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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第二章 イェルドン大陸
29/74

#26 かわるせかい(前編)

 遺跡を後にして四日後。俺たちは、ついにジェニジャル大陸への航路があるイズマールの町にたどり着いた。

「おおお・・・これが海なのか・・・!!」

「え、もしかして海見たの初めてなんスか?」

「ああ、父に連れられて旅をしていた事はあるが、海沿いの地方に来たのはこれが初めてなんだ」

 カモメが飛び交う岸壁でまるで子供のようにはしゃぐエスランさんに俺は驚かされた。


「魚影が濃いな。なかなかいい港じゃねえか。こっちに来てみろ」

「本当だ。これは何という魚なんですか」

 アデスさんの言葉に、一条寺までエスランさんと一緒に興味津々に海面を覗きこんだ。まるで子供が二人になったみたいだ。

 そう言う俺も、まともに海に来たのは小学生の時以来だった。中学生ともなると家族旅行という歳でもないし、友達も夏休みは部活で忙しかったりして(というか今は俺もか・・・)、予定は合わなかったのだ。

 潮風の匂いがそんな懐かしさを感じさせるのか、ここは今までの町とは何か感じが違う気がした。


 船着き場の前に来たが、ジェニジャル大陸への船が出るのは三日後だと告げられた。

 一瞬ガックリ来たが、まあ普通に考えて、そんな大型船をポンポン出港させていたら予算も人手も足らなくなるだろう。それに、俺たちは先が見えない状況で何日も待たされる経験を繰り返している。それに比べれば、大した苦痛ではない。

(ちなみに、船に乗っている最中に魔物に襲われないのか気になってたけど、幸いにもアデスさんによると大型の船は町と同じく魔物は近寄れないらしい。)

 船着き場から街の中心に向けて引き返そうとする俺たちに、ヒゲの水夫は「宿に泊まるのなら、陽が沈む前にしときなよ。最近、夜になると人さらいが出るらしいからな」と促した。


それから、俺たちはその日が終わるまで体力作りをしたり本を読んだりと思い思いの事をして過ごした

。それは今までと変わらない展開だったが、一つだけ違ったことがあった。この世界の人たち―――特にエスランさんやスナリアさんが、暇な時間に魔法の筒を触ったり草笛を吹いたりしていた事だった。

 でもなあ・・・と宿の部屋で魔法の鉄の棒を触りながら思う。こんな一歩町の外に出たら魔物が闊歩しているような世界で、音楽が何の役に立つというのだろう。

 いや、エスランさんたちはまだ戦闘で活躍してるけど、問題は俺だ。元の世界に戻ると決めてから自分なりに必死に頑張ってきたけど、(遺跡で隠し部屋を見つけたことは別として)魔物をほんの少しだけ倒したくらいで結局大した事は出来ていない。そもそも、たかだか二~三ヶ月鍛えた程度で何とか出来ると思う方が間違いなのかもしれないが。

 唯一、肉体的に逞しくなってきたような感じだけはあった。この世界に来た当初はプニプニ感のあった腕が硬く引き締まり、腹に筋肉の筋らしき割れ目が浮かび上がってくるのを見るのはそれはそれで楽しかった。

 とはいえ、こんなの運動部の連中にしてみれば何を今さらと言うレベルだろう。そう言えば、吹奏楽部に入って恥ずかしい思いこそすれ、友達に自慢できるようなものは身に付いてないな。せいぜい、カラオケでタンバリンを振るのが上手くなったくらいか。

 

 「カッコ悪っ」というこの前の進藤の声が甦って来たのを打ち消すように俺はベッドに顔をうずめた。室内の音は遮断され、かすかに外の声が聞こえてくる。

「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。世にも珍しい人間とエルフの合いの子だよ」

「ドラゴンの鱗から作った龍精丹。一瓶500リスラですぜ」

「貴方、悪い相がでてますな。リリタス王国仕込みの面相占い。お一つどうですか?」

 ・・・やっぱり、ここは今までの町とは違う。一言で言うなら、如何わしい。そんな感じだ。



 それは、二日目のことだった。夕方の五時になれば集まろうとみんなで話してたけど、進藤はいつまでも帰ってこなかった。俺は進藤とは離れて過ごしていたので、あいつがどこにいたのかは分からない。

「進藤のやつ遅いんですけど、あいつが何してたか分かる人いますか?」

「カオリなら、私とトウカと一緒に広場で草笛の練習をしていたぞ。もう少しいい草を探したいと言うから、私たちは先に帰ってきたんだ」

 脳裏を、昨日の水夫の「陽が沈むと人さらいが出るらしいからな」という言葉がよぎった。

「ちょっと俺、あいつを探してきま・・・」

 そう言うと、俺たちの前に数羽の蝶が何かをぶら下げて飛んできた。

 蝶は俺たちの前で止まると、ぶら下げていた物を落とした。どうやら手紙のようだった。

「これは伝書蝶だな」 

 そう言ってアデスさんは手紙を読んだ。

「カオリ様の身柄はこちらでお預かりしております。不躾ではありますが、カオリ様のお仲間の方にもお越しいただきたく存じます。 ロールマイム劇場」

「何なんスか、これ?」

「うーん・・・とりあえず悪いようにはされてないみたいだが・・・ロールマイム劇場と言えば大広場の西だったな。とにかく行ってみよう」


 劇場に行くと、正面で出迎えていた係員に支配人室まで案内された。

 部屋の中には、進藤と丸眼鏡でチョビ髭の男がいた。

「ようこそお越し下さいました。私は当劇場の支配人のエシュリムと申します。それで、早速ですがお願いがあるのですが・・・私、先ほどたまたま広場であの筒を吹かれるのを聴いていたく感激しまして、是非私どもの劇でカオリ様のあの音楽を使わせては頂けないでしょうか」

