこそ魔物と戦うための力も付けられるんだよ・・・これは以前世話になった人の受け売りだけどな。そして、怖いからこそ力を合わせて戦うんだ」

「・・・・・・」

「大体、お前がサリノを守るって決めたのは、お前自身本当は弱虫な自分が嫌だったんじゃないのか?だったら、それを最後まで諦めるな。・・・辛いぞ、自分を嫌ったまま生きるってのはな」

 コモの小さな肩の震えが止まってきた。

「大体、どの道ここまで来たら逃げ場なんてないだろ。だったらやるしかないと思うぜ」

 そう、お互い逃げ場なんて無いのだ。ここに居ても、村に戻った後も。

 心配そうにコモの服を持っていたサリノに、コモは笑顔を向けた。

「ありがとう、サリノ。俺、頑張ってみるよ」

「行こう、お兄ちゃん。やっぱり、俺もカッコ悪いまま生きたくはないなあ・・・」

 一転、コモは引きしまった表情で俺に言った。

「よし、じゃあそれが分かったら・・・共同戦線と行こうぜ」

 森の中から遠吠えが聞こえてくる。今までの経験から、俺は魔物がいる気配を感じ取っていた。


「それで、俺はどうすればいいの?」

「え?そうだな・・・」

 つーか、そこで考え込むなよ俺。

「そうだ、お前よくサリノと一緒に森に行ってたんだろ?だったら森の植物とかにも詳しいんじゃねえか?」

「え?・・・うん、少しは知ってるかもしれないけど」

「だったら・・・」

 俺はコモの耳に口を近づけてある事を伝えた。

「・・・・・・!」

 コモがハっとしたような表情に変わる。

 

 俺は剣を抜いて何処か身を隠す場所を探した。

「本当に、これで大丈夫なのかな?」

「さあな・・・もし俺がケガでもしたら、一条寺・・・俺の仲間の背の高い奴に見せて貰った本に書いてあった治療法でも試してくれ」


 ()()()は、風が魔物の声のした方に向けて吹いているのを確認すると、風上の茂みに隠れた。こうすると、俺たちの匂いで俺たちの後ろに隠れていたサリノの匂いが魔物から隠されるのではと考えたのだ。

