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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第三章 ジェニジャル大陸
34/74

#29 マラスラ村①

新章開始です。物語の折り返し地点という感じです(長さではなく内容的に)。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 俺はおぼつかない足取りで歩いていた。もう、丸一日以上何も食べずに歩きどおしだった。

 船がジェニジャル大陸入口の港に着いてから五日間。港で買い込んだ食料も、既に底を尽きようとしていた。水はまだ辛うじて残っていたものの、水まで失うと本格的にあの世に一直線なのでおいそれとは飲めなかった。

 それ以前に、金もなかった。イズマールの港の舞台で得た謝礼も大部分が船代と港での旅支度に消えてしまったし、アデスさんたちと別れた今、金が入る当てもごく限られていた。

 それにも増して、俺たちは重大な問題に直面していた。

「もう二日は誰ともすれ違ってないんスけど・・・完っ璧に街道から外れてますよね、俺たち・・・」

「ああ・・・今まで危険な魔物に襲われてないのが奇跡的なくらいだ」

 さすがのエスランさんも疲弊した口調で答えた。つまり、宿駅で何かを売り買いできる可能性もほぼ断たれたという事だ。

 もちろん、港で地図は買った。だが、古い紙を使ったその地図は、この辺りの湿気にやられてすぐにかすれてしまった。

 イェルドン大陸と違い、この辺りは非常に湿度が高いことを俺たちは知らなかった。それに加えて、いつ魔物に襲われるかもしれないという緊張感が疲労に拍車をかけた。

 要するに、俺たちは遭難一歩手前と言ったところだ。初めてこの世界に飛ばされた時と似た状況だが、あの時と違って俺たちは十分魔物の脅威を知っていたので、簡単に休むわけにはいかなかった。


 疲労感の高まる俺たちに、エスランさんは見晴らしのいい場所で少し休もうと言った。

 全員がその提案に賛成したかと思った矢先、進藤が前方を指さして言った。

「ねえ・・・、あそこに見えるの、もしかして村か何かじゃない・・・?」

「そんな都合よくあるわけ無えだろ・・・腹が減り過ぎて幻覚でも見てるんじゃねえのか?」

 そう言いつつも進藤の指の向く方を見ると、確かにうっすらとだが、小屋や柵らしきものが見えた。

 次の瞬間、俺たちは矢も盾もたまらず走り出していた。

「待て皆、もしかしたら魔物の作った幻影(イリュージョン)かも・・・」

 というエスランさんの声が聞こえたが、無我夢中で村の中に駆け込んだ。村で宿屋にでも入れば、美味しい食事とあたたかいベッドにありつけるかもしれない。もしそれらが無かったとしても、一晩魔物の脅威から逃れられるだけでも有難かった。


 気がつけば、俺たち四人は村の中で倒れ込んでいた。どうやら、疲労と安堵感からすべての気力が切れたらしかった。

「お兄ちゃんたち・・・誰?」

 声のした方を見ると、日本で言うと小学校低学年くらいの少年が立っていた。

「すまない。私たちは旅をしていたけど、道に迷ってここに辿り着いたんだ。この辺りに宿屋はあるかな?」

 俺たちの後を追うように駆けてきたエスランさんが少年に尋ねた。

「宿屋なんてないよ。旅の人がこの村に来たのなんて、俺が生まれてからはお姉ちゃんたちが初めてだよ」

 俺たちの落胆した様子を察したかのように、少年は続けた。

「でも、村長さんに言えば何とかしてくれるかもしれない」

 

「俺はコモ。村長の家まで案内するよ」

 少年・・・コモに案内されて村長の家まで向かう道すがら、何人か老人の姿を見掛けたが、俺たちの姿を見ると皆家の中に入ってしまった。見る限り他に、人の気配は感じられなかった。

 エスランさんがコモに問いかける。

「見たところ、この辺りには若い大人が居ないようだが、何かあったのか?」

「大人は皆狩りか畑仕事に行ってるよ。今この辺りに居るのは年寄りと子供くらいさ」

 どうも、この村では自給自足に近い生活をしているようだった。

 いや、それより、コモの姿を見ていると何か違和感を感じる。何か・・・


「着いた。ここが村長の家だよ」

 言われてみると、確かに周囲の家よりもややしっかりとした見た目だった。といっても、今までに行った町と比べても簡素な造りではあったが。

 コモが先に家の方に向かい、前に立っていた役人らしき人と何やら話した。しばらくすると、俺たちは役人らしき人に家の中まで招かれた。

 中には、テーブルといくつかの椅子が置かれていた。テーブルは古びてはいたが、かろうじて五人くらいは身体を合わせられそうだ。

 俺たちは役人に促されるままに椅子に座った。この間にも、役人はジロジロと俺たちの事を見まわしていた。さっきの老人たちの態度と合わせて、俺たちがあまり歓迎されていないことが理解できる。

