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ブラック吹奏楽部員の異世界サバイバル記  作者: 雷電鉄
第一章 転移~ソガーブの町
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#2 須賀哲太の場合


 神様とは、何と残酷なことをするのだろう。


 いや、小学校の同級生だったあいつと高校で再会して、あんな女子ばっかりで自由時間も無い部活に強引に入れられた時点で神などいないと悟ってはいたが。


 大体、三人しかいない男子部員のうち二人が異世界にトリップしてしまうなんて一体どんな打率だよ。



 こんな世界に来てしまったこともだけど、より問題なのはあいつ―――進藤香織と一緒だということだ。こんな世界に来てまであいつに「もっと頑張ろうよ」と言われるのかと思うとウンザリする。他の奴に目を向けてみても、早坂は元々あまり人と喋らないし、一条寺は悪い奴ではないけれど・・・苦手だ。


 この世界でも貞操の観念については現実と大して変わりないらしく、女子と男子が別々の部屋に分けられているのが救いだけど。




 この世界に来てから三日が経っていた。ゴンドさん―――あの宿屋の親父さんの名前だ―――によると、この辺りにはそれほど強い魔物はいないらしい。町から一歩出るとドラゴンにエンカウント!・・・みたいな所ではないのが救いというべきか。


 ついでに、この世界に魔法的な物はあるかについても聞いてみたけど、確かにそういう物もあるが、少なくともこの辺りに使える人はいないとの事だ。


「火神の名を借りて、今ここに命ずる・・・ブラストファイヤー!」


 とか、正直ちょっと期待していたのだが。



 それはともかく、女子が監視係の仕事をする一方で俺たち男子が何をしているかというと、一日中宿で力仕事に走り回らされているのだった。何のことはない、部活内での男子部員(オレたち)の扱いと一緒だ。今日も一条寺と二人で(まあ、あいつはほとんど役に立っていなかったが)酒樽をヒーヒー言いながら動かしていた。ようやく仕事が一段落つく頃には、腕は筋肉痛でヘロヘロになっていた。でも、仕方のない事だ。こっちは元帰宅部の現吹奏楽部なのだから。


 女子はよく「吹奏楽部ってほとんど運動部みたいなものだから」などと言うが、俺たち男子はそんな身の程を知らないことを言いはしない。ガチ運動部男子のパワフルさをよく知っているからだ。それでもきつい楽器運搬を率先してやったりするのは、女子ばかりの集団に放り込まれた俺のせめてもの意地だった。そう、ここに来た日あの衣装箱を動かしたのもそうだ。まあ、あの進藤(アホ)はあれを見てようやく俺が男であることを思い出したーとか思っていそうだが。



 おまけに、ここの所の肉体労働で手のマメが潰れてしまってひどく痛んでいた。打楽器は「叩く」ことにより演奏する楽器なので、手への負担は避けて通れない。激しい曲を演奏していると次第に指に増えていく絆創膏は、パーカッションパートの宿命と言えるだろう。


 俺には一生無縁だと思っていた手のマメを見つめながら思う。どうしてこんな事になってしまったのか?





 小学校5年生の頃は地元のサッカーチームに入っていた。それほど深い理由は無く、周りに入ってるやつが多いのと、リフティングが上手くなれば人気が出るかもしれないと思ったからだった。練習はキツかったが、なんとか耐えることができた。当時の俺には、試合で活躍すれば人気者になれるのでは?というモチベーションがあったからだ。


 そして、試合のメンバー決定の時。努力の甲斐もなく、そこに俺の名前はなかった。


 結局、同時に入った奴が練習を続けているのを尻目に俺はチームを辞めた。それは今でも合理的判断だったと思う。問題は、放課後家でゴロゴロしている俺に進藤がやたら小言を言うようになったくらいだ。


 中学に上がる前、別の地域に引っ越すことになった。地元の友達と別れるのは寂しかったが、これでもう進藤の小言を聞かなくて済むという喜びは何物にも代えがたいものだった。そして、中学に上がった俺は、多くの男子が運動部に入る中、ゲームに漫画にと三年間楽しい帰宅部ライフを満喫した。充実・・・してたと思う。


 そして高校に入り、どうやって部活の勧誘を断ろうかなどと考えていた矢先、あの悪魔が現れた。


「久しぶり。私中学の時吹奏楽部だったんだけど、あんたは何かやってたの?」


 と聞くので、


「・・・帰宅部だよ」


 と答えると、俺の手を強引に引っ張って音楽室に連れて行ったのだった。


 そうとなればもう遅い。部活見学の時には、もう何やかんやでに入る流れにさせられてしまっていた。


 いや、正直に言えば、「こんな女子だらけの部活に入れば、俺もモテるのでは?」という思いも少しはあった。しかし、そんな俺を待っていたのは来る日も来る日も女の先輩に馬車馬のように扱き使われる毎日だったのだ。





 そんな事を思いながら外を見ると、遠くの櫓の上で仕事をしている進藤の姿が目に入った。男に混じって(監視係は基本的に男の仕事らしい)挨拶や点呼をする進藤の声は、周りの男たちに引けを取らないくらい響いていた。



 本当に部活頑張ってたんだな…



 って、何を考えてるんだ俺は。大体、吹奏楽部に入ってなかったらこんな世界に来ることもなかったんじゃないのか?そう、あいつに入れられてなかったら…




 夜になった。あの後もずっと薪割りだ荷運びだ掃除だと動き回っていたが、意外と疲れは少なかった。吹奏楽部に入って、腕力はともかく「長時間行動する」という意味の体力は鍛えられていたらしい。


 少し部屋で休もうかと思っていると進藤が俺たち三人を呼んだ。何をするのかと(どうせろくな事じゃないだろうが)思っていると、せめてここで出来ることだけでも練習をしようと言い出した。


「こんな所に来てまで練習することも無いんじゃねえの?」


 と俺が言うと、進藤は、


「元の世界に帰る方法が明日にでも見つかるかもしれないじゃない。頑張れば何とかなるかもしれないのに、頑張らないのはもったいないでしょ?」


 と言った。その言葉に動かされたのか、他の二人も腹式呼吸の練習を始めたので、仕方なく俺も筋トレを始めた。



 いつもこうだ。こいつの言葉は俺を苛立たせる。


 サッカーを辞めてゴロゴロしてる俺に「そんなゴロゴロしてる暇があったら、何か新しい事始めなよ」と言った時も、


 高校に入った俺を吹奏楽部に引っ張って「どうせ何の部活もする気なかったんでしょ?」と言った時も、


 練習なんて適当に済まればいいかと思っていた俺に「真剣に上を目指さないと楽しくないよ」と言った時も、


 今だって、俺が今の状況に不満ばかり抱いてるそばで自分は元の世界に戻れると信じて疑わないような態度で。



 ・・・・・・・・・・・・違うな、俺があいつに苛立つのは、あいつの前向きさを見てると自分のダラダラして煮え切らない態度を思い知らされるからだ。



 つまり、俺が本当に嫌いなのは・・・・・・


 



 もう一度、ヒリヒリと痛む手を見つめて思った。考えてみれば、高校であいつに再会した時点で、未知の冒険に旅立たされたようなものじゃねえか。



 ―――上等だ。


 この世界で何としても生き延びよう。


 そして、元の世界に戻って今度こそあいつを黙らせてやる。


 そう誓って、俺は手を握り締めた。


















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