 少しずつ、魔物が地面の枯れ木を踏む音が聞こえてきた。俺は茂みの中からゆっくりと顔を出して魔物の姿を確認した。

 ウェアラビット。大して強い魔物ではない。―――が、それはエスランさんたち戦闘のエキスパートがいる時の話だ。

 俺は息を潜めてウェアラビットの姿を追った。もちろん、もし魔物がこちらに気付かずに去ってくれたのならそれに越した事はないのだ。

 が、俺たちの匂いに感づいたのだろう。無情にもウェアラビットはこちらの方に目を向けた。

 次の瞬間、ウェアラビットは一気にこちらに飛びかかってきた。・・・が、俺たちのいる茂みに入ってこようとするまさにその時、敵は悲鳴を上げて立ち止まった。

 ウェアラビットの体には木が叩きつけられていた。あらかじめ適当な木を見繕っていたコモが、枝の()()()を利用して魔物の体に叩きつけたのだ。

 敵が一瞬ひるんだのを見ると、俺はショートソードを持って茂みから飛び出した。

「おらああああああっ!!!!!」

 俺は、ありったけの力を込めて、あの師匠の道場で合格点を貰った時のようにリズムに乗せて剣を叩き込んだ。

「(どうだ、こんな攻撃こっちの世界には無えだろ・・・!)」

 剣を抜いて恐る恐る魔物を見ると、頭から血を流しながら身体を痙攣させていた。

 そして、しばらくするとばったりと動かなくなった。

「やったのか、俺が・・・いや、俺たちが・・・」


 コモの方に駆けよろうとしたが、まだ何か茂みから小さな音が聞こえるのを感じた。

 音は次第に大きくなってきた。音のした方を見ると、茂みの中に小さな目が光っていた。

 次の瞬間、隠れていたもう一匹のウェアラビットがコモに向けて飛びかかった。

「しまっ・・・」

 が、次の瞬間、コモの目の前で魔物の動きが止まった。咄嗟にコモが枝を持って魔物に叩きつけたのだ。 その隙に、俺は剣を背後から魔物に突き刺した。

 やはり、しばらくすると敵は動かなくなった。 

 周りを見る。もう魔物がいるらしい気配は感じられなかった。

「よし、コモ、サリノ、たぶんもう大丈夫だ」

 俺は二人を呼び寄せた。

 サリノが目に涙を浮かべながら俺に、そしてコモに抱きついた。

 少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら、

「手、汚れちゃったな・・・」

 とコモは自分の手を見ながら呟いた。見ると、さっきの枝によるものだろう。手には汚れと細かい傷が無数に付いていた。

「お前()汚ねえ手になっちまったな」

 俺はコモと顔を見合わせて微笑んだ。


 とにかく、後は陽が落ちる前に村まで急ぐだけだ。だが、村が見える所まで来た時、緊張感が切れて一気に疲労が襲ってきたのだろう。頭がボンヤリとしてきてきた。

 薄れゆく意識の中、誰かが俺を抱きとめたことに気付いた。

「え・・・?エスラン・・・さ・・・ん?」

 そのまま俺は眠りに落ちた。


 目覚めると、俺は家の中に寝かされていた。そう、馬小屋ではなく、ちゃんとしたベッドにだ。

「気付いたか、テッタ。村に戻った後、村長が君を家で寝かせてくれたんだ」

 傍らにいたエスランさんの話を聞くに、どうやら俺はあの後駆けつけてくれたエスランさんに村まで運んでもらったらしい。たぶん抱きかかえられるか、背負われるかして・・・

「・・・ッ」

 思わず顔が赤くなってしまう。

「・・・ダサい所見せちまいましたね」

「・・・いや、皆はそうは思ってないみたいだぞ?」

 寝室の幕が開くと、あのコモの両親が駆け寄ってきた。

「ああ、あなたが息子を・・・本当にありがとうございました」

「バカ、こんな危ない事して・・・もし何かあったらどうするの」

 駆けよった進藤が少し震えた声で言った。

 お前の前で格好悪い姿は見せられねえだろ、とは言えねえなと思った。

「無論私も皆と同じ気持ちだ。よくやったな、テッタ」

 エスランさんの言葉に続き、村長とサリノが姿を現した。

「おお、目覚められましたか。よくぞ娘と大切な村人の命を救ってくださいました。村の皆に代わってお礼を申し上げます。本当に有難うございました」

「そんな、別に俺だけで何とかなったわけじゃなくて、コモもいないと・・・そうだ、コモは・・・?」

 周囲を見渡すと、コモはあの時一緒に練習していた少年たちに囲まれて明るい表情で笑っていた。

 サリノがいる事に気付くと、少年たちは行ってこいよ、とでも言うようにコモの背中を押して送り出した。

 サリノはコモに改めて何やら言葉を述べた。

 俺はコモがこっちに近づいたタイミングで声を掛けた。

「すっかりモテモテだな、コモ。今サリノに何て言われてたんだよ?」

「それは・・・俺たち二人だけの秘密だよ」

 コモは顔を赤くして言った。

「ハハッ、悪い悪い。ほら、ヒーローにそんな顔は似合わないぜ」

 そんなコモを見ていた進藤が、「あ、コモ君、顔汚れてるよ」とハンカチを取り出した。

 それを見たコモは少し恥ずかしそうにさっきの少年たちの方へ走り出した。

「あ、ちょっとコモく・・・」

「まあ、女には分からないことも色々あんだよ」

 少年たちと明るく話すコモの背中に、俺は心の中で語りかけた。

 頑張れよ、と。

 まあ、どうなる事かと思ったけど、良かったんだな、これで・・・

 エスランさんが語りかける。

「これで村人たちのコモを見る目も変わっただろう。あとは彼らに任せて、私たちはもう村を出よう」

「そっスね」


 その後、俺たちは村長に料理を振る舞われた(今度は、少しばかり肉も用意された)。

 結局、俺たちは村長の家で一夜を明かして新たな旅に備えた。



 次の日。俺たちは旅支度を済ませて村長の部屋に並んだ。

 エスランさんが挨拶を済ませると、村長は古びた引き出しから何やら取り出した。

 それは、羊皮紙というのか頑丈そうな紙に書かれた地図だった。

「これを持って行って下され、勇敢なる旅の人よ。私が子供の頃村を訪れた旅人が残して行った物で、古い地図ですが街道に行く道筋くらいは分かるでしょう。いえ、我々にはもう必要ない物です。領主様の所に行く時くらいしか外に行く機会は無いのですから」

「って・・・どうします、エスランさん?」

「君が決めたらいい。これは君の活躍が認められたから貰えるんだ」

 俺はしばらく考えた後、こう言った。

「いや、やはりこれは村で持っていてください。いつか、村から広い世界に出たいという人が出るかも知れませんから・・・」

 きっと、進藤ならこう言うと思ったから。進藤の前向きな考えは、いつしかパーティーの共有認識になっていたのだ。

 もっとも、その後皆で必死に地図を紙に描き写すことになったのだが。

「本当にありがとうございました、テッタさん。私も皆さんの旅の無事を祈ってます」

 次いでサリノが言った。

「いや、俺はそんな大した奴じゃないよ・・・そうだ、もしまたコモがヘタレそうになったら、サリノさんが支えてやってほしい」

 俺と違って、コモはもう大丈夫な気がするけど。


 俺たちは村の出口まで来たが、周りには誰もいなかった。

「コモの奴、見送りにこなかったな」

「コモ君に別れの言葉を言わなくていいの?」

 進藤が言ったが、

「いや、止めとく。あいつも頑張ってるだろうから、俺たちも早く前に進もうぜ」

「・・・そうだよね」

 進藤は魔法の筒を取りだした。演奏するのは、もちろんあのグリーンスリーブスだ。

 曲は、コモもサリノも、村全体をも包み込むように、高く高く響いた。


「しかし、テッタも子供を勇気づけられるようになるとはな」

「これで、進藤さんに見合う男に一歩近づいたという訳ですね」

 歩きながら、エスランさんと一条寺は顔を合わせてニヤニヤと笑った。

「ちょ、ちょっ、何言ってるんスか、エスランさんまで」

「えー?なになにー?」

 俺たちの後ろを歩いていた進藤が覗きこんだ。

「ややこしいからお前は出てくんな!」

 

 しかし、「この世界の現実に染まってない」か・・・

 そろそろ、エスランさんにも言うべきなのかもしれない。俺たちが目指す、本当の目的地を。

(つづく)

 




「師匠の道場で合格点を…」→#7「Rhythm&Truth」参照。

「怖さを知ってるからこそ魔物と戦うための力も…」→#9「出発前夜」参照。


帰ってきたウルトラマンの「ふるさと地球を去る」みたいな、主人公サイドのキャラが自分と通じる所のある少年と一緒に戦う話っていいよね…という思いから書きました。ちなみに、アデスから貰ったマジカルチューブを使わなかったのは、①コモに自分の力だけでも戦えるという事を見せたかった(それぐらい彼に感情移入していた)②その後でより強い魔物が出る可能性を考えていた…からです。


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