表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
35/74

#30 マラスラ村②

(承前)翌朝。むしろ、あんな環境でもそれなりに疲れが取れた事に驚きつつ、俺は散歩に向かった。というか、とにかく早くあの状況を脱したかったのだ。

 見ると、十数人ほどの男の子たちが連れ立ってどこかに向かっていた。その中にコモもいた。

「どうやら、大人が働きに出ている間は子供だけで集まって過ごしているようだな。狩りの練習でもするのだろう」

 エスランさんの声に振り向いてみると、他の四人も集まってきていた。やっぱり皆も早く小屋を出たかったのだろう。

 確かにエスランさんの言うとおり、子供たちの何人かは弓と矢を持っていた。

 俺たちは何となく子供たちの後をつけて行った。どうせ、この村で他に行く所もないのだ。


 子供たちは林の中の少し開けたところに集まると、的に向かって順番に矢を放っていった。

「次、コモだぞ」

 そう年長らしい子供に促されて、コモが前に出てきた。

 コモは力をこめて弓を引いて行った。子供向けに作られた小さい弓のようだけど、それでもコモの体格にしては大きめに感じられる。

「わっ!」

 力が抜けたのか、コモは弓から手を離してしまった。弓を離れた矢はあらぬ方向に飛んで行った。

「どこ飛ばしてんだよコモ」

「女の子でもあれくらい射てるぞ」

 周囲の子供たちの嘲笑う声がコモに向けて突き刺さる。

「ほら、もう一回やってみろよ」

 矢の近くにいた子供が矢を拾って、コモの前に置いた。

「・・・・・・」

 コモは、弓と矢を地面に置いたままどこかに逃げだしてしまった。

「あーあ、()()逃げ出しちまいやがった」

「弱虫コモ、弱虫コモ」

 子供たちはしばし囃したてるも、そのまままた何事もなかったように練習に戻っていった。

 俺たちは何となく気まずくなってその場を離れた。コモの姿を見かけたらしい村人の声が聞こえてくる。

「コモの奴、また狩りの練習をサボってどこかに行っちまったのか」

「親も気の毒になあ。もう十歳にもなってあれじゃあダメだなあいつは」

 二人は呆れたように話していたが、俺たちの姿を確認すると一瞥して去っていった。

「・・・感じ悪い連中っスね」

 俺はエスランさんに言った。

「ああ。でも、あれが普通の人間の姿なんだ。力を持たない者は、自分の生活を守るのに精一杯。村に無関係の者に優しくする余裕なんてないんだ」

 もしかしたら、村の人達の冷たい態度も仕方がない事なのかもしれない。いや、それでも流石に馬小屋はどうかと思うけど。

「彼は狩りをしないと村で認められないんですか?」

 一条寺が問いかけた。こいつの事だから、コモを昔の自分に重ね合わせでもしているのだろう。

「難しいだろうな。こんな小さな村では産業も限られているだろうし、それに、村にはそこ独自の慣習という物もあるからな・・・」

 進藤も言う。

「いっそ、村を出てどこか別の所に行ったらいいんじゃないですか?」

「特別な力も持たない者が、知らない土地に行ってそう簡単に上手くいくと思うか?」

 さすがの進藤も黙ってしまった。

 俺は、旅をしている事を話した時のコモの「いいなあ・・・」という羨望の眼差しを思い出して切ない気分になった。


 何となく、コモを放っておけない気がする。俺は皆に断ってあいつを探しに行った。

 ()()どこかに行ったという言葉から、昨日あいつと出会ったあの場所の周辺に行けばいるのではないかと俺は踏んだ。今さらながら、昨日あいつに感じた違和感―――それは、周りに誰も大人がいない

のにあいつ一人でいる事だった。


 俺は村の入口近くにある繁みをかき分けて中に入った。繁みの奥の小さな草むらに予想通りあいつはいた。正確には、あいつともう一人女の子がいた。女の子は、どうやらあの時部屋にいた村長の娘らしかった。

 俺は、コモがこちらに気付いたのを認めると、こちらの方に呼び止めた。女のいない所じゃないと出来ない話というのもあるのだ。

「よう、コモ。こんな所で何やってんだ」

「お兄ちゃん、どうしてこんな所に・・・もしかして、見てたの?」

「ああ・・・すまん。悪かったな。でも、お前こんな所にいていいのか?」

「戻るのは嫌だ。俺はサリノとここにいたい。狩りなんて、俺怖いよ。俺はこんなチビだし、力もないし・・・」

 サッカーを辞めた時の自分の姿を思い出して胸が痛くなる。

「いや・・・何というか、世の中、自分のやりたい事だけやってる奴だけじゃないと思うぞ?」

 自分のやりたい事をやってない奴というのは勿論部活時代の俺もだが、何とも無責任な言葉だ。俺に対する進藤のように、狩りの楽しさを教えてくれる奴はコモには居ないだろうから。

「でもお前、今はこれでいいかもしれないけど、この先・・・」

「大体、お兄ちゃんはもうすぐに村を出ていくんだろ?この村のことに口出してもしょうがないじゃないか」

「そうよ。コモを危険な目に合わせないで」

 そう言うコモの元に娘―――サリノと言うらしい―――が駆け寄ってきた。

 二人は、また遊び出した。

 確かにコモの言う通り、ただの旅人の俺たちにこの村のことに口出しする権利はないのかもしれない。それに、エスランさんの言う事も間違ってはいないと思う。

 でも・・・何なんだろう。この胸のモヤモヤは。


 俺はさっき皆と別れた場所まで戻ったが、すでに皆どこかに行っていたので村の中央近くにある一本の木に向かった。村の中で目立つ物はこれくらいだったから、ここで待っていれば皆戻って来るだろうと思ったのだ。

