#17 早坂桃華の場合
目の前に広がる暗闇。まるで今までの私の人生みたいだな、と思った。
音楽は子供のころから好きだった。小学校中学年に上がる頃には地元の児童楽団に入り、ユーフォニアムに出会った。正直、音楽の才能もあったのだと思う。私は一緒に入った他の子たちを上回る勢いで上達していった。
小学6年の時、学芸会で合奏をする事になった。内気な性格だったけど、メインのリコーダーに勇気を出して立候補した。喜んで演奏していると、男子に「お前、何勝手な事してんだよ」と非難された。私は所属していた楽団と学校の違いを理解していなかった。教室では、合奏のメインは目立ちたい男子が占める物だったのだ。
それから、私は人前で真剣に演奏することに消極的になっていった。小学校を卒業して児童楽団を辞めると、ますますその傾向が強まって行った。
それでも家で楽器の練習は続けていた。人前と違い、好きな時に好きな音を出せるのは私にとって心地よかった。
そんな私だったが、高校に入ると吹奏楽部に入部した(なぜ入ったのかは・・・いずれ語るべき時が来たら語りたいと思う) 体験入部のときユーフォを吹くと、皆が私の演奏に耳を奪われた。人前で演奏するのは止めても、楽器は続けていた私は、中学で漫然と部活を続けていた生徒よりも上手かったようだ。先輩達は「これで金賞間違いだしだね」と色めき立った。
しかし、入部から何週間か経つと、しだいに他の女子や先輩たちの態度がよそよそしくなっていった。表面上は優しく接している様に見えても、内心私を避けているのが見てとれた。中には、私の見ている前でコソコソとある事ない事噂話をする子もいた。一年なのに下手な上級生以上の演奏をする私を、みな内心煙たがっていたのだ。
結局、部活の皆もあの男子と同じなのだと思った。表面上はちやほやしていても、コンクールで勝つという目標だけで繋がった、薄っぺらい人間関係なのだと。今思えば、そんな私の想いが演奏にも現れていたのだろう。
ある日、楽器庫で進藤先輩と二人になった時、声を掛けられた。
「最近あまり演奏に身が入ってないみたいだけど、何かあったの?」
私は話した。皆が自分を煙たがっているように見える事、皆、「コンクールで勝つための要員」としての私しか必要としてないのだろうという事。
だが。
「何言ってるの?コンクールでいい結果を出す事が悪い事なわけないじゃない。あなたがいい演奏をする事は、そのために必要な事なの。いい演奏してるんだから、堂々としていればいいの。私は見てるよ。だって、あなたの演奏好きだから」
初めてだった。「コンクールで勝つための存在」ではなく、私の演奏が好きと言われたのだ。その言葉は、私にとって暗闇に差し込む光のようだった。
その時から、私は少しずつ「人と演奏する」という事の喜びを知っていった。コンクールの結果云々は別として、私の音と進藤先輩の音が重なっていく事が嬉しかったのだ。
この世界に飛ばされた時も、積極的に自分の能力を活かして行こうと思った。それまで体格の割に力が強いのがコンプレックスだったけど、体力仕事にも出来る限り加わった。音感の強さも、魔物の足音を察知することに活かせないかと考えた。先輩の役に立ちたかったし、何より早く元の世界に戻ってまた先輩と一緒に演奏したかったのだ。
だから、今も先輩から離れないように必死について行っていた。
私は、いつものように耳に意識を集中した。こうすれば人の足音は聞き取れるし、万が一魔物が来た場合も足音を聞き取れて少しでも安心できるのではと思った。
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おかしい。確かに音は聞こえてくるけど、いつもと違う音程で聞こえてくる気がする。
須賀先輩に声を掛けられたけど、「いつもと違って聞こえてくるんです」と言う事しか出来なかった。
「反響音じゃないか?」という一条寺先輩の声が聞こえてくる。
また、あの部活に入ってすぐの闇の中に突き落とされたかのようだった。こんな間にも魔物に襲われるかもしれない。こんな私は先輩に見捨てられてしまうかもしれない。体が深い闇に包まれてしまうようだ。
そう思っていると、不意に右手を掴まれた。
声が聞こえてきた。進藤先輩の声だ。
「大丈夫。私たちが付いてるから。絶対にみんなで一緒に帰ろう」
その言葉で、まるで私の心の暗闇が晴れたように明るくなってくる。
すると、今度は左手を掴まれた。男子の力。須賀先輩だ。
「ちょっと恥ずいけど、ほら。剣の柄の所に布巻いたから。これで洞窟の壁を突いていけば少しは安心すんだろ」
二人の言葉は温かく、単に冒険で役に立つ存在としてではなく私自身を肯定されたんだと思って、私の顔は綻んだ。
「あれっ?もしかして早坂さん笑った?始めて見たな、早坂さんの笑った顔」
「・・・こんなに暗くちゃ顔なんて見えねえだろ」
「せっかくいい感じになってるのに水を差すな」
「痛てっ、蹴んなよ、お前!」
「少し明るくなってきたな。もうすぐ出口だぞ」というアデスさんの声が聞こえてくる。
(本人が意識してるのかは分からないけど)須賀先輩といるときの進藤先輩は楽しそうで、まるで私の入る隙はないように見える。それでも、私は先輩の側にいたい。先輩は、そこにいるだけで私の心を明るくしてくれる人なのだから。そう思った。
(つづく)