 はあ?急に人を捕まえておいて何勝手な事言ってるんだこいつ。大体、俺たちは俺たちでしないといけない事が山ほどあるのに。

「そんな事言われても、こんな所でウダウダしてるわけにはいかないんですよ。帰るぞ進藤」

 進藤の腕を掴んで帰ろうとしたが、進藤の体は動かなかった。

「ごめん須賀。・・・私もここで演奏してみたい」

 また面倒くさいことになりそうな・・・いや、こいつの事だからまあまあ想定内か。

「でも、俺たち二日後には船に乗らないといけないんですよ」

「それはカオリ様にも言われましたが、大丈夫です。旅支度をすることも考慮して、舞台に出るのは今日の夜だけで構いません」

 進藤は魔法の筒を取り出して運指の確認をしたりしている。どうやら出る気マンマンらしい。

 ・・・が、その次に発した言葉は俺の予想の斜め上を行くものだった。

「それで、私の筒だけじゃなくてリズムを取る楽器も欲しいから、須賀にも一緒に鉄の棒を持って舞台に上がってほしいんだけど」


 はっ?

「いやいや無理だろ。そんな急に言われても、何も準備も出来ないだろうし」

「エシュリムさんには伝えたし、舞台に出るまでにどんな曲をやるかリハーサルもするから大丈夫だよ」

 俺のいない間にそんな事勝手に決めるな。

「そんな事言っても俺上手くねえし・・・こんな大観衆の前で滑ったらどうすんだよ。俺はお前たちと違ってコンクールにも出てないのに」

「そうだよ進藤さん。悪いが、須賀の演奏はこんな舞台でやるようなレベルに達しているとは思えない」

 一条寺が口をはさんだ。相変わらず嫌味な言い方だけど、今はこいつが救いの神に思える。

「出るのは私たち二人だけだし、そんな複雑な事もしないでいいって言ってるから大丈夫だよ。ここは須賀の打楽器が必要なの」

「・・・・・・」

 躊躇う俺の肩に両手を置いて、進藤は続けた。

「前も言ったけど私さ、最初この世界に来た時、本当は吹奏楽部員に出来る事なんてないと思ってたんだ」

「でも、ソガ―ブの町の人たちが笛の演奏に感動してくれて、エスランさんやスナリアさん・・・私の仲間たちが楽器に惹かれてくるのを見てると、こんな私たちでもこの世界の人たちの気持ちを変えられると思ったんだ。須賀だって、きっと変えられるよ」

 そう言って、進藤は楽屋へと向かって行った。

 

「進藤と俺と二人で舞台に上がるって言ってもなあ・・・やっぱりここは俺よりずっと上手い一条寺か早坂の方が」

「進藤さんはお前の打楽器が必要だといったんだ。どれだけ自分の楽器が上手くなろうと、別の楽器はその楽器のパートでなければ出来ない。それが吹奏楽だ」

 一条寺に続いてアデスさんも言う。

「俺はお前らの音楽のことは良く分からんが、カオリがお前じゃないと駄目だと言ったんならお前が行くのが筋ってもんだろう」

「・・・」

「・・・須賀よ」

 先輩がもったいつけた口調で俺に話しかけた。

「俺は戦うという事でお前たち四人をサポートしてきた。だが、お前にはお前にしか出来ないことがあるだろう。この()()()、お前もただ遊んできたわけじゃないだろう。今は、下手だとか失敗するとかは考えずに、これまでやってきた事をとにかく出せばいいんじゃないのか?」

 俺はハッとした。部活でやってた事が無駄じゃなかったなんて、本当は、剣で師匠に合格を貰った時にとっくに分かってたはずなのに。

 もう一度、俺は落ち着いて周囲を見回した。一条寺を見ると、木登りもしたことの無さそうな華奢な腕には、冒険の日々で付いたのか細かい傷が無数に刻まれていた。

 そうだよな、一条寺だって、たぶん他の皆だって必死に自分の弱さと向き合ってるのに。

 進藤もそうだ。本当は、この世界に来て俺なんかよりずっと理不尽な思いをしてるはずなのに、自分に出来る事を探して前に進んで。それなのに、俺は言い訳のように音楽なんて身に付けてもなにも出来ないんじゃないかとか考えて―――


「カッコ悪っ」


 進藤に言われた言葉が頭の中で反響する。あいつは今は何も言ってないのに。

 そう、俺は格好悪い。あいつが煽ってきた言葉は、本当は俺自身が心の底で俺に感じていた言葉なのだ。

 俺は魔法の鉄の棒を手に取って、「俺も出ます」とエシュリムさんに声を掛けた。

 

 楽屋に向かって進みながら、俺はさっき劇場の前に並んでいた人たちの事を思い返した。今日は何人の人が集まるのだろう。百人くらい?二百人くらいかもしれない。もし失敗したらその人たちの嘲笑が俺に向けられるのだろうか。

 ・・・関係ないか。今の俺は、千人に馬鹿にされるよりもたった一人の幼馴染みに馬鹿にされる事の方がずっと悔しいのだから。

(つづく)

 




 

「剣で師匠に合格を貰った時」→#7「Rhythm&Truth」参照。

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