 しかし、しばらく待っていても皆は戻ってこなかった。

 俺はもしやと思い、さっきコモが居た場所まで引き返した。

 すると、あのグリーンスリーブスの音色が聞こえてきた。見ると案の定というか、進藤がコモとサリノにあの筒の使い方を教えていた。

 コモとサリノは、昨日初めて曲を聞いた時にしていたような恍惚とした表情で聴いていた。その顔を観ていると、二人に限らずこの村で子供が子供らしく無邪気でいられる時間はごく僅かなのだろうと思えた。

 しばらくすると、一条寺がアデスさんから貰った回復技法書を持ってきた。

「おい、何のマネだよ一条寺」

「回復のスキルを教えるんだ。ケガの治し方を覚えれば、コモも少しは村の人の役に立てるかもしれないと思ったんだ」

「マジかよ。俺たちは世直ししてるんじゃないんだぜ。大体、問題を抱えてる奴はコモだけじゃねえだろ。それも片っ端から助けて行くのか?そんなのキリがねえだろ」

「そんな事は分かっている。でも、世の中は変えられないからこそ、せめて目の前で苦しんでいる者くらいは助けたくなるんじゃないか。むしろ、お前の方こそそれでいいのか?自分の気持ちに嘘をついてるんじゃないか?」

 珍しく激しい口調で詰める一条寺に思わずたじろいでしまう。

 そうしていると、エスランさんが現れた。

「見ての通りだ。二人とも、私の言った事を黙って受け入れる気はないらしい。いや、カオリの曲がそうさせたのか。・・・やはり君たちは変わってるな。世の中の現実に染まってないというか・・・いや、いい意味でだぞ?」

進藤(あいつ)のお節介も大概ですけどね」

 俺は、とりあえず適当な事を言ってこの世界の人間でない事がバレないようにしようとした。

 しかしそうだ。進藤は、この世界に無かった音楽を使って二人の心を惹きつけた。

 考えてもみたら、この世界の人間じゃない俺がこの世界の現実に従う必要なんてないよな。

「・・・よし」

 俺は、とりあえずコモのために自分に出来る事を探すことを試みた。

 また諦めるのか?という心の声が聞こえてくる前に。


 とは言ったものの、俺は何が出来るのだろう。

 狩りの練習というワードを思い浮かべて、「先輩がいてくれたらなぁ・・・」という思いが頭をよぎる。

 いや、この前船に乗る前に先輩に頼らなくてもやって行きますと言ったばかりじゃないか。それに、あの人ならウサギの狩り方を教えた次の日にはいきなりワーウルフの狩り方とか教えかねないし・・・。

 やっぱり、まずは何事も基本からだろうな。


 俺は、適当な切り株を見つけると携行していた紙とペンを取り出した。

「何をしてるんだ、テッタ?」

 後ろに立ったエスランさんが語りかける。

「何か、あいつでも出来るトレーニングとかあるかもと思って。この紙にやり方を描いてるんス」

「うむ・・・。まあそれも良いが、君ならもっと大事な事も教えられるんじゃないかな?」

「ええ?何スか、大事な事って」

 と、言うのはすっとぼけただけで、実際はエスランさんの言う事は何となくは分かっていた。が、それを教えるにはどうすればいいのかはよく分からなかった。


 いつの間にか、陽が傾きかけるほどの時間になっていた。

 一条寺たちも、俺とエスランさんの元に集まっていた。コモと娘ももう帰ってしまったらしい。

「やっぱり、今日中に村を出るんスか?」

「ああ、もう馬小屋で寝させられるのはご免だからな。今から村長の所に行って街道までの道筋を聞きにいこうと思う」

 いつの間にか堂々と馬小屋をディスっているのが気になるけど、考えたら馬がいるんだから長距離の移動をしている人がいてもおかしくない訳だ。

「じゃあ俺も行って娘さん・・・サリノにコモの居場所を聞きます。あいつにこの紙を渡さないといけないし」


 俺とエスランさんが村長の家の方に向かうと、家の前に何やら人だかりが出来ていた。

「うちのコモがまだ帰って来ないんですよ。いつもなら、もう帰ってくる時間なのに・・・よくメリデさんの娘さんと一緒にいるらしいから、何か知ってるんじゃないですか」

「そう詰め寄らないでくれ。娘もまだ帰ってこないんだ。取りあえず今は落ち着こうじゃないか」

 俺とエスランさんは顔を見合わせた。

「もしかしたらあの後二人でどこかに行って、道に迷ってしまったのかも知れないな・・・」

「あのバカ・・・!」

 周りにいる村人の話し声が耳に入ってくる。

「もし()()()()何かあれば・・・」

()()()()村の外に出てしまっていたら・・・」

「日の沈む前に帰って来なかったら大変なことになるぞ・・・」

 何だよ・・・何で誰もサリノのことばかりでコモの事を口にしないんだよ。

 俺は、思わず走り出していた。

(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