 しばらくすると、別の役人と一緒に初老の男が現れた。

「ようこそいらっしゃいました。村長のメリデです。少々狭苦しい所で皆様にとっては窮屈かもしれませんが」

何となく嫌味っぽく聞こえる口調だ。

 エスランさんは軽く皆の紹介をすると、早々と本題を切り出した。

「・・・というわけで、私たちは道に迷ってしまったのです。不躾なのは承知していますが、せめて一晩だけでもどこかに泊めては頂けないでしょうか」

「フーム・・・とは言いましても、なにぶんここは旅人などまず訪れないような場所でしてな・・・まあ、せっかくの客人、持て成さないわけにもいきますまい。あれをお持ちしなさい」

 しばらくすると、役人が野草の入った粥とハーブティーらしき飲み物を運んできた。

 もっといい物を用意できたのでは(狩りをしてるくらいだし・・・)と思ったが、空腹の頂点を極めていた俺たちは夢中で貪った。

「それで、先程の話のほうは」

「おお、そうでしたな。コモ、お前は下がっていなさい」

「君たちも下がっていろ。コモの相手をしてやるんだ」

 エスランさんに促され、俺たちは別室へと移った。 


 別室には見張りの役人と村長の娘らしい女の子がいた。娘は本を読むのに夢中らしく俺たちのことは気にしていないようだ。

「お兄ちゃんたち、世界中を旅してるの?」

「ああ、まあそうだけど」

「いいなあ・・・」

「いや、物を探す旅だからそんな楽しいもんじゃないぞ」

 そう言ったものの、汚れなき目で俺たちに羨望の眼差しを向けるコモを見ていると気まずい気持ちになってくる。

「ねえ、外の世界にはどんな物があるのか聞かせてよ」

 食い気味に聞いてくるコモに、俺たちはタジタジになる。きっと、こいつは―――もしかしたらこの村の人たちの多くも―――ほとんど村の外に出たことがないのだろう。

「そうだ」

 進藤が魔法の筒を取り出した。

「これは私たちの故郷にある道具なんだ。今から、これで音楽を聞かせてあげるね」

 進藤は流暢な口調でこの年下の少年に語りかけた。今まで触れていなかった重大な事実だが、こいつにも弟がいるのである。

 グリーンスリーブス。

 船の中で進藤が練習していた曲だ。相変わらず、安らぎや懐かしさとともに、生きる気力を与えてくれるような音色だ。

 コモは、子供がはじめて見る物に触れた時にする―――驚きと興奮が入り混じったような表情で聴いていた。

 見ると、娘も本を読む手を休めて聴き入っていた。きっと、あの役人も何か感じているのだろう。

 が、そんな感慨を打ち破るようにエスランさんが部屋に現れた。

「皆、話がついたぞ。村長が寝床を用意してくれるそうだ」


 俺は村の人たちの心遣いに感謝しながら役人に付いていった。まあ、そんなに豪華な所ではないだろうけど、突然村に現れた旅人を泊まらせてくれるだけでも有難かった。

 だが、現実というのはいとも簡単に想像力の限界を越えてくるのである。


「こちらです」と言われた俺たちの目に飛び込んできたのは、木の柵。その中にいるらしい馬の鳴き声。

「えーと、これはもしかしなくても、馬小y」

「こちらへどうぞお入りください。あ、金などは結構でございます」

 うん、まあ、そりゃそうだろうけど。

 この人たちには、人を馬小屋に寝かせる事を咎める良心とかは存在しないのだろうか。

 役人の顔を見てみたが、その冷たい眼差しを見るに他の宿泊場所を提供してくれる可能性は無さそうだった。

「人の好意を無下にするわけにも行くまい。今日はここに泊まらせてもらおう。野宿するよりはマシだ」

 そう言うエスランさんの顔をチラリと見てみた。

 まるで悟りを開いたかのような無表情だった。

 でも、確かにエスランさんの言う通り、魔物がいないとは言え夜は動物に襲われる危険もある。それに、この辺りの夜はかなり冷えるという事はここ数日間の旅で分かっていた。

 仕方なしに、俺たちは馬小屋に足を踏み入れた。幸いにも、中に使われていない一画があったので、俺たちはそこに寝っ転がった。

「宿を求めたら馬小屋に行かされるなんてゲームの中だけだと思ってました・・・」

「我慢するんだ。村の中には洗礼を受けないと入れない所もある。ここはまだマシなほうだ」

 そうエスランさんが答えた。つまりは男女同室だったのだがこれでは喜ぶどころではない。

 ああ、アデスさんと別れて初っ端からこれなら、この先どうなるのか・・・

 そんなことを考えるも、疲れはそんな思いを遥かに凌駕していて、俺たちはすぐに眠りに落ちた。

(つづく)



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